fate. | ナノ




なにここ、ほんとに家?
城じゃないの?


あの大きな門を越えてキルアの家に着いたとき初めて思ったこと。



ほんとに大きくて腰が抜けてしまいそうだった。
家の何百倍あるんだちきしょう。
ってかもう何分歩いてるんだろう。



「なまえ? 大丈夫か」
「うえ、あ、大丈夫」



心配そうに見上げてくるキルアに笑顔を作った。
いつもは生意気で腹立つキルアが今はしおらしくて可愛い。

くっそーもうすぐ拷問で苦しい時間が続くっていうのに、きゅんきゅんするじゃないか。
まあ、最後ぐらいこういう思いしてもいいよね。


キルアが天使みたいに見えるなんてたぶん目の前を歩くこの悪魔みたいな男のせいだ。
颯爽に歩きやがって。
後ろから刺してやろうか。


たぶん刺す前に殺されるな。




なんて思っていると、悪魔が止まったから私も立ち止まって前を見た。
いや、見上げたって表現のほうが正しいかもしれない。


何この扉、でか過ぎじゃ……。



こんこんと悪魔がノックした。



「親父、入るよ」




悪魔が扉を押せばゴゴゴッ……と扉としてありえないような音をたてて開いた。


あ、やば今になって怖くなってきた。
足震えるんだけど。



「入って」



悪魔にそう言われても動けない私を天使のキルアが心配そうに腕を引いてくれた。
キルアが申し訳なさそうな顔をしてる。
ああ、絶対自分を責めてる。


キルアが原因だけど、キルアが悪いわけじゃない。


キルアのためにも気丈に振舞わないと。





中に進んでみるとベッドみたいなソファにおじいさんとおじさんが座っていた。
キルアのおじいさんとお父さんなんだろうな。


なんていうんだろう、威圧感? って言うのかなこれ。
こんな経験したことないからわからないけどたぶん名前をつけるならこうだと思う。


立ってるのも怖くて、足がすくむ。


けど、悪魔のときのような息苦しさとか心臓をわしづかみされたような死にそうな恐怖はないからまだ大丈夫。





「よく来たな。まあ座れ」



不気味な椅子に座るよう促された。
足がすくんで動かない私をキルアが手を引いて座らせてくれた。


がんばれ、声を出すんだ。




「こっ、こんにちは!」



振り絞って出た言葉がこれだった。

自分でも何言ってるんだと、思った。
確かに、挨拶はコミュニケーションの第一歩だけど。


この場面でこれはない。


恥ずかしすぎる。




「くっくっ、ああこんにちは」
「面白い嬢ちゃんじゃな」



最悪だ、殺し屋を笑わしてしまった。
何やってるんだ私。
こんなことしに来たわけじゃないのに。


けどまあ、さっきの威圧感が少し和らいだ気がする。よかった。




「キルが一週間も世話になったな。礼を言う」
「いえっ! そんな、お礼なんて……私も楽しかったですし」



殺し屋ってお礼いえるんだ。
……なんだか、拍子抜けした。

悪魔の性格からして、よくもオレの息子を誑かしたな! って言っていきなり拷問コースだと思ってたのに。


普通のお父さんとなんら変わりないよ。
ムキムキの筋肉と威圧感以外は。




「こいつは、わがままだからな。大変だっただろう」



少し微笑んだキルアのお父さんに私はまた口を開けてしまった。



ああ、本当に普通のいいお父さんだ。
殺し屋も人だもんね。
後ろの壁に凭れてる悪魔は人じゃないけど。


ああ、自分は勘違いしてたかも。
人を殺して生活するなんて信じられないしいけないことだと思うけど、うーん、この人たちを見てるとそれも一つの生き方だから全否定しちゃいけないような気がした。


ああ、すぐに影響されやすい性格も直さないと。




「確かに、わがままで店の手伝いはしないし、お菓子ばっかり食べてるし……ほんと、大変でした」
「おい! そんなこというな、馬鹿!」



いたずらを報告されたような子供のようにキルアは慌てた。
なんだ、てっきりあの悪魔のような糞兄貴のようにお父さんたちにも怯えてるのかと思ったのに。

良かった、お父さんたちには普通なんだ。



「けど、弟ができたみたいで嬉しかっ……たっ、あう……ひゅ、」
「兄貴!」



うまく息ができない。
またあの時の殺気だ。


私が、キルアを弟って、言ったのがいけなかったんだ。
また悪魔がキレてる。




「イルミ」
「……わかったよ」

「げほっ、げほっ」



キルアのお父さんのおかげで息ができるようになった。
動けるようになって振り向いて思いっきり睨んでやった。


死ね、悪魔。




「大丈夫か、なまえ」
「う、うん。大丈夫。それより、その、すみません軽々しく弟って……」



この家は自分たちの血にたぶん私なんかでは計り知れないほどの誇りを持ってる。
一般人なんかにそういう発言をされるのは極端に嫌うんだ。


頭を下げて謝った。


人それぞれだから、やっぱり謝っておくのが妥当だと思う。
悪魔には謝ってなんかやらないけど。




「そうか、キルを弟のように思ってくれているのか」
「え?」
「いい姉を見つけたな、キル」
「え? ……お、おう!」



キルアも今のお父さんの発言は驚いたのか、目を見開いていた。
私だってびっくりだ。
絶対機嫌損ねてしまったって思ったのに。


一体、どうしたんだろう。



「なまえ、と言ったか?」
「は、はい!」
「家は忙しくてな、なかなかキルに会わせてやれないかもしれないが、キルを頼む」
「っ、え!? は、はい! もちろんです!!」



ああ、どうしよう。
何でかわからないけど、お許しもらっちゃったよ。
一体どうしたんだろう。
とりあえず、死からは遠ざかったよね。



「なまえ、今日は泊まっていくといい」
「親父、マジで!?」
「ああ、これからなかなか会えないだろうしな」
「じゃあなまえ、俺の部屋行こうぜ!」
「え、ちょっ、あ、あのっ、失礼しました!」
「ああ」




また微笑んでくれたお父さん。


なんていい人なんだ。


頭を下げてキルアに引っ張られるがまま部屋を出た。




悪魔とすれ違うとききっちり憎しみをこめて睨んでやった。
目が合ったら怖いからすぐ逸らしたけど。





ああ、とにかく生きてて良かった。



(一般人と変わらないごく普通の暗殺一家)
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