キルとあの女が出て行った。 負け犬の遠吠えみたいにオレを一瞬だけ睨んですぐ逃げた。 なんて目障りな女。 殺してやろうかと思ったけど、親父たちがだめだって無言で伝えてきたから何とか抑えた。 「ねえ」 「なんじゃ、イル。珍しく不満そうだな」 「何であの女を生かしておくの」 「お前はあの女を殺したいのか」 「うん。ゾルディックを侮辱したし。それにあれはキルに悪影響を及ぼす」 あいつに一般人の気持ちなんていらない。 家族以外を大切に思う気持ちも、護ろうとする気もいもいらない。 そんなものは邪魔なだけだ。 キルは跡取りなんだから、そんな邪魔なものに気をとられてはいけない。 そんな時間すら惜しい。 キルにはやることがいっぱいあるんだから。 「キルに悪影響か……わしは、お前さんに影響があると思ったがの」 「オレに? なんで」 「長く生きた、勘じゃ」 「ふーん。じゃあキルに悪影響も及ぼすし、俺にも悪影響を及ぼすなら尚更消した方がいい」 「わしは悪影響とは言っておらんのだがのう」 悪影響じゃないならどんな影響を及ぼすんだ。 あれがオレにいい影響を及ぼすなんて考えられない。 「あの女は餌だ」 「え?」 「あの女を餌にすれば、キルは当分家を出るなんて考えないだろう。それに下手に引き離して仕事に影響が出ても困る」 二度と家を出ることの無いように見せしめとしてキルの目の前で拷問して殺すほうがいい。 仕事に影響が出そうなら針を刺せばいい。 なぜ、それが殺さない理由になるのかわからない。 「まあ、それは表向きの理由で、本当は親父が気に入ったからだ」 「気に入った?」 「ふむ、実はわしがジャポンに興味があってな。あの娘は、ジャポン料理を扱ってる店の子どもらしいしのう」 「それで、生かしておくの?」 「まあな。それにあの女子には何か感じるものがある」 殺されそうになったお前に怯えながらも敵意むき出しになっておったしの。なかなかの根性だ。 楽しそうに笑うじいちゃん。 何も言わない親父を見ると、たぶんじいちゃんと同じ意見だ。 わからない。 オレにはあの女に何も感じない。 逆に目障りで殺したいくらいだ。 あの女はいらない。 むかつく。 普段はこんな気持ちにならないのに。 死のうが生きようが関係ない。 殺したいと思わない。 まず、興味がない。 ……あの女にこんな焦燥にも似た気分になるのはやっぱり、キルが関わっているからか。 ああ、やっぱりあの女は早めに消しておかないと。 取り返しのつかないことになる前に。 「殺すなよ」 「……なんで」 「これは命令だ。まあ、お前が納得いかないのもわからないことはない」 納得いかない。 そうだ、どんな理由を並べられてもオレは納得なんてできるわけない。 「お前に任せる」 「え」 「監視してろ。もしあの女が変な行動をすればその時は殺してもかまわん」 「それはいい考えじゃな。それとなく接触してみればわしらの感じるものがイルにも分かるかもしれんしのう」 オレが、あの女の監視役? 弱い女の。 けど、それならこの靄がかった分からない気持ちも分かるかもしれない。 オレには分からない、親父たちの勘が。 「……いいよ。けどオレが少しでも不審に思ったなら本当に殺してもいいんだよね」 「ああ」 「わかった。じゃ、オレ部屋に行くね」 部屋を出て自室に向かう。 殺すときは一瞬で。 けど、ぎりぎりまで拷問するのもいいかも。 けど、そんなことしたら最近知り合ったあの快楽殺人者と一緒になるから、やっぱりやめておこう。 あいつと同類になるのはごめんだ。 ******************** 「わしはあの女子とイルミの組み合わせはいいと思うんだが」 「ああ、オレも同感だ。あれはイルミを変えるな」 「うむ。いい方に変わってくれればいいんじゃがの。イルは少し縛られすぎだ」 「まあな。あれが正しい姿といわれればなんとも言えねえが」 シルバは腕を組んだ。 殺し屋に正しい姿なんて無いとも思う。 仕事さえ正確かつ迅速に済ませればそれ以外は何も縛るものはいらないし、ない。 「だが、あんな感情を取り乱すイルは初めてみたのう」 「くっくっく、楽しみだな」 「後は若い二人に任せるか」 女の孫もそろそろ欲しいと思っていたしのう。 いい方に傾けば嬉しいが。 まあ、死ねばそれまでだったということじゃし、賭けか。 かっかっか、と笑うゼノ。 「しかし、壁はキキョウさんじゃな」 「ああ、あいつなら殺すだろうな。釘をさしておく」 「そうしておいたほうが無難か」 あの脳まで響く金切り声を想像してため息を吐いた二人だった。 (祖父と父の勘による策) [戻る] ×
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