ファーストオーダー


 2016年某月某日。
 学生時代とは違うこれはお仕事なんだと気合を入れるため、立香は深呼吸した。割り当てられた部屋にカードキーをかざすとドアが開いた。
「へっ?」
 見間違いだろうか。立香はドアが自動で閉まるのを見送った。部屋の番号を確認して、もういちどカードキーをかざす。

「………」
「………」
 ベッドの上でケーキを食べているピンク色の髪の男性と目があった。2回目も。
 相手も、まさか誰かがやってくるなんて思わなかったらしく、ケーキをフォークで運んだまま口をあんぐり開けて固まっている。そして、
「──…うぇええええ!?」
 と叫ぶと、矢継ぎばやに言葉が飛んでくる。
「ここはボクのさぼり場だぞ!? 誰のことわりがあって入ってくるんだい!?」
「えっと……ここが部屋だと案内されたんですけど……」

 ──さぼりだってことは認めるんだ?
 立香が怪訝に眉をひそめると、男性はようやく理解がおよんだらしく、残念そうな顔でフォークをお皿に置いた。

「あー……そっか、ついに最後の子が来ちゃったかぁ……」
「あの、あなたの名前は?」
 立香の質問に、姿勢をただして男性は言った。
「ボクは医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。みんなからはDr .ロマンと略されているよ」
「はあ……」

 ロマンはきみも同じく所長に追い出されたんだね、と言った。仲間どおし仲良くやろうという意味らしい。
 もともとわたしの部屋ですからねと立香が言うと、じゃあボクは友人の部屋に遊びにきたって事だ!と笑顔で返された。
 ──はためいわくな人だ。
 そう思ったのに、彼の笑顔はとても素敵だと感じてしまった。
 胸がじんわりと熱くなる。なぜかロマニから目が離せなくなって、彼のそばに行ってみたいと浮き足立った。
 とつぜん電気が消えて、爆発音がするまでは。




「マシュ!」
 管制室へと走り、爆発の中心地で見つけた少女の肩を叩く。
 弱々しい息で「はやく逃げてください」と他人を気遣う少女を、立香は見捨てることができなかった。
 機械的なアナウンスとともに、立香とマシュの周囲を光が包む。

「……あの……せん、ぱい」
 ──どうして先輩と自分を呼ぶのかは分からなかったけれど。
 一番人間らしいから、という理由で自分に呼びかけてくれた少女の前で、
 死にかけている人間を見捨てるという人間らしくない行い≠取ることはできない、と立香は純粋に思った。

「手を、握ってもらって、いいですか?」
「………」

 何も私にはできないけれど。返事の代わりに、小さな手をぎゅっと握りしめた。





「青空を見てみたいです」
 ファーストオーダーから無事に帰ってきたマシュと立香は、カルデアの建物の中から吹雪を見つめる。
 ぽつり、とつぶやかれたマシュの言葉。ロマンからカルデアがどんな場所にあるか説明されていた立香は、彼女の願いが簡単に叶わないものだと分かった。
 すこしの間だけ無言になった立香は、マシュの言葉を否定するのではなく「一緒に来て」とだけ言った。

 マシュを連れてじぶんの部屋にはいると、必要なものをテーブルに置く。
 慣れた手つきでそれ≠作り上げると、何もない無色な部屋の壁にペタリ、と貼って吊るした。

「てるてる坊主っていうんだ。
 明日は晴れて欲しいっていうとき、晴れるように祈るおまじないの一種だよ」

 ただのおまじないだけどね、と立香は恥ずかしそうに言った。
 ──子どもだましだって思っただろうな。
 おそるおそる隣にいるマシュを見つめると、マシュはおおきく目を見開いて急ごしらえの不恰好なてるてる坊主≠見ている。

「マシュ……」
「やっぱり、センパイはすごいです」
 マシュは嬉しそうに言った。「こんなに不思議なおまじないを知っているなんて。わたしの知らないことを、たくさんご存知なんですね!」

 このスカートのようなフォルムに意味が込められているのでしょうか?と彼女は興味津々に言った。立香はそのすがたを見て、ロマニのときみたいに胸がじんわり熱くなる。

 ──わたしは先輩らしいことが何一つできないと思うけれど。
 でも、せめて透明なマシュの心がいっぱいの色で満たされるように。たくさんの思い出を彼女とともに作りたい、と思った。



<Respect for色彩=



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