あなたが希望を見つけるように
「え……戦いのときに考えてること?」
マシュに質問があります、と言われて「どんとこい」と大きくかまえた立香は口ごもった──答えられなかったのではなく、こんな返事でいいかとまどったから。
第一特異点オルレアン。
立香は自分を先輩≠ニよぶ少し変わった少女と人理修復の旅をしている。はじめての特異点は焼け落ちたビル街、オルレアンではレイシフト直後にワイバーンの群れが襲ってきたり、敵側についたサーヴァントと戦ったりと息をつく間もなかった。
ようやく戦闘が落ち着いて、あたりの風景を見渡す余裕ができた。あおぞらを吹き抜ける風に髪をゆらし、草原を歩きながら早春の香りを胸いっぱいに吸い込む。
──あおぞらを見てみたい。
そう願う彼女に、いつか元通りになった世界で、こんな風景を楽しんでもらいたいと思いながら。
ひだまりの草原に腰を下ろしてマシュにお礼を言う。人理修復なんて荷が重すぎるけれど、少しずつマシュとの連帯ができるようになってきたかも。
「マシュはほんと頼りになるね」
「いいえ、先輩の指示が良かったからです」
きれいなソプラノボイスでこう言われると、まんざらじゃなく嬉しい気持ちになった。先輩呼びされる要素はまったくないけれど。むしろマシュに知識を教えてもらってばかりだし、実際に戦うのも彼女だ。
「あのう……先輩に聞きたいことがあるんですが」
マシュがめずらしく質問をしてきた。立香は「どんとこい」と構える。そこでマシュが聞いてきたのは、戦いのときに考えていること≠セった。
──マシュ。デザイナーベイビーである君の活動限界は18年だ。
『問題ありません。人間には活動限界があります。私はわたしの活動限界に疑問はありません』
いつだったかマシュは、ドクター・ロマニが深刻な表情で告げた言葉にまったく表情を変えず、こう答えた。それを聞いたロマニが「こいつは思った以上にやっかいだ」と言ったことに疑問を感じたほど、純粋に。
「うーん……むずかしいなあ」
立香はマシュの問いに頭をかしげた。
「ご迷惑でしたなら……」
「そんなことないよ」
人間として≠フ先輩である立香は、なんて返事したらいいだろうと口ごもる。
どんな答えだって、マシュは「そうなのですね」と真面目に受け止めるだろう。だからこそ立香は正論ではなく、マシュに思ってみて欲しい、と自分が思ったことを言おうと思った。
「改めて言われると、よく分かんないけど。
とりあえず、その場で生きのびたいだけで戦ってないかな。本当にそれだけだったら、死にたくなくて逃げちゃいそうだもん」
立香はジェスチャーを交え、頭に浮かんだイメージを伝えようと必死に捻り出した。とっさに浮かんだのはケーキを美味しそうに頬張るドクター・ロマニだった。
「帰ったらおいしいケーキ食べたいな、とかできるだけ未来のことを考えようとしてる」
「………」
マシュはいつもの澄んだ表情で姿勢を伸ばして立香の言葉を聞いていた。やがて
「……美味しいケーキ」
と繰り返す。立香は気恥ずかしくなって、「もちろんケーキじゃなくてもいいから!」と弁解した。
「マシュのやりたいことを考えたらいいと思う。前に言ってた『空を見たい』とか」
「私のやりたいこと……」
ふんわりと風が吹いて、マシュの呟きをさらっていく。この子が自分自身の望みを持つことがあるんだろうか、と立香は思った。
──でも、きっといつか。
そのときは先輩として最大限に願いを叶えてあげよう。それまで先輩としてそばに居られるといいな、と立香は心のなかで自分の未来への希望を紡いでいく。
■□■□■
レイシフトから戻り、報告のためにやってきたマシュをドクター・ロマニは柔和な表情で迎えいれた。
「お疲れさま。だいじょうぶだったかい?」
と尋ねたロマニに、マシュは先輩から聞いた戦いのときに考えていること≠話した。
「なるほど。立香ちゃんらしい答えだね。頑張ったあとのご褒美かあ」
「ドクターは人理修復をやり遂げたら、何かやりたいことはあるのですか?」
「………」
いっぱいあるよ、とロマニはあいまいな言葉で答えた。電子機器の光がロマニの顔をぼんやりと照らす。「マシュはどう?」と彼は話題をかえした。
「私にはまだわかりません」
マシュは眉ひとつ動かさずに返事した。だがそっと胸を押さえ、すこしだけ温かいものを見つけたように呟く。
「でもこの先の旅で……それを見つけられるかもしれません。
そう思うと、ちょっと楽しみだったりします」
報告を終えたマシュが管制室から出ていった後、ロマニ・アーキマンはぽつりとつぶやいた。
「きみは楽しみだと言ってくれるんだね」
──自分の人生がそのために作られ、あと数年しかないと分かっていても。
そんなふうに自分は、この先の彼女たちの旅を見守ることができるだろうか。最後に待ち受けているものを知っていても。
「それはきっと、立香ちゃんのおかげなんだろうなあ」
ロマニは独り言を終えると、冷め切ったコーヒーを喉に流し込んだ。
<Respect for色彩=
「何を好きになり、嫌いになり、何を尊いと思い、何を邪悪と思うか。
それは君が決めることだ。他人の言いなりになることでも、周りに合わせて考える事でもない」
「我々は多くのものを知り、多くの景色を見る。そうやって人生は充実していく。
いいかい。君が世界を作るんじゃない。世界が君を作るんだ。それが人間になる≠ニいうことだよ」
第一特異点オルレアン by アマデウス