狂(上)



※この作品は後半に死ネタが登場します。苦手な方はご遠慮ください。


(0)

 私たち人形は生まれたとき「どんなふうに扱われるだろう」と思う。
 可愛がってくれる? 乱暴に扱われちゃう?
 もっとも自分──自我を持たない人形は、そんなこと考えないかもしれないけれど。
 
「いいか、名前。おまえは聖杯戦争に勝利し、アインツベルンに聖杯をもたらすのだ」
「はい……おじいさま」

 その人形≠ヘ生まれたと同時に目的を与えられた。
 極東の島国でおこなわれる聖杯戦争で勝利すること。聖杯の器になるために作られたことを教えられた。
 一方の人形は、おじいさまが自分を「どんなふうに扱うのだろう」と期待を込めたまなざしで見つめたけれど──。おじいさまは、人形を見て首をふった。
「駄目だ。やはり初代の原型(ユスティーツァ)には程遠い。あれ以上の人形はいまい」
「………」
 そう言うと、彼は人形を置いて部屋を去った。


 パタンと扉が閉まるとあたりを見渡した。おそるおそる鏡の前まで歩いて行き、はじめて自分を見る。
 ──銀髪で赤い目。少女の人形。
 すべすべのほっぺたに手を添えながら、私≠ヘ笑ってみせた。
 ──…この姿を知っている。
 アインツベルンの人形は色々な情報をインプットされている。みんな、ユスティーツァという大昔に作られたホムンクルスが原型だ。ユスティーツァは素晴らしい人形で大聖杯に足る器を持っていたという。
 ──……。
 笑ってもなお、鏡の中の人形はちょっぴり悲しそうな顔をしていた。たぶん、おじいさまに“駄目だ”と言われてしまったせいだ。自分の性能が原型に及ばないのは分かっている。
 でも、はじめから持ち主に “駄目だ”と言われて悲しかった。
 ──私には自我があるのだ。
 必ずおじいさまに認めていただくのだと、私ははじめての自我をもってして決心した。



(1)

 聖杯戦争──「始まりの御三家」である遠坂・間桐・アインツベルンによって開始された、聖杯をめぐる争い。手にしたものは「あらゆる願いを叶えられる」という。
 これまでアインツベルンは最高の技術をもって戦争に人形(ホムンクルス)を送り出してきた。
 だが一度も聖杯を手にしていない。召喚したサーヴァントが弱かったり、参加者に騙されてしまったり……。インプットされた情報は負けた理由をこまかく説明してくれたけれど、私は思った。
 ──ちがう。聖杯戦争に参加したアインツベルンの人形がただ弱かっただけ。
 ──私は聖杯を勝ちとって、おじいさまに認めてもらうのだ。

 そのために必死で勉強した。インプットされた知識は、前回の人形から引き継がれたもので、最新の情報にアップデートする必要があった。
 映画や本、ラジオ、テレビなど……。
 おじいさまを含め人間がいないアインツベルンの城は物音ひとつしない。雪に覆われた無音の世界で、私が映像を観たり、本をめくったりする音だけが大きく響いた。
 ──なんで人間に負けちゃったんだろう?
 勉強しながら考える。
 私は前回の人形より優れているわけではないらしい。アインツベルンの技術は時代遅れとなり、それをしのぐ魔術や科学技術が発展しているのに。
 ──でも、これまでの人形は人間よりずっと優位だったはず。
 調べていくうちに、ふと「人形と人間はどう違うのだろう?」と思うようになった。
 自然に生まれた存在ではないけれど、見た目はそっくりで感情もある。怪我をすれば血が出るし、いつか壊れてしまうのだって同じ。
 ──違いが分かったら勝てるかも……。
 いつしか私は必要以上の興味を人間に持つようになっていた。
 

 ついに、おじいさまに城から旅立つように言われたとき──。
 雪を踏みしめて新しい世界へと歩み出した。
 すこし離れてから振り返ると、アインツベルン城は雪にすっぽりと埋もれて霞んでいた。あの中にいるときは世界の中心みたいだったのに。
 まるで人形の家を見ているようで、どんどん小さく、小さくなっていった。



(2)

 飛行機を乗り継ぎ、数日かけて極東のある地方都市にたどり着いた。にぎやかな街の様子を楽しむ間もなく、私と私の手伝いをする人形はアインツベルン城を模した建物に居をかまえる。
 城は古びていたが手入れすれば全く困ることはない。私たち人形は居心地など気にしない……大事なのは、戦いにふさわしい環境が整っているかどうかだ。

「召喚は上手くいったみたいね」
 城の地下深く、暗闇の奥底からおぞましい怪物の咆哮が聞こえてきて、私は誇らしかった。
 アインツベルンは実戦経験が少なく戦略に慣れていない。だから戦略に関係なく、力で押し勝つバーサーカーを使役したかった。そして望みどおりふさわしい怪物を召喚した。
 ──かいぶつ。
 怪物使いの人形。ちぐはぐな組み合わせで、なんだかおかしかった。
 もし聖杯を手に入れたらおじいさまは喜ぶだろう。きっと認めてくださるに違いない。私は人形として誇らしい気持ちでいっぱいだった。

 私が召喚したサーヴァントは『ミノスの牡牛』──広くはミノタウロス≠ニ呼ばれる怪物だった。ギリシア神話に登場し、迷宮ラビュントスに閉じ込められ、9年にいちど男女7人の生け贄を捧げられた人身牛頭の怪物。
 すぐにでも戦いに参加したかったが、彼はまだ不完全な状態らしい。完璧な状態にするためには生け贄が必要だった。
 でも人間が多いこの時代、用意に手間取ることはない。ちょうど若い男女7人ずつ──計14名が乗ったバスが山中を走っていた。魔術によって方向を見失わせ、城の近くまで走らせてから意識を奪う。
 きっと彼らを探して捜索隊が組まれるだろう。だが、この城にたどり着く頃にはすべてが終わっている。


 サーヴァントの力をより強くするため、伝説に基づいて儀式で生け贄を捧げることにした。
 儀式まで数日あった。その間、地下牢に閉じ込めた人間たちがどんな行動をするか興味があった。世話係の人形を「サーヴァントの生け贄ぐらい自分で管理する」と言いくるめ、地下牢に足を運ぶ。
 私がろうそくを掲げて現れると、人間たちは悲鳴をあげた。伸びた影が大きく見えたのだろう。見た目は幼い少女なのに。
 でも後ずさった人間たちとは別に、一人だけ近くに残った青年がいた。限界まで私に近づいてくる。
「頼む! 助けてくれ!」
 鉄格子にしがみついて必死に呼びかけてきた。白いシャツにズボンだけで寒そうだ。
「助けてくれ、お願いだ、病人がいるんだよ」
「………」
 何を言われても解放するつもりはなかった。黙ったまま観察する。
 青年の背後へ目をやると、地下牢の床に人間が寝転がっていた。熱があるのか目を閉じてうなされている。紺色のジャケットがかけられていたが、もしかするとこの青年の物かもしれない。
 出してくれじゃなくて、助けて欲しいんだ。必死の表情で訴えかけていた。
 ──罠かもしれない。
 疑いながら見ていると、青年は恥じらいもなく泣きそうな声で言った。
「熱があるんだ。医者に見せないと死んでしまうかもしれない」
「………」
 それは困ることだった。生け贄の数が減ったら儀式が遅れてしまう。流行病なら他の人間も死ぬかもしれない。

 そのとき、おじいさまの言葉を思い出していた。
 ──人形の欠点は興味を持ちやすいことだ。人間はそれを悪用する。けっして心を許さず、騙されるな。
 私はとまどいながらも、生け贄が減ってしまうのと罠だった場合とを考えて天秤にかけた。
 青年は必死でうそをついているようには見えない。罠だったとしても、普通の人間ぐらい私の魔術で倒せる。一方、生け贄が減ってしまうのは困る。全員を生け贄にしないと足りないのだから。
 おそるおそる、私は言葉を返した。
「……外には出してあげられないわ。必要なものを教えて」



(3)

 水を飲ませ毛布にくるむと、病人の呼吸は落ち着いてきた。これなら儀式まで人間たちの命は保つだろう。再びだんまりに戻った私に、青年は何度もお礼を言う。安心感を抱いたのか質問をしてきた。
「僕たちはバスに乗っていたんだけど、とつぜん意識を失って、ここに閉じ込められたんだ。……君はここがどこか分かるかい? どうして僕らが閉じ込められているか知ってる?」
 首を振る。これ以上関わらないほうがいい。無言で背を向けて去っていく私に、青年は声をかけつづけた。
「──君もここに閉じ込められているんだね」
 どうやら青年は、私とは別に、自分たちを捕らえた黒幕がいると思ったようだ。その茶番劇がおもしろく、立ち止まって青年の言葉に耳を傾ける。
「一緒に逃げようよ」
 びっくりして振り返った。こんな状況なのに自分以外のことを考えている余裕があるのか。
 ──きっと、私を利用して逃げ出そうとしているのだ。
 私はあいまいな笑顔を浮かべた。どうしてその青年に微笑んだのか。たぶん、愚かだと思ったから。
 でも青年はちょっぴり嬉しそうな顔をして、私に微笑み返した。
「僕は諦めないよ。そのときは一緒に逃げようね」

 ──なんて愚か。
 荒々しい足取りで階段を上がっていく。青年の微笑みが頭にちらついて離れない。すごく腹立たしかった。
 あの言葉が本気なら、青年は夢をえがいているのだ。どうしてこの状況で楽観的に考えられるのか分からない。閉じ込められているのに周りの人間を助けたり、私を心配したり。まだ私を利用してやろうと考えている方がマシだ。
 もっと怖がらせてやろうか。食べ物を奪い返してしまおうか。
 ──たぶんあの青年には人形≠ニ違う部分があるのだ。
 腹を立てる一方で、その違いについて考え始めた。違いがわかれば人間≠ノ勝つ方法も分かるかもしれない。空想はどんどん膨らみ、もし私が青年に同意していたらどうなったのだろうと考えてしまう。
 ──この城を出たら、ふつうの人間みたいに暮らせるのかな?
 そこまで考えて、ふっと冷静になった。聖杯戦争のために作られた人形が人間に混じってどうする。何のために作られたのか分からなくなってしまう。
「…なんて愚かな……」
 私の声は壁にぶつかり、暗闇のなかに溶けた。


<つづく>



うたかた聖杯戦争




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