はいめんざい(舞台裏編) その日。 ルークは、森で虫に刺された。 チクリとした痛みを首筋に感じ、反射的に虫は潰してしまったが、その後がいけない。 どうにも痒いのだ。 一昨日から歩き通しだった一行は、昼前に町に到着し、その日の宿を決めた。 その間に、虫刺されは痒みを増し、つい爪で掻き毟ってしまった。 首元に液体が這う感触がして、ルークが指先を見ると、赤く染まっている。 「……ヤベ」 布で血を拭ったが、やはり痒い。 何とかならないかと、誰かに訊こうとして、部屋を出た、ところで、ティアと出くわした。 「あ、ティア」 「えぇ……どうしたの、その首の!」 ティアの慌てぶりに、ルークは、ん?と手をやるが、やはり痒いだけだ。 「傷だらけじゃない!凄く痛そうよ?」 「いや、痛くない。っつーか、虫に刺されて、痒くてさ。 何とかならねぇ?」 それを聞いたティアは、少しホッとした顔をすると、ちょっと待ってて、と一度自身に割り振られた部屋に戻り、何かが詰まった小瓶を持ってきた。 「お邪魔するわね」 ティアはルークを部屋に押し戻し、椅子に座らせた。 「先に、傷を治すわよ? このまま薬を塗ると、凄く滲みるから」 「ん、分かった」 「ファーストエイド」 ほわ、と首元に暖かさが広がり、次いで襲う痒みに、ルークは手をモゾモゾさせた。 「〜〜っ!!ティア!!」 「えぇ、今、塗るから」 今度はヒヤリとした感触が、皮膚に塗り込められ、ルークはほぅと息を吐く。 「治まった」 「良かった。また掻き毟るといけないから、絆創膏貼っておくわね」 「サンキュ」 ニコニコと機嫌良さそうな笑みを向けられて、ティアも釣られて微笑む。 「それにしても、何に刺されたのかしら。 膨れてないから、蚊じゃなさそうだし……」 「何でも良いって!それより、飯! オレ、腹減った〜!」 屈託のないルークの様子に、ティアもまぁ良いか、と思考を切り替えた。 ***** 自他共に、ジェイド・カーティスは、あらゆる物に淡白であると認められている。 しかし、昼食のテーブルで、正面に座ったルークの首元から目が離せない。 意味深に貼られた、絆創膏。 そこを気にするように、時折、ルークの手が伸びる。 (あれは、何だ……!?) ジェイドは確か、ルークの恋人になった筈ではなかったか。 あんな所に痕を付けた覚えはないし、付けたとしても、もう消えてしまう頃ではないか。 淡白である筈のジェイドは、その認識とは裏腹に、嫉妬の炎を燃やしていた。 ***** 「ルーク」 「んぁ?」 結局、ジェイドは昼食の後、宿を出たルークを追い、閑散とした通りでその腕を掴んだ。 「少し、よろしいですか?」 「何だ?」 きょとりとルークが首を傾げると、絆創膏がより存在を主張した、ように見えた。 「その、首元の絆創膏は?」 「あ、これか?何か、虫に刺されちまって」 ここでジェイドの脳は、謎の飛躍をみせた。 すなわち、虫=悪い虫つまり、他の男に付けられた痕なのだ、と解釈した。 恋とは、まさに盲目。 理性の塊からさえ、理性的な判断能力を奪ってしまうのだ。 ルークにとっては不幸なことに、そんな会話を交わした場所が悪かった。 ジェイドは、その通りの夜の姿を知っていたのだ。 そして、昼間でも開いている場所はあるのだとも、知っていた。 斯くして、ルークはジェイドに、行われる行為は一つだけの建物に引きずり込まれた。 back |