真似っこと理性

ルークにとって、彼は特別な存在だった。

ルークの周りには、色々なことをあんなに分かりやすく説明してくれる人はいなかったし(だから家庭教師は嫌いなのだ)、あんなに綺麗な瞳の色も初めて見たし(屋敷にいた頃は見られなかった夕日の色だ)、優しいのに怖いようなことを言う人だって、初めてだった。

だからルークは、彼の言ってることや、やってることを真似したいのだ。

彼がカレー好きだからこそ、ルークはニンジン嫌いを克服しようと頑張っている(まだちょっと苦手だが、我慢すれば食べられるようにはなった)。

だから、彼が夜、寝る前にゆっくりと傾けるグラスに入った、琥珀色の液体が気になって仕方ないのだ。

それは何だと訊いても、「ルークにはまだ早いですよ」と苦笑して、宥めるように頭を撫でられる。
飲んでみたい、と手を伸ばしても、「いずれ、その内に飲むことになりますから」と、遠ざけられる。

ルークは、そろそろ強行突破も辞さないぞ、と考え始めていた(ちょっと難しい言葉だって知っているのだ)。



*****

その晩、ジェイドがいつものように、琥珀色の液体の入ったグラスを傾ける。

こくり、と喉が上下するのを、ルークはじっと見つめていた。

その視線を感じているだろうに、ジェイドは何も言わない。

ちなみに、この沈黙をいつもだったら破ってくれるガイは、隣の部屋だ。
ルークの護衛として、いつもジェイドかガイは同室で、何かあった際に素早く動けるようにもう一人は別室、というのが常のことなのだ。

もう一度、ジェイドの喉が動いた時に、ドアがノックされた。

「大佐、アニスです。
今、良いですか?」

ジェイドは、グラスをベッド脇のチェストに置いて、ドアを開けた。

そして、二人は出ていき、ドアがパタリと閉められる。
すぐ近くにはいるようで、内容は聞き取れないものの、声だけは聞こえた。

だが、姿は見えない。

ルークは、今だ!と思った。

グラスを手に取り、ほんの舐める程度、と思ったが。
自分が考えるより焦っていたらしく、グラスは予定より大きく傾いて。

ジェイドが一度に飲み込む量より、かなり多く飲んでしまった。

カッと喉が焼け、胃までが急激に熱くなる。
噎せそうになり、慌ててグラスを置いた。
熱がゆっくりと、手足の先まで伝わる。
頭の中も熱くなって、ぼんやりと霞んでくる。
目の前がくにゃりと歪み、身体を起こしていられなくなったので、ベッドに倒れ込んだ。

身体にかかる掛布が煩わしく、腕で払い除け、脚で蹴りやる。
シーツに皺が出来たが、どうせ寝るだけなので、構わない。

白い上着は、寝支度のために既に脱いでいたが、あまりに熱いので、ズボンのベルトを外し、ウエストを緩める。

呼吸が荒いが、そればかりはどうしようもない。
目を閉じていたら、ジェイドの声が聞こえた。

「ルーク、どうしました?」

ゆっくりと目を開ければ、ジェイドが息を呑んだ。

「それ……」

目でグラスを指すと、ジェイドは量が減っているのに気づいたのだろう、溜め息を吐いた。

「飲んだんですね…。
気分は?」

言いながら、布や革を介さない手のひらが、ルークの頬に触れた。

「あっちぃ…。でも、ジェイドの手、冷たくて、気持ちい…」

思わず擦り寄り、目を閉じると、ジェイドがまた溜め息を吐いた(と言うより深呼吸?)。

「ルーク、もう寝なさい。
明日に響くでしょう?」
「ん……。ジェイド、も……」

眠気でぼぉっとした頭で、ジェイドと離れたくない、という謎の考えが浮かび、それに従ったルークの身体は、ジェイドの手を引っ張り、ぎゅうと首元に抱き付いた。

「る、ルーク?」
「ジェイド、も、寝よ…?」

ジェイドの焦った声の理由など気にも止めず、ルークは無邪気に縋り付く。

そしてそのまま、眠りに落ちていくルークに、ジェイドの溜め息の意味など届かず。


明かりの落とされた部屋には、穏やかな寝息と、理性を保つための深呼吸が響くだけだった。





*****

本橋異優様!
相互、ありがとうございます
相互記念を書いてみましたが…裏にはなりませんでした…orz
こんなんで、よろしいでしょうか…?気に入らない場合は、いつでも書き直し承りますので!

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