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  影に足を踏み入れる


スリザリンの談話室は、グリフィンドールのそれとは正反対な部屋だった。

ホグワーツ城の地下深く、じめじめとした石の階段を降りた先に広がるのは緑と黒を基調とした厳粛な空間。談話室全体が 固い岩で出来ているせいか壁も天井もがっしりしていて頑丈で、まるで地下牢にいるみたいだ。 壁には巨大なガラスが嵌め込まれて水槽のようになっており、その向こう側には湖が見える。地上から差し込む光が湖の色を反映して緑色に揺らぎ、 時折水中人や魔法生物が顔を覗かせる。 湖底にある地下牢のイメージ、というのが一番しっくりくるだろうか。牢にしては随分と広く豪華だが。                       

寮の至る所あるドアノッカーなどの銀製品は全て蛇の頭がかたどられていて、壁にはスリザリンの歴代寮長のリストが飾られている。談話室には沢山の黒革のソファがあり、クッションは深いグリーン。家具も装飾も、何もかも豪華だった。

「すみません」

入口の前で立ち尽くし、部屋を見回していたライムの背後から聞き慣れない声がした。

「────退いていただけますか」

中に入れないので、と続く冷えた声に驚いて、ライムは勢い良く振り返る。

一瞬、レギュラスがそこに立っているのかと思った。

瞳は澄んだ灰青。ガラス細工のような綺麗な色をしている。年下なのか、顔立ちにはあどけなさが残り、身長はライムとさして変わらない。青みがかった黒髪は艶やかで、白い肌に影を落としている。

「あ、ご、ごめんなさい」

慌てて端に避けると、その少年はライムの顔を見て僅かに目を見張った。予想外の反応にライムが内心首を傾げていると、少年は通り過ぎる事なく立ち止まり、ライムの頭の先から天辺まで値踏みするように見てきた。

「あの……何か?」
「編入生の方ですよね。リドル先輩がお世話なさっている」
「……ええと、そうです」

リドル先輩。この言葉使いにこの見た目。もしかしなくとも、この少年はシリウスやレギュラスの父親、ではないだろうか。

この人が、オリオン・ブラック。ヴァルブルガ・ブラックのはとこであり将来ブラック家の家督を継ぐ者。

よく見れば顔の作り自体はシリウスに近い。けれど雰囲気が硬質で他人を寄せ付け無い刺々しいものだから、全体的な印象はレギュラスに似ている。二人の父親なのだから、似ているのは当然なのだが。

「あ、初めまして。ライム・モモカワです」

そう名乗ると、少年はびっくりしたように瞬いた。能面のように変化の少ない顔が動いた事にライムの方も驚いて、何か変な事を言ったかと冷や汗をかいた。

「名前くらい、知っています。編入初日に大広間で聞きましたから」
「ああ……でもあれは、自分で言ったわけじゃあ無いから。直接会った人にはちゃんと名乗るのが礼儀でしょう?」

変な事言ってるかな?と自信無さげに続けるライムを、少年はじっと伺うように見つめる。

「────オリオン・ブラックです。よろしくお願いします」

渋々ながらにそう名乗ったオリオンに、ライムはパッと顔を輝かせて笑う。
礼儀正しいところはやはりレギュラスに似ている。いや、レギュラスがオリオンに似ているのか。ややこしいな。

「よろしくね、ええと……Mr.ブラック?」
「……オリオン、で構いません。貴女は先輩ですし、ここには“ブラック”が沢山いて紛らわしいですから」
「わかったわ。よろしく、オリオン」

口調は淡々としているがさほど棘は無いし、思ったより好意的な態度にホッとする。まだライムの出自については誰も知らないのだろうし、目を付けられるような事もしていないのだから当然の反応なのかもしれないが。

ここ数日、寮生達は皆驚く程ライムに優しく好意的だった。ライムを見かければ何かと話しかけたり世話を焼いてくれたし、空き時間には相談に乗ったり談話室の構造について説明してくれた。
スリザリン生というと冷たく近寄り難いイメージがあったので、ライムは正直びっくりしていた。身内意識が強いのか、スリザリン生は仲間と認識した相手には寛容で優しい。スリザリンは他の三寮からはあまり好かれていない。だからこそ、寮生同士の結束はむしろ他寮より固いのかもしれなかった。

「そんなにブラック家の出身者って多いの?」
「ええ。七年生にヴァルブルガとルクレティアがいますし、僕と同い年のシグナスもブラックです。他にも血縁者ならば沢山います」
「スリザリンって本当に貴族が多いのね……」
「純血の者同士で婚姻関係を結べば、自然とそうなりますから」
「ああ、なるほど」

淡々とした受け答えに少し居心地の悪さを感じたが、どうやらこれがオリオンの通常のテンションらしい。礼儀正しいし質問には丁寧に答えてくれるが、話が弾みそうに無い。これはレギュラスよりも頑なかもしれないなと思いつつ、ライムは話題を切り替えた。

「そうだ、リドルの姿を見なかったかな?寮にはいないみたいなんだけど……」
「リドル先輩でしたら、先程図書館近くの廊下を歩いていましたよ」
「あっ、本当?なら良かった。ちょっと渡す物があって探していたの」
「リドル先輩にですか?」
「ええ。スラグホーン教授に渡す書類なんだけど、タイミングが悪いのか中々捕まらなくて。そういう時はリドルに託してくれ、って言われていたの」
「そうなんですか」

先程、という事ならまだそう遠くへは行っていないだろう。急いで行けば見つかるかもしれない。そう判断すると、ライムはオリオンに礼を言ってから善は急げとばかりにくるりと出口の方へ向き直った。

「教えてくれてありがとう。じゃあ、またね」
「いえ。お気をつけて」

そのまま早足にドアを抜け、談話室を後にしようとしたライムの背に、ぽつりと小さな声がかけられた。

「くれぐれも、気をつけて」

微かに聞こえた声にライムの動きが止まる。振り返った先、閉まる扉の向こう側に立つオリオンが微動だにせずライムを見つめていた。

(今、何て……?)

声をかける間も無く扉が閉まる。鈍い音と共に遮断された光景。灰青の瞳は冷たく透き通り、口元に薄っすらと嗤笑を浮かべていた。特に変わった事を言われた訳でも無いのに、やけに耳に纏わり付く言葉だった。無意識に詰めていた息を吐くと、米神に汗が伝い落ちた。

「オリオン・ブラック……」

一見穏やかで礼儀正しい、年下の少年。何があった訳では無い。おかしな事など何も無かった。新しく始まった日々は平穏そのもので、心配事など何も無い。

「気をつけろ、って……何に?」


けれどこの不吉な予感を、どうしても無視する事が出来なかった。


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