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  戒めの鎖


組み分けと新学期の宴が終わり、リドルの案内でライムは初めてスリザリン寮へと足を踏み入れた。地下にあるスリザリン寮は薄暗くグリフィンドールとは正反対の雰囲気で、その光景の珍しさにライムは驚いた。

「びっくりしたかい?」
「……ええ。地下なのに窓があるのね」
「見えるのは地上の景色ではないけどね。ここは丁度湖の真下なんだ。たまに水中人(マーピープル)やオオイカが見える事もあるよ」

ライムがリドルの説明に感心していると、遅れて他の生徒達が談話室に入って来た。生徒達は入口付近に立っていたライム達を見ると好奇心に顔を輝かせ、周囲を取り囲むと口々に話しかけて来て、そのまま雪崩れ込むように歓迎のパーティーが始まった。何時の間にか用意された軽食やドリンクがテーブルの上にズラリと並ぶ中、ライムは黒革のソファーに座らされ、好奇心に溢れた生徒達から質問責めに合った。

出身は?ご両親は?どうして編入してきたの?前の学校は?などなど。矢継ぎ早に投げかけられる問いにドリンクに手を付ける暇も無い。何から答えるべきかと迷っているライムの背後に、ふと影がさした。

「────そう一度に尋ねても、答えられないだろう」

笑みを含んだ声がライムの耳に滑り込む。聞き覚えのあるそれに驚いて振り返った先に立つのは長身の男性。肩にかかる長い髪は夜明けの雪のような白銀。涼しげな目元を縁取る睫毛も同色で、スッと通った鼻筋は彫像の如く整っている。口元では薄い唇が緩やかな弧を描いて、ほのかに香る薔薇の薫りは品が良く、男の優美な雰囲気に良く似合っていた。

「あの……?」
「やあ、初めまして、お嬢さん。私はアブラクサス・マルフォイ。スリザリンへようこそ」
「初めまして、マルフォイ先輩。ライム・モモカワです」

差し出された手をそっと握ると、アブラクサスは口元の笑みを深めた。その微笑があまりにも美しくて、ライムは目を見開いた。美形だ。リドルとはまた違ったタイプの。

「大広間で見た時も思ったが、近くで見るとまた一段と可愛らしいね。君のような女性がスリザリンに組み分けされて本当に良かったよ」
「……ええと……」
「おや?照れているのかい?」
「……マルフォイ先輩は、御世辞が御上手ですね」
「真実を言ったまでさ。どうやら君は随分と謙虚なようだ」

思い掛けない言葉に、ライムは暫し固まった。今まで周りに居なかったタイプの人だ。正直、どう返すのが正解なのかわからない。困り切った様子のライムを見て、アブラクサスは僅かに目を細める。

「珍しい編入生が、我がスリザリンに入ってくれて何よりだ」

ふと湧き上がる、違和感。敵意も悪意も見られない。口調も態度も柔らかく優しげなのに、その瞳が何処か冷たく思えて、ライムはそっとローブの裾を握り締めた。

「何かあれば遠慮せず聞くといい。私は勿論、リドルにも」
「ありがとう、ございます。一日も早く馴染めるよう、頑張ります」
「今宵は君の歓迎会だ。存分に楽しむといい」

その言葉を残して、アブラクサスは颯爽とローブを翻し、人垣の向こうへと去って行った。暫しの沈黙の後、一人の女子生徒がぽつりと言った。

「相変わらずね、マルフォイ先輩は」
「いつも、ああなの?」
「ええ。女子生徒の前ではね」
「でも相手を困らせるような事はしないわ。紳士ですもの」
「さっすが、マルフォイ家の次期当主ってとこかな」
「そう……」

控え目な声量で口々に囁かれる噂話。言葉の端々には畏怖も混じっているがその大半は好意的なもので、ライムは少し落ち着かない。

「マルフォイ先輩は主席だもの。何でも出来なきゃ駄目なのよ」

パーティーは始終和やかな雰囲気だった。同学年で話せる知人も増え、ライムは表面上は穏やかに笑って周囲に溶け込んだ。
けれどあの色の薄い瞳が、氷の針のようにライムの胸に引っかかっていた。


****


頃合いを見計らい何とかパーティーを抜け出し、ライムは女子寮への階段を降りていた。談話室から細い階段を下って、幾つもの木製のドアの前を通り過ぎる。じっとりとした石壁には優美な曲線を描く鍛鉄に支えられたグリーンのランプが等間隔に並び、辺りを深い色に照らし出していた。

「あっ、あったあった!」

黒檀のように黒いドアには蛇を型どった銀製のノッカーがついていて、その上に銀のネームプレートがある。そこには洒落た飾り文字でライム・モモカワと刻まれていた。

室内は落ち着いたグリーンの色彩に包まれていた。
深緑の天鵞絨のカーテンに囲まれた天蓋付きのベッドはグリフィンドールのものより豪華で、マットレスも心なしか分厚い。空気を含んでふんわりと広がる羽根布団は見るからに心地良さそうで、触れてみると雲のようにやわらかく沈んだ。
艶やかな光沢を放つベッドカバーも深いグリーン。暖炉の前に置かれた小さな二人がけの黒革のソファーにはふかふかのクッションが積み上げられており、銀の房飾りが揺れている。

「すっごい……豪華」

全体的に高そうな内装は生徒が使用するには豪華過ぎる気がするが、スリザリンではこれが当たり前のようだ。貴族の家の子息や子女が多いから、保護者や卒業生の寄付だろうか。

部屋は地下という事もあって少し薄暗い。窓こそ無いが明かりを灯せば生活に支障が無い程度には明るいし、慣れればこれはこれで落ち着くのかもしれない。

「何より個室で良かったわ」
 
ダンブルドアの配慮で今回もライムの部屋は個室だ。一人で使うにはやや広い部屋の奥には小さいがシャワールームまで付いている。有り難い。これで生徒用のシャワールームを使わずに済むから、万が一にも闇の印が見られる心配は無いだろう。

未来のダンブルドアが手紙に何と書いたのかは知らないが、ある程度の事情説明をしてくれたのだろう。そのお陰でこうして色々と配慮してもらえているし、この時代でもダンブルドアがライムの後見人になっている。感謝してもし切れない。
 
「孤児だけど純血……って事にしておいた方がいいよね、やっぱり」
 
嘘を吐くのは気が引けるが、そうも言ってはいられない。いずれは話す事になるだろうが、今はまだそういう事にしておくべきだろう。でなければこのスリザリンで暮らしていくのは困難だ。苦労を回避出来るのならばしておくべきだ。
 
「この時代なら、日本の魔法界に詳しい人なんてまずいないだろうし」
 
俊敏狡猾スリザリン。仮面を被るのなら念入りに。被っている事を他人に悟られてはならない。仮面を外すのは舞踏会が終わる時。
 
目的は、未来を変える事。
あの時取れなかったあの手を、今度こそ掴む為に。
 
それがどれ程長い道のりなのか、想像もつかない。
 
「それでも……」
 
諦めない。逃げ出さない。ようやく掴んだチャンスだ。

身じろいだ拍子に肌に触れた冷たい感覚に違和感を覚えて、ライムは襟元に手を伸ばす。指先に触れたのは細い鎖。まさかと思って手繰り寄せると、その先端には見覚えのある小さな砂時計が揺れていた。

「うそ……どうして」

あの時割れて、無くなったはずなのに。

ライムが目を凝らして見ると、中にあったはずの金色の砂はなくなっていた。一粒の欠片も無く、今はただ透明な硝子の塊でしか無い。きっとあれは魔力の込められた結晶のようなもので、この時代へ来る時に 恐らく全てを使い切ったのだろう。

これは肌身離さず身につけていよう。自らの戒めに。
自分が何処から来たのか、何の為にここへ来たのか、忘れない為に。

「忘れない。絶対に」


目的は必ず果たす。のぞみは叶える。
そのために、この道を選んだのだから。


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