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  くるりと回ってもう一度


 1942年10月1日

その日は朝から雲行きが怪しかった。分厚い灰色の雲が重く垂れ込めた空は低く、辺りには土臭い雨の匂いが漂い今にも雨が降りそうだった。遠くの空ではどす黒い雲が幾重にも重なり、その合間からは時折鋭い稲妻が走っていた。
 
幸いにもまだ雨は降っていないものの、午後までは持たないだろうと思った。


────面倒な事になった。

トム・リドルは眉間に皺を寄せ、小さく舌打ちした。
朝から校長室に呼ばれ、朝食もそこそこに急いで向かえばそこには校長だけでなくダンブルドアまで待っていた。一体何事かと思い内心構えていたリドルにディペット校長が告げたのは、全く予想外の話だった。

「編入生……ですか?ホグワーツに?」
「ああ、そうじゃ。君に、今日から来る編入生の世話を是非とも見て欲しい」

編入生が来るという事自体初耳でリドルは面食らったが、直ぐに落ち着きを取り戻すと幾つか質問をして了承した。

面倒な話だが、監督生として仕事を頼まれては断れない。どちらにしろリドルが教師からの頼み事を断るなんてあり得ないのだが。

編入生は海外から来た少女だという。同じ学年に入る予定だから、何かと面倒を見てやってくれと校長直々に頼まれたなら無碍にはできない。迎えに行く場所と時間、その後の段取りと自分の役割を確認してからリドルは部屋を後にした。


リドルは足早に階段を駆け下りる。指定された場所にはもうすぐ着く。余裕を持って教室を出ようとしたのに、途中で上級生の女子生徒に引き留められたせいでギリギリの時間になってしまった。どいつもこいつも人の迷惑を省みない者ばかり。そういうものだとわかっていてもうんざりする。

夕食前のホグワーツ城は多くの生徒が大広間に集合しているせいかとても静かだった。既に日はとっぷりと暮れ、外は真っ暗な闇に包まれている。窓を叩く雨音が時折耳に付くけれど、不思議とそれは気にならない。

カツン、と靴音が響く。
大階段の下、踊り場に一人の少女が立っていた。声をかけようと口を開いた瞬間、少女がこちらを振り仰いだ。

────それは不思議な感覚だった。

象牙の如くなめらかな白い肌。松明の灯りに艶めく漆黒の髪。意思の強そうな瞳は真っ直ぐにリドルを射抜く。身に纏うローブはまだ寮が決まっていないせいか真っ黒で、ネクタイも同様だ。だから余計に肌の白さが際立つ。

初めて見る顔なのに、リドルは何故か既視感を覚えた。

「────貴方」

緊張を孕んで僅かに硬く、凛とした声が静かに響く。

「貴方が、ディペット校長が言っていた監督生?」

リドルが足を止めると、表情を緩めて少女は尋ねた。

「……ああ。君を迎えに来たんだ」

止めてしまった足を再び動かして、リドルはゆっくり階段を降りる。一歩足を進める度に靴と階段とが触れて硬質な音を立て、無音の空間にそれはよく響いた。風をはらんでローブが揺れる。

食い入るようにリドルを見つめる少女の視線が何処か哀しげに見えて、リドルは違和感を覚えた。懐かしむような、過去を思い返すようなその瞳が、リドルの胸をざわつかせる。

「良かった、間に合って」

取り繕うように人の好い笑みを浮かべて、リドルはやわらかな口調で話しかける。

「────ああ、ごめん。名乗るのが先だったね。僕はトム・マールヴォロ・リドル。スリザリンの監督生だ」

よろしくと言って差し出されたリドルの白い手をためらいがちに握り返して、少女は答える。

「はじめまして、Mr.リドル。私はライム。ライム・モモカワです」
「改めてよろしく、Miss.モモカワ。僕はディペット校長から君に校内を案内するように頼まれているんだ」
「そう、なんですか。よろしくお願いします」

そう言ってお辞儀をしたライムに、リドルは緊張を解すようににっこりと笑った。

「そんなに畏まらなくていいよ。君は五年生に編入するんだろう?なら、僕と同級生だ。敬語はいらない」
「じゃあ……お言葉に甘えて、そうするわ。私の事も好きに呼んで」
「うん。じゃあ、行こうか」

先立ってリドルが歩き出す。向かう先は大広間だ。リドルはさりげなくライムの歩調に合わせて歩く。

「君はチャイニーズ、では無いみたいだね」
「うん。日本人よ」
「そうなんだ、気を悪くしたらごめんね。なかなか東洋人とは会う機会が無いものだから」
「大丈夫。気にしてないから」

リドルの瞳の奥で、僅かに赤い光が静かに揺れる。

「なら良かった。……少し、珍しいからね」
「東洋人が?」
「うん。ホグワーツにもチャイニーズは何人かいるけどね。君の場合は名前が聞き慣れない響きだったから」
「そう」
「編入は、ご両親の都合?」
「ええ。まあそんな所よ。……編入生も珍しいの?」
「ああ。僕が知る限りでは編入生は初めてだ」
「そうなんだ。何だか緊張するわ」

言葉の割にライムの態度は落ち着いて見えた。それに興味を引かれてリドルは値踏みするように目を細めた。口調も態度も表情も、そのどれもが自然なものだ。でもその自然さが却って違和感を残す。
────けれどその正体が掴めない。

「さあ着いたよ」

リドルのしなやかな指が示す先にあるのは、両開きの天井まで届く程大きな扉。扉越しに聞こえるざわめきに、ライムは動きを止めた。
緊張しているのだろう、無理もない。

「大丈夫」

宥めるようにやわらかく微笑みかけると、ライムはそっと目を細めて微笑を返した。その表情は何処か大人びていて、リドルは何故だかドキリとした。それを誤魔化すように扉に手を掛け、ゆっくりと押し開ける。

「ようこそ、ホグワーツへ」

芝居がかった台詞と共に、軋む扉がゆっくり開く。隙間から光が零れる。眩しい扉の向こうから、音を増したざわめきと雑多な匂いが溢れ出す。


扉の向こう側に、ライムは一歩、踏み出した。


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