探しものの在り処
まるであの四ヶ月をなぞっているようだ。
そう指摘する声がふと湧き上がったが、ライムはそれを頭の端に追いやった。消灯時間はもうそこまで迫っているのに、寮に戻る気はほんの少しも起こらなかった。人もまばらな廊下を ゆらゆらとひとり静かに歩くだけ。目的地は決めていなかったけれど、行き着く先はなんとなくわかっていた。
螺旋を描く階段を登ると、冷たい夜風が頬を撫でた。開けた視界の先には懐かしい風景。城を見下ろせる塔の天辺には、当たり前だがあの後ろ姿は無かった。
空は深い紺色と藍色とが混じり合い、山の端は薄い黄色に滲んでグラデーションになっている。髪を吹き上げる風は冷たかったが痛みを感じる程ではなく、ほんの僅かに草の匂いがした。
冬はもうじき終わる。過去に渡って年を越し、再びこちらで年を越した。繰り返されたクリスマス。連続する冬は長く、本音を吐けない日々はライムの気力を徐々に削っていった。ずっと雪の中に埋れているように息苦しい。長い長い夢を見ている気分だった。
ライムは四隅に聳え立つ柱の一つに歩み寄ると、それに身体を凭せるように座り込んだ。石畳は氷のごとく冷え切り 一瞬で全身に鳥肌が立ったけれど、ライムは唇を噛み締め耐えた。浅い呼吸を繰り返して、徐々に力を抜いてゆく。空を仰ぎ見ると、星は変わらずそこにあった。
「綺麗、だなぁ……」
灯りの無いこの場所からは星が良く見える。無数の光が瞬くその光景は、いつか見た、あの星空と変わらないのに。
「……違うんだよね」
同じに見えるのに、同じではない。あの日から、三十年以上が経った。言葉にすれば呆気なく、実感するには重過ぎる、その年月。その間に何があったのかライムは知らない。想像しても多分足りない。
今目にしている光は、あの日リドルと眺めた空の果てにある星の光なのだろうか。
────それ程までに、遠く隔たってしまったのか。
「遠く、遠い、時の向こう……」
リドルから引き離された私。私に置いていかれたリドル。どちらも正しくて、どちらも間違いだ。
「もしも、あのまま……」
ライムがもし、あのままあの時代にいられたら、何かが変わっていたんだろうか。リドルは秘密の部屋を開かなかったのだろうか。父親を殺さなかったのだろうか。
ヴォルデモートになんて、ならなかったのだろうか。
「わからない。わかるはず、無い」
俯いた顔を長い髪が隠す。風に煽られ、靡く髪。膝を抱えて座り直して、ライムは小さく小さく縮こまる。
所詮全ては結果論だ。“もしも”なんていくら考えてもキリが無く、今更どうにもなりはしない。なのに何度も考える。
割り切らなければならない。頭ではそう理解しているのに心は付いていかない。納得出来ない。感情は厄介だ。理性で押し留めることはできても無くすことはできない。取り繕えるのは上辺だけ。我慢を重ねた分、内側に積もるものがある。それがいつか雪崩を起こすのでは無いかと、ライムは時々不安になる。
「シリウス……」
雨に濡れた黒髪。翳る灰色の瞳。何を考えているのだろう。何と答えたら良かったのだろう。
話しかけられたらどう答えていたっけ?からかわれたら何と返していた?どういう風に笑ったら、自然なんだろう。
自然にしていなくてはと思うのに、どうするのが自然なのかがわからない。考えれば考えるほどどうしたらいいのかわからなくなって、不自然な態度ばかりとってしまう。
違和感は徐々に降り重なっていく。みんなが卒業するまで、もう半年も無い。このままでいいのかと自問する声が更に焦りを募らせる。
「どうして上手くいかないんだろう……」
今この時間は危ういバランスの上に成り立っている。
天秤が傾いたら、積み上げてきたものが全て崩れてしまう。日常が変化してしまう。けれどもう、身動きは取れなかった。きっと一歩でも動いたらバランスは崩壊する。それを理解しているからこそ、ライムはもう何もできなかった。
平穏とはなんだろう。幸せって何?
私の手のひらには、今何が乗っているんだろう。
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