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  雨の帳が隠す本音


授業も終わった週末の午後。廊下でばったりと行き合ったジェームズはいつも通りで、ライムの姿を見付けると親しげに声をかけ、お互いに暇だという事がわかるとリリーの事ばかり楽しげに話し始めた。ライムはそれに少し呆れつつも相槌を打って、聞き役に徹していた。

「ん?ああ、シリウスじゃあないか」

どれくらいそうしていたのだろうか。ライムの背後に目を向けたジェームズがニヤリと笑った。ライムもそちらを見ると、確かに廊下の奥にシリウスが歩いているのが見えた。ジェームズはシリウスの背中に向かって大きな声をかける。

「おーい!シリウス!」

足を止め、振り返ったシリウスの目線がジェームズを捉え、次いで隣にいるライムを捉えた。表情は固く、引き結ばれた唇が僅かに歪んでいた。それはシリウスにしては不自然な表情だった。じっと向かい合ったままシリウスは無言でライムを見つめた。そこにいつもの親友同士の気軽さは無く、視線はただ重石のようにライムの動きを止めた。

「……?シリウス、どうしたんだい?」

きょとん、としたジェームズの問いには答えない。ライムはシリウスから目がそらせなかった。

「ちょっとシリウス、どこに行くんだい!?」

唐突に踵を返して歩き出したシリウスに、ジェームズが狼狽える。珍しく戸惑った様子の質問に短く「散歩」と答えると、シリウスは長い足を動かして玄関ホールの方へと向かってしまった。
ライムは咄嗟にジェームズに鞄を押し付けると、シリウスの後を追った。視線によって床に縫い付けられた足は重く、踏み出す右足に抵抗した。無理矢理にそれを持ち上げると、二歩目の左足は思いの外軽く上がった。背中に抗議の声が追い縋ってきたが、ライムは振り返らなかった。

何となく、そうしなければならない気がした。


玄関ホールを抜けて、渡り廊下へ。
城内に人気は無く、誰ともすれ違わなかった。

外には紗を垂らしたような薄い雨が降っていて、シリウスはそれを払うような手付きをした。けれど当たり前だがそんな事で雨が止むはずは無くて、さあさあと静かな音を立てたまま地面を湿らせ続ける。雨音は不思議だ。音がするのは確かなのに、静かだと感じる。時にそれは無音よりも冷たく澄んだ音のように思えて、人間の聴覚なんて案外適当なものだなとライムは思った。

「シリウス、濡れるよ」

止める声も聞かずに屋根の下から出たシリウスに、ライムは戸惑った声をかける。シリウスは喋らない。ただ無言で、振り返る事もしない。さあさあと降る雨がシリウスの黒髪をしっとりと濡らす。艶を増したそれを呆然と見つめていると、シリウスは天を仰いだ。

「……お前さ」

言葉はそこで途切れた。言葉を用意していなかったのか、それとも単に気が変わったのか、ライムは判断出来ない。沈黙は長く重かった。黙っている間にも雨は容赦無く振り続けてシリウスを覆ってゆく。霞のような雨は外の世界を乳白色に滲ませる。

漆黒のローブの裾は水を吸って重たげに揺れる。隙間から覗く手首は白く、薄っすらと開いた目蓋の隙間から覗く瞳は透き通った灰青。縁取る長い睫毛に乗った水滴が、重さに耐えかねて目尻を流れた。流れた水跡はすぐに雨が消し去る。

「お前はさ」

少し長めの黒髪が、濡れて束になっている。ぽたぽたと 時折毛先から垂れる大粒の雫が立てる音が、やけに耳についた。

柱と柱の間に見える雪原。降りしきる雨。天を仰ぐ男。

切り取られた世界。一枚の絵画。

屋根の下から見る外は広く、遠い。柱の額縁に縁取られた風景。額縁の中にいるのは 本当はどちらなのだろう。
シリウスは目の前にいるのに、まるで別の世界にいるように思えた。

「……お前は、変わっていないよな?」

それは質問なのか確認なのか わからない平坦な声だった。

「……うん」

答える声は自分でも驚くほど平坦で、安っぽく響いた。張りぼてのような、上っ面だけの言葉。どちらも本音ではないのだと、嫌でもお互いの嘘がわかってしまった。

「……それならいいんだ」

けれどシリウスもライムも、それ以上は追求しなかった。互いの言葉が本音ではないと知りながら、どちらも本音に踏み込むことを恐れた。

知れば変わってしまうから、知る勇気が、無かったのだ。

「変わっていないなら、それでいい」

会話はそこで打ち切られた。後にはただ静かな雨音が響くだけで、誰も言葉を発しなかった。

シリウスはびしょ濡れで、ライムは全く濡れていなかった。こんなに近くにいるのに、途方もない距離を感じた。


もし、もしも、変わってしまったら、この関係はどうなるのだろうか。


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