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  感情のキリトリ線


知ってしまった事を今更無かった事には出来ない。

自分で見て、聞いて、触れて、知ってしまったものをどうして否定出来るだろう。人は変わっていくものだ。良くも、悪くも。生きている以上変化を避けることは出来なくて、幾らそこにそのままの自分で留まり続けていたいと願っても、それは所詮叶わない。

世界は一見、こんなにも穏やかで変わらない。なのに、未だに追い付けない気持ちを取り残したまま、事態は終焉へと加速する。

時代の流れは早過ぎて、それを受け止めきれない心はついてゆけず未だに揺らぐ。それは今が、こんなにも穏やかだからだろうか。今日という日はリドルと過ごしたあの日々の延長線上にあって、あの日と今は確かに繋がっているはずなのに、何故か隔たっているような気がする。

一見穏やかそうな日常。穏やかなのは表面だけ。遥か昔から続く当たり前の日常を過ごしている様に見えて、皆不安と焦りを孕んでいる。それはまるで、耳を塞いで間近に迫る暗い足音から逃れようと足掻いているみたいで。

「こわい」

窓の外に広がる重苦しい灰色の空を眺めながら、ライムは誰にも聞こえない程小さな声でつぶやいた。

「ライム」

名前を呼ばれて、ライムはゆっくりと振り返る。開いたドアから漏れる灯りを背後に、リリーが立っていた。

「こんな所にいたの?」

風邪を引くわ、と言って柳眉を寄せるリリーに ライムは苦笑を返して向き直る。リリーが踏み出すと薄暗い室内に廊下の灯りが眩しく差し込んだ。
ガランとした空き教室は暖炉の火の気も無く凍えそうに寒い。吐く息の白さに驚いたリリーが、咎めるように声を上げる。

「信じられない、ライム。貴女ずっとこんな寒いところにいたの?」
「さっき来たところだよ」
「だとしても、こんな寒かったら身体に毒よ」
「大丈夫よ、ちゃんと着込んているから」
「全く……病み上がりなんだから無理しちゃ駄目よ?」
「ありがとう。でも本当に平気だよ?」

そう言ってみせても納得がいかない様子のリリーを宥めて、ライムはするりと話題を変える。

「そういえば、ジェームズ達は?今日は姿を見ていないけど」
「罰則中よ。パーティーの後、廊下の鎧をスキップで走らせたのが見付かったんですって。それで朝からずっとマグル式で学校中の男子トイレの掃除をしているわ」
「……それはまた、何とも……」

微妙な罰則だ。危険性は無いが、物凄く時間と手間がかかりそうだ。だが受ける精神的なダメージを考えれば、罰則にはもってこいなのかもしれない。

「マクゴナガル教授もまた、キツイ罰則を考えるね」
「それくらいでいいのよ。キツくなかったら罰則の意味が無いんだから」
「でもどうせ、みんなは懲りないけどね」

顔を見合わせ苦笑をもらす。ジェームズやシリウスは何度罰則を喰らっても懲りない。危険であればある程目を輝かせて意気揚々と出掛けてゆくし、禁じられた森へ行くよう命じられた時なんて「これで森へ堂々と行ける!」と言って喜んでいた。

「ねぇリリー。それなあに?」

ライムは恐る恐る、先程から気になっていた疑問を口にする。リリーが部屋に入って来てから、ふんわりといい匂いがする事にライムは気付いていた。

「お腹を空かせている人たちへの差し入れよ」
「……もしかして、それってジェームズの分も入ってる?」

リリーが手にしているバスケットの中身を見ると、美味しそうなサンドイッチやチキン、スコーンがたっぷりと詰まっていた。さらに近くの机の上にはもう小さなバスケットが一つ。一人分にしてはやけに多いその量に、ライムがもしかして…と思いつつ控えめに聞いてみると、リリーはその白い頬をほんのり赤く染めて頷いた。

「えっ、ジェームズに?本当に?」
「ちゃんとシリウスたちの分もあるわよ。…まぁこの前の騒ぎは、私も止めなかったし。……さすがにお腹が空くでしょう」
「リリーは優しいね」
「そんなんじゃないわ!ライムが帰って来たのが嬉しかったから、よ!浮かれちゃう気持ちはわかるし。最近は前より幾らかマシになったみたいだから…………別に悪戯を肯定した訳じゃないわ」

口ではそう言いつつもその表情はやわらかい。リリーがこうしてジェームズたちを気遣うなんて昔では考えられないことだ。何だか知らない間に随分と二人の関係も変わったようで、リリーの態度が軟化している。その様子を微笑ましいな なんて思いながら、ライムはそっと窓の外を見た。灰色の空はうっすらと白み、はらはらと雪が舞い始めていた。

「ここも、冬なんだね」

ホグワーツの冬を見るのは、これで何度目だろう。繰り返されるクリスマス。二度目の五年生。私だけが、取り残されたまま。

「さあ、談話室に戻りましょう?そろそろジェームズ達も戻って来るわ」
「うん、そうだね」

今は考えるのをよそう。寮に戻って、疲れて文句を言いながら戻って来る仲間を迎えなくては。シリウスなんかは気が短いし育ちはいいから慣れない作業(しかもよりによってトイレ掃除)にかなりイライラしているはずだ。


そう考えて、ライムはリリーに駆け寄り、シリウスが好きそうなチキン入りの小さなバスケットを手に取り部屋を後にした。


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