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  引き戻された現実


水は砂の色をしていた。

身体が揺れる。波に揺られる木の葉のようにゆらゆらと。耳元で絶えず水音が響くのに、水の温度は感じなかった。

目を開いても上手く焦点を結ばない。ぼやけた視界を埋め尽くす色は黄金色。きらきらと 瞬く光はいつか見た、あの金色の不思議な砂に似ていた。

この光はどこで見たのだろう。知っている気がするのに、記憶はモザイクがかったように曖昧でわからない。考える事が出来ない。意識は散らばったまま纏まらず、ただ疑問符ばかりが泡の如く浮かんで消える。


光は無数に輝き、散らばり、渦巻きながら 眩い程に視界を覆った。


「──────っ……」

意識は唐突に戻った。
声を出そうと口を開いても、喉が痛んで掠れた音しか出ない。身体は鉛のように重く、自分のものでは無いようだった。

ここは何処だろう。

眠りの余韻から抜けきれていないのか、上手く考えられない。
ただ何と無く、ここが室内である事と、目に映る景色がどこか見覚えのある天井である事だけはわかった。

「目が覚めてしまったかね」
「だ、ん……っ」
「大丈夫。心配いらぬ」

安心させるように微笑むと、ダンブルドアはそっと手を伸ばし、ライムの視界を覆った。

「……眠りなさい。今暫し」

状況を話すのは、今の君には酷じゃろう。そう言うダンブルドアの声が聞こえた気がしたが、どういう意味かと深く考える前にライムの意識は再び闇に落ちていった。


****


「───目が、覚めたのですか」
「……ああ。また、眠ってしもうたがの」
「そうですか……。まだ、身体が動けるまで回復していないのでしょう。可哀想に」

ドアを開け入って来たマクゴナガルは早足に部屋を横切りダンブルドアの隣へと近づくと、ライムの寝顔を覗き込む。少し苦しげではあるが、以前よりは落ち着いた寝息を立てている様子を確認して、ホッと息を吐いた。

「マダムはライムの容体はどんな状態だと言っていたかね?」
「特に外傷は無いようです。調べた限りでは呪いなどの影響も無いようですし、時期に良くなるでしょう。ただ、酷く体力が落ちている、と」
「そうか……ならば、やはりあのキャビネットのせい、という事にしておいた方が良いじゃろう」
「……そう、証言なさるのですか」
「うむ。それが一番話の筋が通るじゃろうて」
「アルバス……」
「君も薄々とはわかっているだろうが、ライムが今までワシの想像通りの場所にいたのなら、それは何としても伏せておかねばならん」
「魔法省が、それで納得するでしょうか?」
「させるのじゃ、ミネルバ。この子にあらぬ疑いが掛かる事だけは避けねばならん」
「そう……ですね。では、他の生徒達には何と?」
「うむ、そうじゃな……ライムは壊れて扉が開いていた“姿をくらますキャビネット”に誤って転落。突破的な事故で気を失ったまま 発見された、と。先生方には朝一番に伝えた方が良い。全校生徒には明日の夜、ワシから話そう」
「ライムはどうされますか」
「しばらくライムには安静が必要じゃ。ここでは何かと問題もあるじゃろうし、意識が戻り次第聖マンゴ病院で入院出来るよう手配しておくのがいいじゃろう」
「わかりました。では、そのように」

ツカツカと急ぎ足で部屋を後にするマクゴナガルを見送って、ダンブルドアは再びライムへ向き直る。

青ざめて白い肌。固く閉じられた目蓋。乱れた長い髪。記憶にある姿のままの少女。
あの日、少女は手紙を残して唐突に姿を消した。その行き先が、ここなのだろう。

「君があの、“ライム・モモカワ”だと知る者は……恐らくはいないじゃろう」

それ程の、時が経った。

けれどそれを告げるにはまだ 少しだけ早い。

「今はどうか、ゆっくりおやすみ」


せめて夢の中だけでも、この少女が穏やかに過ごせるようにと、ダンブルドアはそっと祈った。


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