×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



  クリスマス・キャロルの合間に


クリスマスの朝はこれまでに無く冷え込んだ。

目覚めてからベッド足元にあるプレゼントを目にするまでの時間程 ワクワクするものは無い。目が覚めてからも、プレゼントを見てしまうのが惜しくて何度も目を瞑ったまま寝返りを打ち、往生際悪く二度寝を繰り返して────ようやくライムは目をあけた。空気はピンと張り詰めて痛い程の寒さだが、頬を刺す冷気も今日ばかりは気にならない。
 
「わぁ……!」

数こそ例年より少ないものの、そこには色とりどりの包装紙やリボンに包まれたプレゼントが積まれていた。ライムは布団を跳ね除けると、カーディガンを羽織る事も忘れて裸足でベッドを降りた。
1、2、3、4、5────数にして、5個。添えられたカードに書かれた名前はロゼッタ、リタ、ジゼル、と……ダンブルドアに、リドル。

「リドルもくれたのね……」

リドルのプレゼントは分厚い本だった。素っ気無い程シンプルなクリーム色のカードにただ一言、『メリー・クリスマス』と書かれている。クリスマスなんて大嫌いだろうに。それでもこうしてプレゼントを贈るなんて、やはり律儀だ。嫌がられるかと思ったが、一応世話にはなっているのだしと思って、鷲羽の高級羽ペンを送っておいて良かった。

ロゼッタからのプレゼントはネイルケアのセットとマニキュア。マニキュアには魔法が掛かっているのか、塗るとその日の気分に合わせて色が変わるものや、色に合わせた香りがついているもの、ラメが24色に輝くという少し変わったものまであった。繊細な細工のガラス瓶はひとつひとつデザインが違っていて、どれも飾って置きたい位可愛い。

リタからは梳かすと艶が10倍になる櫛。おしゃれ大好きな彼女のお墨付きならばきっと効果があるのだろう、使ってみるのが楽しみだ。

ジゼルは綺麗な明るいグリーンの石が散りばめられた髪飾り。細かい銀細工にキラキラ輝く石がとても綺麗だ。カードには『デートに付けていってね!』と書いてあるが……これはしばらく出番が無さそうだ。

最後に、ダンブルドアのプレゼントは──あたたかそうなグリフィンドールカラーの靴下と可愛らしい瓶に入った色とりどりのキャンディだった。靴下を選ぶ所が何ともダンブルドアらしい。添えられたクリスマスカードはどれもカラフルで美しく、夢に溢れていた。
 
 
****


大広間は素晴らしい眺めだった。
壁一面に並び立つクリスマスツリーはそのどれもが違う飾り付けをされてキラキラと輝いていたし、天井には氷で出来た大小様々な氷柱と雪の結晶のオブジェが連なり、その隙間を縫うように飛び交う妖精が作り出す光が ぱちぱちと淡く瞬いていた。その光景は例えようも無い程美しく壮観で、ライムは思わず感嘆のため息を漏らした。

「綺麗……」

今日の大広間は人が多い。休暇中はバラバラに集まっていた生徒達もクリスマスのご馳走という魅力には抗えないのか、早くから席に着いて思う存分食べている。端の方に座る見慣れた横顔を見付けてライムはそちらへ足を向けた。

「メリークリスマス」

開口一番にそう挨拶すると、リドルの秀麗な顔が少し歪んだ。

「メリークリスマス、ライム」

周囲に人がいる以上リドルは愛想良く返さざるを得ない。幾分固い笑顔を向けるリドルの横に座って、ライムは近くにあった水差しを引き寄せると、コップに水を注いだ。

「随分楽しそうだね」
「リドルはいつもより気分が悪そうね。クリスマスだから?」
「君、わかっていて聞いているだろう」
「さあ?」

山盛りのローストポテトやマッシュポテト。チポラータ・ソーセージ、こんがり焼けた七面鳥。クリスマスプディングこそ無いものの、テーブルの上に並ぶご馳走は朝から食べるには少し重いメニューばかりだ。こちらの食事に慣れているとは言え、日本人のライムには中々ハードルが高い。なるべく胃に優しそうなメニューを選んで皿に盛り付けながら、リドルに声を掛ける。

「プレゼント、リドルなら沢山貰ったでしょう?」
「まあね。まさか君から貰えるとは思わなかったけど」
「普段のお礼よ。何だかんだで御世話になってるしね。それ位の常識は持っているつもりだけど?」
「それは失礼。プレゼントありがとう、ライム。実用的で気に入ったよ」
「こちらこそありがとう、リドル。中々面白そうな本だったから読むのが楽しみよ」

 一緒に食事をしていて気付いたのだが、リドルはあまり量を食べない。ライムも朝はそんなに食べない方なのだが、食べる量は大して変わらない気がする。だから男性にしては華奢なのか。そもそもリドルは食べる事にあまり興味が無さそうだよなぁ…などと思いながら、ライムはかぼちゃジュースで最後の一口を胃に流し込んだ。

「もう行くの?」
「うん。朝からそんなに食べられないしね。図書館に行くわ」
「へえ……意外だね。ここでクリスマスを堪能しなくて良いのかい?」
「プレゼントとご馳走で十分よ。それより今は本を読みたい気分なの」
「こういうイベント事は好きそうなのに」
「日本だと、クリスマスよりお正月の方が重要なんだよね。クリスマスはプレゼントを貰える子どもか、カップルのイベント、ってイメージが強くて」
「ふうん……こことはまた違うんだね」
「そ。だから私、そろそろ行くわね」
「待って」

呼び止められて振り返る。どうしたのかと首を傾げていると、リドルは荷物を纏めて立ち上がり、ライムの方へと近づいてきた。

「僕も行くよ」
「部屋に籠るんじゃあ無いの?」
「プレゼントの山を見ると気分が悪くなる」
「貴方のファンが聞いたら泣くわね」
「聞かせるようなヘマをすると思う?」
「いいえ。だから憎たらしいのよ」


****


ホグワーツの図書館は広い上に複雑だ。それは通い慣れていても時折道に迷う程で、当ても無く一人で歩いていたら直ぐに道を見失うだろう。まあ、リドルならそんなヘマはしないのだろうけど。
ずらりと並ぶ本の背表紙に目を走らせて、気になったものを抜き出し捲る。それを何度か繰り返したところで、珍しくライムの後ろをついて来ていたリドルが口を挟んだ。

「それで、今日は何の本を探しているんだい?」
「闇の魔術に対する防衛術に関係する本よ。折角こうして人目を気にせず過ごせる自由な時間があるんだから、自習しようと思って」
「へえ……ちょっと見せてご覧」
「あっ、ちょっと!」

そう言うとリドルはライムの手からサッと本を掠め取り、開いてあったページに目を走らせて小さく鼻を鳴らして読み上げた。

「『妨害の呪い』か。成る程、いい呪文だ」

わざとらしい言い方。それはどこか馬鹿にした響きだった。ライムの眉間に皺が寄る。

「もう、返してよ!貴方にとってはそんな呪文を覚えるのは簡単なんでしょうけど、私は練習が必要なの。邪魔しに来たのなら帰って」

突き放すようにそう告げて、リドルから顔を背けて取り戻した本を捲る。悪びれた様子も無くぱちぱちと瞬くと、リドルは首を傾げた。

「随分と熱心じゃないか」
「必要に迫られているから熱心なだけよ。誰かさんのせいで」
「それは大変だね。手伝おうか?」
「白々しいわね。結構よ」

ツンと顔を背けるライムが可笑しいのか、リドルはやけに機嫌よくクツクツと笑っている。これなら図書館に行くなんて言わずにこっそり一人で来ればよかったかもしれない、とライムは思ったが今更どうにもならなかった。そんな気持ちを知ってか知らずか、リドルは棚から一冊の本を手に取りパラリと捲る。

「これなんてどうだい?『変幻自在術』……練習のしがいがありそうだ」
「冗談よね?それ、確かNEWT(いもり)試験レベルじゃない」
「君なら出来るだろう?」
「馬鹿言わないで。そう簡単には出来ないし、今は必要無い魔法よ」

ぴしゃりと跳ね除けると、何が可笑しいのかリドルはクツクツと喉を鳴らして余計に笑う。先ほどまではあんなに機嫌が悪そうだったのに、一体何が面白いのだろう。

「何がそんなに可笑しいの?」
「本当、ライムと話していると退屈しないな、と思ってね」
「……馬鹿にしているのね」
「まさか。純粋に褒めているんだよ」
「どうだか」
「疑い深いね。そんなに警戒しなくてもいいと思うけれど」
「貴方の本性を少しでも知って、警戒しない愚か者がいたら見てみたいものだわ」
「賢明な判断だ」

グダグダと会話を続けながらも何冊か目星を付けていつもの机に向かい合って座る。メモ帳代わりの羊皮紙と羽ペンを広げてしばらくの間二人は静かに読書をしていたが、その静かな空気はリドルの一言によって中断する。

「場所を変えよう」

リドルは突然そう言うと、スッと立ち上がった。首を傾げるライムに荷物をまとめるよう促すと、自身も杖を振るって広げた羊皮紙を一纏めにした。

「場所を変える、って……どこに行くの?」
「前に、君と会った場所」
「もしかして……必要の部屋?」
「君はそう呼ぶのかい?」
「あー、うん。その時要るものが手に入るから、なんとなく」
「中々いい呼び名かもね」
「まさか、そこで練習するの?」
「察しがいいね。説明する手間が省けて助かるよ」

どんどん話を進めるリドルに、口を挟む余地は無かった。


****


広く天井の高い部屋。奥にある本棚には呪文学や闇の魔術に対する防衛術に関連する書籍がズラリと並ぶ。部屋の隅には練習用のクッションが山積みになっており、横のガラス棚には何に使うのかよくわからない道具が溢れている。これがリドルが考えた『魔法の練習をするための部屋』だ。二人で使うには十分すぎる程、広い。

先に一通り見本を見せてから、リドルは口を開いた。

「理論も大事だが、実践も大事だ。知識が無ければ何も出来無いが知識だけでは役に立たない。要するにバランスが大事なんだよ」

すらすらと淀みなく説明は続く。ライムと同学年だというのに、リドルは魔法に関する驚くほどの知識を有していた。こうして人に教えることが出来るのは、既にその魔法について深く理解しているからだ。ホグワーツ始まって以来の秀才は伊達じゃない。
息継ぎの合間に、リドルは杖をほっそりと伸びた白い指でなぞった。

「ポイントは発音、杖の動き、集中力。呪文の威力は理論を理解した上で適切な量の魔力を込める事で上がる。……そこまではわかるね?」
「ええ」
「ライムの場合は理解と杖の動きに関しては特に問題が無い。あえて直す所を挙げるとすれば、発音がネックだね」
「……やっぱり」
「ネイティブじゃあ無いんだから当然さ。発音も日常会話を聴く限りでは特に問題無いんだから、単に慣れだろう」
「はぁ……まだまだだなぁ……」
「その為の練習だろう?」

ほら、杖を構えて、という言葉に押されて僅かに重くなった腕を上げる。
これはきっと明日は筋肉痛になるな、と思いつつ、ライムはゆっくりと呪文を紡いだ。


prev next

[back]