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  綺麗な薔薇には棘がある


リドルは自らが他者に与える影響を正確に理解していた。
この笑みが女性に絶大なる効果を発揮する事も。だがリドルにおいてナルシストや自意識過剰という言葉は当て嵌まらない。誰もが認めざるを得ない程、トム・マールヴォロ・リドルは容姿・頭脳・処世術、あらゆる面において秀でていた。


朝の大広間は何時にも増して騒々しい。
寮ごとに分かれた4つのテーブルには数え切れないほどの料理が並び、皆思い思いに皿に取り分け口にする。食器の触れ合う音と喋り声とが交じり合う、雑音に満ちた空間。一日中一緒にいる癖に毎日毎日よく厭きもせず話し続けるな、と思いながらリドルは淡々と食事を続ける。食べるという行為自体に興味は無い。最低限の栄養さえ取れればそれで良く、不味い物を口にする気は無いが食事を楽しむという考えは理解できない。

周囲の話し声も、興味が無いリドルにとっては意味を為さないさざめきに過ぎない。耳を通り抜けていくだけのそれは酷くつまらないもので、人の輪の中心にいながらリドルは独りだった。無論、リドルは他者と群れる事を望んではいなかったし、むしろそういった事を酷く嫌悪していたが。

「ねぇ、聞いた?あの編入生の事」

ざわめきの中に時折混じる名前がある。

"ライム・モモカワ"

数週間前に突然このホグワーツへとやって来た編入生の少女。
代わり映えしない毎日に投じられた一石。ホグワーツには毎年新入生が入ってくるが、他の学年に新しく生徒が入る事は無い。全寮制であるから基本的に家族の転居に左右はされないし、学校ごとに教える内容も大きく異なるため途中からの編入はリスクが高い。実際、リドルがざっと文献を調べてみても、ここ二百年程は編入生がいたという記録は見られ無かった。
そんな状況で編入してきたのだ。それも、OWL試験のある5年生に。ならば注目されるのは当然だろう。その為彼女と直接の接点を持たない者も、その動向には密かに注目している。

ディペット校長から編入生の面倒を見るようにと言われた時 リドルは正直面倒だなと思った。今年はOWL試験が控えているし、監督生はただでさえ忙しい。秘密の部屋の探索も遅々として進まない状況下で寮の違う編入生の面倒を見るなど。しかしそんな本心を面に出すような愚かな真似はしない。面倒を見るといってもせいぜいここでの生活に馴染むまでの数ヶ月だろうし、その間に有益な情報を少しでも得られたら儲けモノ。頼まれたことを完璧にこなすだけだ。

「トムはどう思う?」

唐突に話を振られて リドルは手元の皿に落としていた視線を上げた。周りの生徒は皆リドルの答えを待ち、期待や好奇心に満ちた目で見つめていた。

こうしてリドルの傍に人が集まって話しをする時、決まって誰かがリドルの意見を仰ぐ。するとそれまで思い思いに言いたい事を口にしていた者達も、不思議と静かになってリドルの考えを待つのだ。
特に権威を振り翳した訳でも無いのに、誰がその場の支配者かを本能的に理解しているのだろうか。…面白い生き物だな、と人の好い笑顔の裏で考えて、リドルはゆっくりとその口を開いた。

「……そうだね、噂に違わず優秀なんじゃないかな。なかなか」
「へぇ、トムがそう言うなんて意外だな」
「僕も、そんなによくは知らないけどね。軽く話してみただけでも飲み込みが良いし理解も早いと感じたよ。あれならきっと、試験の成績もいいだろうね」
「でも、トムには敵わないわ!」
「当然だろ、そんなの。入学以来トムより成績が良かった奴なんていないんだから」
「それもそうね」
「でも、編入だなんて、急な話だからびっくりしたわ」
「どうしてこんな時期に来たのかしらね」

さざ波のように広がっていく会話に適度に相槌を打ちながら、リドルはテーブルの端と端程に離れている少女を見た。東洋人特有の彫りの浅い顔に陶器のようになめらかな肌。年齢より幼く見えるけれど子どもっぽいのかと問われればそれも違う。纏う雰囲気の所為かどちらかといえば大人びている方だろう。

リドルと話す時は特に、ライムは慎重に言葉を選んでいるように思える。
初めはただ単に英語に慣れていないだけかと思ったが、日常会話は難なくこなしているからそうでもないようだ。遠慮というより怯えられているようだが、その理由がわからない。初めて会った時から一貫してリドルはライムに紳士的に接してきたし、馴れ馴れしくも素っ気無くもしていない。寮が違うから会うこと自体は少ないが、折を見て声は掛けているし、そこに不自然さは無いはずだ。それでもライムは一歩退いている。

何故だろう。少し、気になる。

「……面白い子だよ」

ぽつりとつぶやいた声に周囲がざわめく。それまで和やかだったその場の雰囲気が、一瞬にして変化した。

凪いだ湖面に投げ込んだ一石。広がる波紋はどこまで及ぶのだろうか。気まぐれにこうして切欠を作ることは珍しいのだけれど……暇つぶしくらいにはなるだろうか。

どういうこと?と問われた声には返さずに、リドルは口の端を吊り上げて悪戯っぽく笑った。


****


組み分けが無事に終わって二週間。この時代での生活にも徐々に慣れてきて、少しずつだがライムにも仲が良い友人が出来始めた。

就寝前の談話室は案外人が多いものだ。課題をする者、何もせずゆっくり寛ぐ者、友人とのおしゃべりやゲームに興じる者など様々で、ライムもそんな談話室で過ごす生徒の一人だった。そんな部屋の片隅でライムは小さなテーブルに陣取り 教科書を広げて課題をこなしていた。

どれくらい集中していただろうか。微かに名前を呼ぶ声が聞こえた気がしてライムが顔を上げると、談話室の入り口の方から友人であるロゼッタが近づいて来るのが見えた。ロゼッタ・ヘイズは栗色の巻き毛に色の淡いブルーの瞳が印象的な明るい少女で、最初の授業で席が隣同士になって以来 何かと一緒にいる事が多かった。

「ライム!」

遠目で見てもロゼッタの足取りは軽く、その顔は笑顔に輝いている。何かいい事でもあったのだろうか?と思いながら、ライムは机の上に広げてあった教科書や羊皮紙をサッと片付け、近くにあった肘掛け椅子から鞄を退かした。

「こんばんは、ロゼッタ」
「こんばんは、ねぇライム、あなたいつの間にトム・リドルと仲良くなったの?」
「へっ?何の話?」

椅子に腰掛け挨拶もそこそこに口を開く。唐突に振られた話題にライムが驚き問い返すと、ロゼッタは至極楽しそうに口元を笑みの形に吊り上げた。
リドルの名前が出てくるとは予想していなかっただけにびっくりした。仲が良い?リドルと?一体どういうことだろうか。ロゼッタは何時にも増して機嫌がいい。……なんだか、嫌な予感がする。

「惚けたってダーメ。噂になっているわよ?編入生とトムが仲良さそうに歩いていた、って」
「ええっ!?何それ」
「もしかしたら付き合ってるんじゃないか、って専らの噂よ」
「誤解です」
「ええ?でも、談笑しているところをジェシカが見た、って…」
「誤解です。誤解以外の何ものでも無いです」
「あら…?でも、トムが貴女を気に入っているって話も聞いたわよ」
「何それ初耳なんだけど…!とにかく、違うわ。全部誤解よ、誤解」
「そ、そうなの?」
「そうなの。仲良いわけでは無いの。先生方がリドルに案内を頼んだだけで特別仲がいいとかそういうのでは無いの。ただの、普通の、知り合いなの!」
「わ、わかったから落ち着いて!」

身を乗り出して否定するライムを どうどう、と宥めるロゼッタ。
椅子に座りなおして改めて噂について聞きだすと、そのどれもが事実とは異なっていることがわかって、ライムは大きなため息を吐いた。こういう事態が起こることを想定していなかったわけではないが……それにしても、早い気がする。リドルとの接触は最低限に抑えてきたはずだし、周囲もリドルが私の世話係だということは知っているはずなのに。

「ごめんなさい、ライム。噂を信じていた訳じゃ無いけど、まさかそんなに嫌がるだなんて思っていなかったから…」
「……ううん。わかってくれればいいの」
「ああ、なら良かった。それにしても、貴女って変わっているわね。トム・リドルと仲良くなりたくないなんて」
「いや、仲良くなりたくない訳では無いんだけど……その……」
「ふふ、わかるわ。当ててあげる。ライムはトムの取り巻きが恐いんでしょう?あの人、人気だから」
「人気、ねぇ……」
「本人はすごくいい人なんだけどねえ……ホント、スリザリンだとは思えないわ。みんながトムみたいに親切で嫌味ったらしくなければいいのに」

スラスラと褒めるロゼッタを見ながら、ああ、本当にリドルは評判がいいんだな、とライムは思った。

それも当然かもしれない。実際に接してみてもリドルはどこまでも優しく紳士的で面倒見が良い監督生で、その態度に不審な点は見られなかった。周囲の会話の中にも時折リドルの名前が出てくるが、そのどれもが好意的なもので、悪い噂も聞こえてはこない。
リドルがスリザリン生だということもいい意味でギャップになっているのだろう。「あの意地の悪い生徒が多いスリザリンで、成績のよさを鼻にかけない優等生」は確かに魅力的だ。

この五年間に培ったトム・リドルという優等生の仮面は そう簡単に崩れるものではないのだと痛感した。

「ああでも、トムは高嶺の花ね」

そう。リドルは薔薇だ。綺麗で 香り立つ薔薇。

何処にいてもその存在感は強烈で、ハッとするほど人目を引く。作り物のように完璧な真紅の薔薇は遠目で見ている分には美しいけれど、手を伸ばせば纏う棘が肌を裂く。
血を流すまで、気付けない。そして気付いた時にはきっともう、遅いのだろう。

「……遠くで時折見るくらいが丁度いいんだよ、きっと」


棘があると知っていて触れるなんて、そんな愚かな真似はしない。


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