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01 夕暮れ時は恋色に


「今日って何の日か知ってるアルか」

いつもの公園、いつものベンチ。空を見上げばそこは真っ青で雲ひとつ無い快晴。おまけに風も吹いていなくて11月だというのにポカポカ陽気、正に秋晴れ。
そんな中私は隣でダルそうに座る男に意を決して話しかけた。
先程近くのファミレスで食事を済ませて私のおなかは至福の満腹感に包まれている。そしてこの気候であれば今は絶好の昼寝タイム。話すのも億劫で適当にダラダラしていたいというのが本音。
しかし。
今日はダメなんだ。
なぜなら今日という日は特別な日だと思う…多分。だからこの秋晴れとは裏腹にモヤモヤと私の心にグレー色の雲が立ち込める。

「今日…?そりゃぁアレだろ…文化の日。国民の祝日でさァ」

私の方を向きもせず、更には瞳を閉じたまましれっとそう返してくるこの男に私は苛立ちを感じる。
先に言っておくがこの男とはついさっき出会った、などという浅い関係ではない。…深い関係がどんなもんなのか、と言われたら困るけど。
それは置いといて。
いよいよグレーだった雲が黒く染まり始めてきた。
確かに今日は祝日、うん間違ってない。そのせいで公園もいつもより人が多くてちょっと騒がしいななんて思ってないけど。
だけど違う、そこは違うだろ!そんなに眠いのなら帰って寝てろカス!
と言いたいのを拳と共に堪えた私は偉いと思う。

「違うヨ、私の誕生日ネ」
「へー」

興味無さげな返事で話は膨らむこと無く終わった。
何故だ。普通そこは「おめでとう」とか言うもんなんじゃないだろうか。
私が何か間違っていたんだろうか。誕生日だと言うことに浮かれてしまった私が悪かったんだろうか。
日頃約束などしない奴が珍しく今日を指定してきたものだから心のどこかで期待してしまっていたのは否定できない。
だけど今日出会っての開口一番はあろうことか「腹減った、飯食おうぜ」だ。待ち合わせ場所に行ったら大きな花束が、なんてドラマ的な展開は要らないけど流石に色気も何もない。だけどまだ希望はあった。美味しいものが食べられるかもなんて僅かな期待をもって付いて行く私。が、しかし着いてみればいつものファミレス。
急に違う事されても困るけど、これが私たちらしいといえばそうなのだけど、だけど!
全くいつもと同じ。
…ちょっと寂しい。
大きな変化は要らないけど、小さなそれは欲しいと思うのは私の我が侭?
「ま、そういうコトアル」
「そうかィ、おめでとさん」
「ありがとネ。でね、夜に新八の家でパーティー開いてくれるネ。でね…お前にも来てもらいたいアル」
「…悪ィ。夜勤入ってるから」

声のトーンは変わらずにそう告げられた。もともと起伏の激しい話し方はしないから珍しい事じゃない。そしてここで駄々を捏ねても意味が無いのも分かっている。だけどそれはそれ。聞き分け良く理解したい頭とは別に気持ちは一気に急降下。
困らせるつもりなんてないのに。

「そう、アルか。じゃあ仕方ないネ」

変わり無く応えた、つもりだった。だけど私のちっさな心なんて見透かされているかの様に優しく頭を撫でらる。

「ごめんな」

そしてそうポツリと言う。
なんかズルい。さっきまでの誕生日って何ソレ的な態度は何処へいった。
ゆっくり何度も往復するその手に甘えたくなるし、胸が熱くなるしでどうしようも無いんだけど。これじゃ飴と鞭もいいところだ。
思いもよらぬ反則技により急降下した筈の気持ちがふわふわ浮かんできた様子。…所詮私のちっさな心の中身は単純なそれだったということ。

「き、気にすること無いアル!お前が悪いんじゃないしッ!そ、それより!」

未だ乗っかっている手を振り落とすように頭をぶんぶんと振った。ついでに私の邪な気持ちも振り落としてしまえ。甘えたいとか無いし!
また見透かされているのではと奴の方を恐る恐る伺うとびっくりした顔で静止状態だった。そして私の視線に気づくと、ムスっと不貞腐れ顔に変わる。

「…なんでィ、大人しく甘えていれば可愛いのに」

ちょっと不満そうに言って、ぐいっと肩が引き寄せられた。そしてもたれ掛かってくる頭がコツンとぶつかるとサラリと髪の毛が頬を掠めて擽ったい。陽に透かされてキラキラ輝く栗色に眼を奪われ、いつしか胸の熱は全身に行き渡っていた。バレませんように、なんて思っても触れ合っている面積が広すぎてきっとダメだ。
恥ずかしくて言葉が出ない私はそのまま動く事も出来なかった。

****
「しかしアレだな、もし俺が行くっつったらどうしたんでさ。皆ビックリするだろ。バレるのイヤだったんじゃねーの?」
「そこはアレヨ、ゴリとかマヨラーとかも呼ぶネ。そしたらお前でも溶け込めるアル」

私たちがこうやって会っているのは銀ちゃんも新八も知らなかった。…アネゴにはその間もなくに打ち明けた。いろいろ女同士相談したいこともあるのだ。

「急だし、テキトー過ぎるだろィ」
「サプライズアル」
「なんで祝う俺たちがサプライズされなきゃいけねーんだ。普通逆だろ逆」
「そうなんだけどネ」

ふたりの関係を銀ちゃん達には知られたくなかった。
だから変に勘繰り入れられるのは嫌だったので昼間会うようにして、ちゃんとご飯の時間までには帰るようにしていた。だけど…こう言っちゃアレだけど、めちゃめちゃ恥ずかしいけど。たまには…帰りたくないなんて思う時があるわけで。あ、決してイヤラシイ意味とかじゃなく!ただ純粋に!恋する乙女として!
銀ちゃんに正直に打ち明ければその辺の問題は解決できたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。コイツは隠さないでいいじゃんなんて軽く言うけど、だけどやっぱり私はまだ言いたくなかった。なんでと言われたら難しい。なんとなく、としか。思春期女の女子は難しいのだ。
だから特別な日、今日くらいは皆と一緒で良いから夜まで過ごしてみたかった。
…というのが本音。
やっぱイヤラシイんだろうか。
確かに深くは考えていなかった。どうせ男共は気付かないからくらいにしか。まぁそれも叶わぬ事になってしまったけど。もうちょい真面目に計画すれば良かったかな。なんて本気で後悔している私は…やっぱりやっぱりイヤラシイんだろうか。

「あ、そうだチャイナ」

そう言うと何かを思い出したかのようにゴソゴソと懐から何かを取り出し私の手のひらに乗せた。
その大きさ、形、手に馴染むこの感じ。
間違いない。

「何コレ」
「見て分かるだろィ、プレゼント」

私の手のひらに小さく収まる赤い箱は紛れもなく酢昆布のそれ。

「酢昆布にしか見えないアル。とりあえず持ってたものをくれてやったみたいなのがミエミエアル」
「そりゃ知らなかったからな。つか酢昆布好きじゃん?お前」
「…1個じゃ足りないネ」
「何個ならいいんだよ」
「…1年分くらい」
「1年分て何個だよ。俺にはそれが1年分でさァ」
「うーん…とりあえず段ボールいっぱいは必要アル。これじゃ半日も―」
「いらねーならいいんだぜィ。俺が喰うし」
「ダメっ!」

取り上げられそうになった箱を慌てて握りしめる。そのおかげで箱は無惨にも潰れてしまった。それはもうぐしゃっと豪快に。

「あーあ、潰してやんの。ひっでぇな」
「お前が食べようとしたからネ」
「文句ばっか言うからだろィ」
「…酢昆布なんて色気無いアル」

そうそれ。何酢昆布って。持ち合わせにしたって誕生日なんだからもうちょっと考えてもらってもいいはず。例えば今から酢昆布一年分買いに行くとか!あ、違った。なんかオサレな髪留め買いに行くとか!もうちょっと女の子したい。

「…ふーん色気」
「そうヨ!私だって一応女の子アル。高そうなチョコとかクッキーとか!ケーキも捨てがたいネ。5ホールくらい一気喰いしてみた―」
「ふーん。つか文句は大人しく酢昆布喰ってから言いやがれ。んじゃぁコレはいらねぇっつーことで」

そういっておもむろに再びゴソゴソしたかと思うと今度は羽織の内側から何やら赤い紙袋が出てきた。おまえのそれはマジシャンかよ、などと心の中で突っ込んでは見るものの、リボンまで掛かっていて綺麗にラッピングされてるそれに期待でドキドキしてしまっているのは否定できない。

「な、なにアル?」
「欲しい?」

わざとらしいと思いつつもそう聞いてしまった私に奴はニヤリと腹立つ顔で答えた。落として上げる、今日全部コイツのペースに乗せられっぱなしなのは分ってる、分ってるけど!
「…もらえる物はもらうのが私のモットーネ」
「ほらよ」

その言葉と同時に無造作に紙袋を投げてよこしてくる。それを慌てて、しかし落とさないように、潰さないように細心の注意を持ってキャッチした。
その大きさからしてみたら意外と軽い紙袋。

「開けてみても良いアル?」
「好きにすれば」

素っ気無い返事が気になるが、とりあえずリボンを解いた。さっきから胸のドキドキが止まらない、なんて乙女チックなんだろうと思うが仕方ない。丁寧に留められているテープをとり、包装紙を剥がして見えてきたものは真っ白なマフラーだった。柔らかい太目の毛糸でざっくり編まれていて手にとって触っているだけでもあったかい。

「ふぉっ!もこもこネ」
「…貸してみ?」

そういうと私の手からマフラーを取りふわっと首に巻いてくれた。その手つきがぎこちなくてよく見れば顔もほんのり赤いような気がする。
もしかしてさっきの素っ気無い返事も照れ隠しなだけだったりするんだろうか。そう思うとなんだか可愛く思えてしまって顔が緩んでしまう。

「何笑ってんだよ」
「誕生日、知らないって言ってたクセに」
「…サプライズでィ」
「ありがとネ」
「ゲンキンな奴…酢昆布やったときの態度とえらい違くねぇ?」
「それは…ネ」
「つーかチョコとかクッキーとかケーキって結局食いもんじゃねぇか。色気無いのはどっちだっつーの」
「お、終わったことはもういいネ!大体お前が!飴と鞭みたいなことするからイケナイネッッ!」
「そりゃそうだろ。普通に渡しても面白くねぇしな」
「…ドSヤロー」
「今更言われてもなァ」
「…でも、顔赤いアルヨ」

いつもの調子に戻ってやっと胸のドキドキも収まってきた。
と思ったのも束の間。

「てめえはさっきから一言多いんだよ」
「…なッ―」

マフラーの端っこを軽く引っ張られて縮まる距離にまた心臓がドキっと鳴った。

「大人しくしてろっつーの」

大きな両手で顔を包まれてコツンと額同士がぶつかりあう。こんな場所で恥ずかしいなんて思う間も無くそのまま少し角度を変えて重なり合った唇はちょっと冷たくてカサカサしていた。

「誕生日おめでとう」
「…ズルいネ」
「どういたしまして」

いや褒めてないから!と言いたかったのに再び唇が重なってそれは叶わなかった。胸のドキドキがさらに加速して収まりそうにない。
今日はきっとそういう日なんだ。そう観念して瞳を閉じた。

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