hp長編「牙の預言者」三番目 | ナノ


▼ ☆1-4


牙の預言者
1.真夏の凶報 4


 少しの沈黙があった。アルノーは、立ち上がって、彼を案ずるように顔を覗き込み、声をかける。

「リーマス……大丈夫……?」
「あ、ああ、大丈夫だ……すまないね、アルノー」

 親友だった人々を失ったリーマスの胸は、きっと悲しみの嵐が吹き荒れているのだろう。静かに、アルノーはリーマスの隣に座った。ベッドのスプリングが軽く軋む。

「ピーターを粉々にして、そしてマグルを十数人も巻き込んで、殺した。シリウスはその場に駆けつけた魔法使いたちによって取り押さえられた。抵抗はしなかったらしい……その場で、ただ高笑いをしていたそうだ……恐らく自分の主人が、ヴォルデモートが失脚したのを知ったからだろうと言われているが――真相は分からないまま、奴はアズカバンに繋がれた……その筈だった」

 リーマスの瞳には、炎のようなきらめきが浮かんでいるように見えた。

「奴はどうやって……いや、どんな魔法を使って脱獄したのかよりも、その目的が、問題になるかもしれない」
「脱獄の目的が?」

 そこまで話を聞いて、アルノーは「まさか」と声を放った。頭に浮かんだのは、額に雷の形の傷がある少年のことだった。
 アルノーは、シリウス・ブラックの脱獄の目的を、大よそであるが予想した。それは、アルノーの親友であり、寮ではかけがえのない家族のような……唯一無二の存在である少年のことだった。

「ま、まさかだけど、ハリーを狙ってる?」

 そう声を放ったアルノーは、慌ててリーマスの顔を覗き見た。

「ブラックは、闇の魔法使いだったんだろう?それなら、自分の主人を消し去ったハリーを憎んでいるんじゃ……」

 ベッドの上、アルノーの右隣に座っているリーマスは、少し間を持って、答える。

「ダンブルドアもそうお考えでいらっしゃる」
「ダンブルドアが?言っていたの?」

 ああ、と「Yes」を唱えたリーマスは、アルノーに静かに言う。

「実は――ダンブルドアから、私のところに誘いがあったんだ。ホグワーツで、『闇の魔術に対する防衛術』の教師として、教鞭を取らないかと」

 その言葉を聞いて、アルノーの心は春のようなあたたかな風が吹いたような気がした。気分が一気に上向く。

「それは良案だよ! ハリーは夏休みが明けたら、ホグワーツに戻るんだ。そこでリーマスが、ハリーのお父さんと友人だったあなたが先生をして、ハリーを護るんだ……これ以上ない、心強いことだよ」
「私もね、その気持ちは強い……何より、君の身も護らねばならないから」

 アルノーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

「僕を?」

 まさか自分を守るなんて言葉が出てくるとは思わず、アルノーは思わず聞き返してしまう。リーマスは、もう一度「ああ」と答える。

「君は、ポラリスの息子だ。若かりし頃、シリウスは、ポラリスとは犬猿の仲だった。互いに互いを憎みあう学生時代だったのを、私は間近で見ていた。だから、君の存在を知ったら……奴もどう出るか……」
「憎しみの対象がポラリスだけじゃないっていうなら、ベガ母さんも危ないよな……すっかり忘れてたよ……」

 アルノーはがっかりしながらそう告げた。まさか、ヴォルデモートに狙われるどころか、その部下でありハリーの父母を裏切ったシリウス・ブラックとも犬猿の仲だったなんて。生前のポラリスには敵が多かったのだと知って、アルノーはあまりにも大きなショックを受けていた。
 リーマスはそんなアルノーを励ますように、明るげに声を放った。

「その為に、私がここに遣わされた。周囲にブラックの影がないか、実は数日間見ていたんだ。けれど、その気配はなかった。きっと、君たち母子は、今はブラックの知るところではないのだろうと思う。それと同時に、確信したよ……あいつはの狙いは、ハリーなのだろうと……」

 本当に?――そう問いかけると、リーマスは「きっとそうだろう」とすぐさま答える。

「この夏のことなんだが、なるべくアルノーたちは外出は控えるべきだ。目立たずに普段どおり過ごすだけなら、この家はしっかりと君たちを隠してくれるはずだからね」
「うん……」

 それは、恐らく、アルノーと母ベガが湖水地方に旅行に行けなくなる、という意味だとも思っていた。アルノーは再び、がっかりした気分になってしまう。

「旅行にいけなくて残念かい?」
「そりゃあさ、残念だけど……母さんを守るためなら止むを得ないと思う。いいよ、そうする」

 アルノーは無理やりに笑って見せたが、リーマスの表情も浮かない様子だったので、恐らく上手く自分は笑えていないのだろうと、そう思った。
 けれど、それよりも何よりも、アルノーには気になることがあった。ハリーと自分のことだった。

「でも……ハリーはどう思うかな……ブラックの縁者が身近にいるんだ……」

 不安げに、というよりは完全に完璧に不安まみれだった。自分はブラックの家系で、ポラリスはシリウスの従兄妹で、そしてシリウスはハリーの父と母をヴォルデモートに売り払った。だから、アルノーはハリーから嫌われてしまうのではないかと思った。
 リーマスはいかにも不安に満ちているアルノーに、優しく提案する――。

「そのことだけどね、黙っておいた方が良いだろう。先ず、ハリーは、シリウス・ブラックが自分の親の仇だとは知らされていないはずだ。もし知ってしまったら、ハリーはきっと、仇討ちを考えてしまう。だから、君も、ブラックの縁者だということはなるべく伏せた方が良い」
「ハリーは勇敢だよ。それは僕が一番よく知ってる。それがアダになるっていうなら……分かったよ、内緒にする」

 アルノーはリーマスの提案を呑んだ。黙っていれば、まさか自分がブラックの縁者だとは知られないだろうと思って。アルノーが小さく頷くと、リーマスも満足げに微笑む。

「魔法省には、ブラック家の一員だったベガ・ヘイデンの子供として、マークされることもあるかもしれないが……大人しくしてさえいれば、君も、君のお母さんも、大丈夫だろう。ついでに、私がハリーの父親と親しかったことも伏せておいてくれるとありがたい」
「うん……ハリーには悪いけどね……」
「悪いと思うことはないさ。ハリーを守るためなら、全ては必要で必然だった。それだけだ」
「う、うん」

 それは必要なこと。そう告げるリーマスに迫られるような気がして、アルノーはついどもりながら答えてしまう。

「でも――そうだな――私たちは、ハリーを守るための同盟だ。秘密の同盟というのも、なかなか悪くないね」

 リーマスが微笑みながら、二人は内緒の同盟なのだと、わくわくした声色で告げる。だから、思わずアルノーも微笑んでしまう。ハリーには内緒だけれど、秘密の同盟を組んで彼を守っている――そのことが、不謹慎ながらも、アルノーの胸をわくわくと弾ませるのだった。


- - - - - - - -
2015/03/13
- - - - - - - -

prev / next

[ back to menu ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -