hp長編「牙の預言者」三番目 | ナノ


▼ ☆9-4


牙の預言者
9.落つ星 4


 そこらじゅうの窓に張り巡らされたガラスをたたき割らんとするような勢いで、雨が降っている。バチバチと打ち付ける激しい雨を降らす空には、厚く暗い色をした雲が広がるのみ。その室内には明かりが灯っていないせいもあってか殆ど真っ暗で、時刻も定かではない。
 けれど、長く寝ていた感覚だけは確かにあった。それに、ここが医務室だという確信はあった。アルノーのよく利く鼻には、相変わらずツンと刺すような薬品の臭いが、押し寄せていた。
 アルノーは目を覚ましてすぐ、体を起こした。
 それもこれも、ハリーがこのままでは死んでしまうと思ったからだ。ただ単に『夢見が悪い』というだけの話ではない。きっと、何度も繰り返し見るということは、今回も確実に予知夢なのだろう。その確信が――今やっと持てた。
 胃の中は、まるでひっくり返されたように気持ちが悪かったし、体は汗でじっとりと濡れていた。体には鉛をぐるりと巻きつけたような、そんな重たさもある。けれど、アルノーは行かねばならないと思った。ハリーに、危ないから気を付けるんだと、せめて一言だけでも伝えなければと思っていた。使命のように感じていた。
 重たい体を引きずって、いつの間にかパジャマ姿になっていたアルノーは、医務室の外に出る。その部屋を出る間際、壁掛け時計が長針と短針を『六時』の位置に置いていた。夕方の六時なのか、それとも朝の六時なのか、それは分からない。けれど、恐らくしんと静まっている周囲の気配から察するに、朝の六時なのかもしれない。
 クィディッチの試合はまだ始まっていないとするならば、今が朝の六時ならば、きっとハリーは今頃夢の中にいるだろう。寮に向かおうと、グリフィンドール塔のある方向に向かう廊下を進もうとしたアルノーの視界の先に、一人の人物を見付けた。

「おぉ……こんなに朝早くに、どうかしたかの?」
「ダンブルドア、校長先生」

 アルノーは思ってもみなかった人との遭遇で、目を大きく見開いていた。素早く目を瞬かせる間に、ダンブルドア先生はアルノーの目の前までやってきた。思わず壁伝いにずるりと崩れ落ちたアルノーに、「ベッドを抜けだしたのか」と、悠々と語る。まるで、何もかも承知だといったように。

「先生……ハリー、が、落ちるんです……試合で、ハリーが、グラウンドに、落ちて……」
「おお、まだ試合は始まっておらんが、きみは――何かを“視た”のだね?」

 アルノーはすぐに、全力を振り絞って大きく「はい!」と返事をした。

「しかし、ハリーに危険が迫ったとて、きみの夢の話だけで試合を中断させることは、わしにも出来ないじゃろう。だが、わしは彼を守ろう。これだけは、約束しよう」

 ダンブルドア先生のその言葉で、アルノーは安心した。きっと、ダンブルドア先生ならハリーを助けてくれる。それだけの安心感を、ダンブルドア先生の言葉の隅々に感じていた。
 アルノーはそのままゆっくりと、意識を手放した。泥のような澱みの中に、アルノーの意識は沈んでいく。体も、冷たい床の上に投げ出して……。

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「まったく! ベッドを抜けだすなんて、ありえないことです!」

 次に目を覚ました時、ベッドに寄り添いながら、マダム・ポンフリーはかんかんになりながらそう言った。グラウンドではすでにクィディッチの試合が開始される時刻になっていた。アルノーはハリーがいつ落下するのか、箒が粉々になるのか、恐れていた。けれど、意識を失う前のダンブルドアが、アルノーに対して「ハリーを守ると約束しよう」と告げてくれた。それが唯一の希望だったし、頼みの綱でもあった。
 朝食を小一時間以上かけて胃袋に押し込んだ。食器を片づけに向かったマダムを見送り、アルノーが、ベッドの中でぼんやりしながら窓の外を眺めていると、バタバタと医務室に駆け込んでくる音が聞こえた。複数の足音がした。その足音は、もれなくビシャビシャした水跳ねの音を響かせていた。
 アルノーの耳に、「急患です! ポピー!」という、マクゴナガルの声が聞こえて来た。
 マクゴナガルの悲鳴のような叫びに、アルノーは体を揺らした。次の瞬間、ベッドから飛び出していた。医務室の真ん中に、担架に乗せられた人物が担ぎ込まれた。先生方や、ハーマイオニー、ウィーズリー家の末の妹のジニーが、ずぶ濡れのまま、その担架に寄り添っている。アルノーは、宙に浮かんだ担架の上に横たわった人物を見て、真っ青になった。

「ハリー!?」

 アルノーが真っ青になって冷たくなっているハリーの方へ、よろめきながらも駆け寄ると、「アルノー」とハーマイオニーが悲し気に自分の名前を呼んだのが聞こえたが、アルノーは彼女の声にも応じられなかった。
 アルノーはハリーの頬に触れた。冷たい。真っ青な色をしている。冷たすぎる、頬をしている。

「ま、まさか、ハリーは、一体……どうして!」
「落ち着いて、ねぇ、アルノー」
「落ち着いて? いられるわけないじゃないか……!」

 アルノーは、自分を落ち着かせようとしているジニーに噛み付くように言った。
 この世で一番情けない顔をしていると分かっている。けれど、目の前のハリーは、真っ赤なグリフィンドールのクィディッチ・ユニフォームに身を包んで、そしてそれとは対照的に真っ青な顔をして、ぐったりしていて、アルノーの声にも応じない。アルノーの目からは、いつしか、ぼろぼろと涙が零れる。

「し、死んでしまったなんて!」
「落ち着きなさい! 死んでないったら!」

 ずぶ濡れになっているハーマイオニーが、ピシャンと、アルノーに、叱るように叫ぶ。

「そうですよ、ミスター・ヘイデン。ポッターは気を失っているだけです。そして尋ねますが、ポピーはどこに?」
「え……さ、さっき、部屋を出て行って――」

 へなへなと座り込んだアルノーは、「よかった」と情けないくしゃくしゃ顔を地面に向けて、まだ情けない涙を落としていた。
 そこに、マダム・ポンフリーとダンブルドア校長が駆け込んできた。マダムとマクゴナガル先生は、ダンブルドア校長の指示のもと、ハリーを早速介抱するべく準備を始め、アルノーはジニーとハーマイオニーに左右を支えられながらベッドに戻った。

「落ち着いた?」

 ハーマイオニーが、アルノーにくしゃくしゃのハンカチ(既に雨でぐしゃぐしゃに濡れていた)を貸しながら、言う。アルノーの背中をさすってくれていたジニーも、気遣うような視線を投げてくる。きっと、いつになく珍しく混乱している姿をさらしているせいなんだろう――とは、アルノーも重々分かっていた。
 それから、ハリーの身に、何があったのかを教えてくれた。ハリーが上空で吸魂鬼に襲われて、箒から落ちたこと。箒は『暴れ柳』の植えられている方向にすっ飛んでいったこと。そして、ハリーが落ちた、本当にその直後に、ハッフルパフのシーカーであるセドリック・ディゴリーが金のスニッチを取ったこと。ハリーを担ぎ込む間に、吸魂鬼がグラウンドに乱入して来たことを理由に試合を中止するか話し合うという流れになったこと。ロンはすっ飛んで行った箒を追いかけて、同じ寮の仲間と観戦席からすっ飛んで行ったこと。

「でも、ハリーは落ちた? けど、吸魂鬼が、ハリーを襲うなんて……そんな……ひどすぎるよ……」
「それに関しては、わしが詫びねばなるまい」

 カーテンの向こう側から、ダンブルドアが姿を現した。

「きみが夢の中で何を視たのか、わしはもう少し詳しく聞くべきじゃった」
「……また夢を見てたの?」

 アルノーは、消え入りそうな声で、ハーマイオニーの問いかけに「うん」と答えた。ダンブルドアは、また泣きそうな顔をしているアルノーによりそって、肩に手を置く。

「今朝方、アルノー、きみに廊下で出会ったときのことじゃが、わしは『ハリーが箒から落ちる』という話にしか、意識を向けていなかった。もしかすると、きみならば……もっと具体的な――たとえば、『ハリーが落ちる理由』までもを見ていたのではなかろうか?」
「みて、ました」

 ダンブルドアは深いため息をついた。

「全ては、わしの責任じゃ……ハリーにはもちろん、危険を知らせようとしてくれたアルノーにも、すまないことをした……」
「で、でも、ダンブルドア先生が、落ちるハリーに魔法をかけてくれたのよ!」

 ジニーはダンブルドアをかばうように、そう言った。ハーマイオニーも、「そう。だから、ハリーは怪我ひとつしなかった」と、注釈するようにアルノーに教えてくれる。
 アルノーは、ダンブルドアを責めてもしかたがないと思っていた。自分がしどろもどろに、『ハリーが落ちる』としか言わなかったことにも原因があると思っていた。

「ダンブルドア先生のせいじゃ、ないです。僕も、きちんと、言えてなかった。それに、何度も視ていた夢なのに、きちんと、向き合ってなかった、僕のせいだ……」
「おお、自分を責めるのだけはなしじゃよ、アルノー。こういうことは、責任を取るべき大人に任せることじゃ……きみが背負うには、まだ早く、重たすぎる。……それに、今はハリーの命があることを、先ず喜ぶべきなのかもしれん……」

 ダンブルドアは、「大人の責任として、吸魂鬼たちと話す必要がある」と言って、その場を立った。ハーマイオニーとジニーにも、「友人たちをくれぐれも大事にしてやっておくれ」とも、優しく声をかけていた。きっと、二人の女子に対して、アルノーとハリーを気遣うように――というメッセージだったのだろう。
 アルノーは、誰を恨んでも恨み切れない思いでいたが、ハーマイオニーとジニーが「生きてるんだから、大丈夫」と言ってくれた。その言葉は、不思議とアルノーの胸に落ち着きを呼び込み、冷静さを与えようとしていた。


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2016/10/29
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