P4長編「HeartThrobs」 | ナノ


▼ ☆11-1


Heart Throbs
11.弾むこころ 1


 朝起きると、莉里の携帯端末に一通のメールが届いていた。
 岳羽ゆかり――という名前を見て、莉里は一瞬で目が覚めたような気分になる。寝癖のついた頭を軽く手で整えようとしながらも、急ぎ足でメールを開いた。

『元気してる? 最近アルバイトのタレント業が凄く忙しいんだ……おかげで進学先の単位落としそうっていうのは、全然笑えないよね』

 タレント業。その言葉に聞き覚えがあったようなないような。確か、いつだったか会話の中で、ゆかりは言っていた――辰巳ポートアイランドに来ていたタレント事務所の人からスカウトされたんだけど、戦隊モノに出ないかって――と。その話が決まって、この春からテレビに出るとは引っ越す前に聞いていた気がしていたが、莉里も稲羽市に来る準備をしていたのでどたばたの最中ですっかり忘れていた。
 戦隊モノの何の役だったか、莉里は思い出そうとするが、それはメールの続きに答えが書いてあった。

『それで、私が出てる“不死鳥戦隊・フェザーマン・ヴィクトリー”、見てくれてる? フェザーピンクの役はアクションが多いんだけど、なんとか体当たりで頑張ってるよ。撮影現場も雰囲気よくて、みんな優しいから頑張れるっていうのもあるんだけどね』

 子供に人気のあるという、特撮ヒーローモノのフェザーマン・シリーズだ。莉里は女子であることから小さい頃から特撮にはてんで御縁が無いのだが、名前くらいは聞いたことがあり知っている。視聴出来ていないのは残念極まりなかったが、タルタロスというシャドウの巣窟で共に戦った仲間であるのが岳羽ゆかり――なのだから、きっと上手くアクションもこなせているのだろうと思う。莉里は、彼女の頑張りを思って、静かな微笑みを自然と浮かべていた。
 優しい気持ちでやさしい表情を浮かべながら、莉里はメールの続きを目で追う。

『夏休みには撮影も頑張りたいって思ってるんだ。でも、休みもちゃんと貰うつもり。莉里は夏休みはどうするの? 気が早いって言ったら早すぎるけど、また皆で会いたいよね。予定が決まったらゼッタイ連絡してよね!』

 ゆかりからのメールはそこで終わっていた。莉里の表情は途端に難しい顔になった。
 夏休みは、祖母の面倒をつきっきりで看てやりたいと思う。しかし、この地に残りたい気持ちが生じているのは、その理由だけではない。この八十稲羽の地の未解決事件も、その頃までには片付いているといいのだが、不透明だ。まだまだ予定は決められないなあと思いながら、莉里は学校に行く準備を始める。
 そうして準備をして学校に行くが、つつがなく土曜日の午前は終了した。午前で終わった授業のあと、莉里は病院に行く仕度をして教室を出る。今日は部活も何も無い放課後だったので、下校しようと速足で進む。
 しかし、そこで一人の女子……海老原あい――莉里と一緒にバスケ部のマネージャーをしている女子だが――彼女に見つかってしまった。
 莉里とあいの二人は、学校の校門前で立ち話をする。

「ねぇ、莉里さぁ、明日空いてるでしょ?」
「んー、午後なら空いてる」
「あー、そっか、お祖母さん入院してるんだっけ? お見舞い?」
「うん、そう……って知ってたんだ?」
「狭い田舎で隠し事なんて、そもそもムリじゃん?」

 あいは何かを考えるように腕を組みながら、なにやら思案するようにポーズをとった。

「まいっか、午後一時半に沖奈の駅前に集合ね」
「えっ! きゅ、急だね?」
「いいじゃん、午後は空いてるんでしょ? 買い物行こ。決定ね」

 あいはかわいくにっこり笑うと、莉里に有無を言わさぬ勢いで、都会的な街・沖奈行きを決定するのだった。

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 久々に息抜きが出来たような気がしていた。祖母の前では気丈に振舞うようにしているのだが、そのせいで張り詰めていた気持ちが、あいと一緒の買い物では解されていくような気がしていた。
 二人はショッピングの前半戦を終えると、カフェでコーヒー飲料を飲みながら先ほどまで見ていた店で見た物や買った物を振り返りながら会話を楽しんでいた。けれど、どこかもじもじした雰囲気を醸し出しているあいに向けて、莉里が様子を窺うような視線をちらと向けると、あいは「ねぇ、莉里」と話しかけてくる。

「莉里、好きな人っている?」
「へっ?」

 突然の事に莉里が驚いて変な声を出してしまうのだが、あいはそんな莉里に気にも留めずに話しかけてくる。

「前にバスケ部員の奴らが、あたしの事である事ない事噂してるの、カゲで聞いちゃったんだ……でも、その時ね、一条君が『本人が居ないからってテキトーな話すんな!』って怒ってくれてた。だから、あたし……一条君の事が……好きになっちゃった……かもしんない」
「へえ、そんなことあったんだ。一条君、男前だね――って、好き!?」

 唐突な告白に、莉里は思わず目を大きく見開いてしまう。目蓋を素早く開閉しながら、あいを焦点の定まらない目で一生懸命に見ようとする。

「やだ、そんな驚かないでよ! でもね、一条君ってホラ、一条家じゃん?」
「一条君の家がどうかした?」
「あ、そっか、莉里知らないんだ」

 一条康、彼の実家が何かある家なのか、莉里は知らなかった。だから、身を乗り出してあいに話を聞く。

「一条家っていうと、稲羽市じゃ名士の家ってコトで有名なの。すごいお屋敷があって、本家とか分家とか、そういうまどろっこしいのもある……由緒正しい家柄っていうヤツね。一条君は、その家の長男なの」
「し、知らなかった! そんなに凄い家の人だったんだ」
「だから、あたしみたいなのでいいのか不安はあるんだけど」

 あいはふうっと嘆息を吐く。莉里はそんなあいの珍しい憂い顔に、目を再び瞬かせた。
 けれど、莉里はあいが一条に似合わないなんて、そんなことはないと思う。あいは確かに素行が悪いことで先生方に目をつけられているが、それでもこうして一緒にいると会話も楽しくて、普通の今時の可愛い女子だと思わされる。

「あいちゃんが似合わないなんて、そんなことないと思うけど。あいちゃん可愛いし、話も上手だし……楽しいし」
「そ、そんなに褒めても何も出ないけど」
「あ、照れてる? かわいーい」

 莉里がえへへと笑って見せれば、あいは少し恥ずかしそうにぷいっと顔を逸らした。口をツンと尖らせるその姿すらもがかわいく思えて、莉里は余計に彼女を愛らしいと思ってしまうのだが、あいはそんな莉里に「じゃあさ」と声を放った。

「じゃあさ、手伝ってよ。あたしの恋が実らなかったら承知しないんだからね」
「う、うん、分かった。けど、具体的に何すればいいのかな?」
「んーっと……」

 恥ずかしい話ではあるのだが、莉里は恋愛には疎い。今まで恋愛のれの字も経験したことがなかったので、男子にアピールするとか、それを手伝うとか、そういったことがよく分からない。過去、月光館学園のクラスメイトの女子が回し読みしていた少女マンガを借りて読んだこともあったのだが、「へー、自分くらいの子ってこういうの好きなんだ」と思う程度で、それらに書かれた恋愛のいろはの知識が身につくことは全くなかった。
 そんな恋愛に関しては全くのど素人の莉里に、あいは言う。

「二人きりでデートするのは早すぎるでしょ。だから、先ずは距離縮めたい」
「距離かあ……」
「っていうか、噂じゃ一条君、里中のコト気になってるみたいじゃん……あの子以上のあたしの魅力って何かあると思う? 財力以外で」
「ざ、財力……んーと……千枝ちゃん? 千枝ちゃんは体が締まってる感じあるけど、あいちゃんも体のライン綺麗だよね。制服だと隠れちゃうの勿体無いくらい」
「ホント? お世辞じゃない?」
「うんうん、お世辞じゃない」

 莉里が力強く二度頷くと、あいは嬉しげに「ありがと」と、にっこり笑った。


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2016/05/09
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