P4長編「HeartThrobs」 | ナノ


▼ ☆7-2


Heart Throbs
7.休暇のち試験 2


「おー、よかった、居た居た」
「鳴上くん、こんにちは」
「里中……と、天柄?」

 錠がカチッと外される音の後、ガラッと横開きに空けられた扉の向こう。グレーの髪をした青年、悠が居た。
 彼は突然の来訪者に驚いているらしい。千枝はそんな彼に、お構い無しに言葉を掛ける。

「ね、今日ヒマなら遊び行かない? 雪子も来るし」

 そう言われて、悠は少し戸惑っていた。そんな悠の後方に、小さな少女を見つけた。莉里は、こちらの様子を窺っていた彼女に気づくと、その小さな姿に向けて、言葉をかける。

「菜々子ちゃん、おはよう。ああ……もう『こんにちは』かな?」
「う、うん。こんにちは……」

 菜々子はまごつきながらも、返事をくれた。千枝とは初めて合うので――もしかするとドキドキしちゃっているのかも、と思ったが、莉里は悠に問い掛ける。

「今日、菜々子ちゃんと二人なの?」
「ああ、そうだけど……」
「菜々子ちゃんも、一緒に行く?」
「え、えっと…」

 びっくりしているのが、菜々子の表情から見て取れる。莉里は突然の提案をしてしまったのだが、千枝は「そうだね、それがいいかも」と、すぐに満面の笑みを向けた。悠もくるりと振り向き、高校生組の様子を窺っていた菜々子に向けて声をかける。

「一緒に行こう」
「え、い、いいの?」

 一緒に行こう――と言う悠の言葉に、更にびっくりした菜々子。莉里と千枝はにっこり笑って、戸惑っている菜々子に「もちろん!」と言う。

「もっちろん! いいに決まってんじゃん!」

 千枝のその言葉が、最後の決め手となった。

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 ジュネスのフードコートにやって来ると、休日効果か人が多い。そんな中でなんとか場所をキープする。丸いテーブルを囲んで皆で腰掛けていると、やがてアルバイトの昼休憩に入った陽介(悠が「折角ならあいつも」とメールしてあげていた)、そして家の手伝いを切り上げて来た雪子がやって来る。
 皆で揃ってビフテキを注文し、陽介が菜々子の前に「ジュージュー」と鉄板で焼けるそれを置く。すると、菜々子は大きな肉を前にして「わーっ」と声を上げた。陽介は目を輝かせる菜々子に満面の笑顔で言う。

「ほーら、菜々子ちゃん、食べなー! 遠慮しないで!」
「うん、ありがとう!」
「菜々子ちゃん、はい、ナイフとフォーク」

 菜々子は千枝からナイフとフォークのセットを受け取った。目の前のお肉とフードコートのわいわいした雰囲気とを感じているのか、菜々子はとても嬉しそうに見えた。そんな菜々子に、雪子は――よく噛んでね――と、優しげな視線を向けた。

「よく噛んで食べるのよ。あんまりいいお肉じゃないから」
「それ俺の前で言う!?」
「え……これ、いいお肉なの?」

 ここ、ジュネスの店長の息子である陽介が雪子につっ込んでから、莉里がいい肉なのか問う。そして、目の前の鉄板の上で「ジュージュー」と焼けている肉を眺める。

「いや、まぁ、確かにそんなにいい肉じゃねーことは確かだ……って言わせんな! っつか、ゴールデンウィークだってのに、こんな店でじゃ菜々子ちゃん可哀想だろ」

 陽介が、菜々子を可哀想だと思いながらチラリと見る。菜々子は早速肉を切り分けようと、ナイフとフォークを使いながら悪戦苦闘していた。そんな菜々子は、陽介の視線に気付くと、彼に満面の笑みを見せる。

「ジュネス、だいすき!」
「な、菜々子ちゃん……!」

 感極まった様子で、陽介は言う。どうやら、菜々子が天使であるかのように見えているらしい。(実際に可愛いのだから、天使に間違いないけど――と、莉里は密かに思う)

「でもほんとは、どこか、りょこうに行くはずだったんだ……」
「旅行、中止になっちゃったの?」

 莉里が目を丸くして、驚いて問い掛けると、悠が――昨日の事件のせいで――と、皆に説明する。

「叔父さんは刑事なんだ。昨日、稲羽市のATMが破壊された事件のせいで、人手が足りなくなったらしくて……残念だった」
「うん、おべんとう、楽しみだった……」

 おべんとう、というフレーズに、雪子が反応する。

「お弁当、菜々子ちゃん作れるの?」

 雪子からの突然の問い掛けに、首を横に振る菜々子。その菜々子は、隣に座っている悠に視線を向けている。莉里は、以前堂島家に行って料理を作った時、悠の手際が良かった事を思い出す。莉里はへーっと感心の声をあげて、「すごいね」という。

「鳴上くん、家族のお弁当係なんだね。すごいね」
「うんうん、すごいじゃん、『お兄ちゃん』!」
「お兄……ちゃん」

 菜々子が、千枝の放った「お兄ちゃん」という言葉を、きょとんとしながら復唱する。すぐに顔を赤らめながらモジモジしてしまう菜々子の様子に、莉里はきょとんとしてしまうのだが。陽介の「へー」という声に、すぐにそちらを向いた。

「へー、お前、料理とか出来んだ。確かに、器用そうな感じあるけどさ」
「あ、あたしも何気に上手いけどね、多分」

 千枝がパッと言う。

「お弁当ぐらいなら、言ってくれれば作ってあげたのに、うん」
「いっやー……無いわ、それは」

 陽介がジトッとした視線で千枝を見て、もう一度「無いわぁ」と言えば、千枝はプライドが傷つけられたのだろう――「はぁ!?」と、大きな声を出した。

「なんでムリって決め付けんの!? んじゃあ、勝負しようじゃん」
「ムキんなる時点でバレてるっつの。てか勝負って、俺作れるなんて言ってねーよ?……あ、けど、不思議とお前には勝てそうな気がするな……」
「あはは、それ、分かる」
「ちょ、雪子!?」

 突然笑いだした雪子に「何故大爆笑!?」と、慌てる千枝。
 そんな皆を楽しく眺めながら、莉里は目の前にあったウーロン茶の入った紙コップを持ち上げ、刺してあるストローで一口、中身を含む。その時、閃いた。

「あ、それじゃあ、菜々子ちゃんが審査員で、皆でお料理対決っていうのは?」
「おっ、それいいな! 天柄も天城も参戦すんなら、俺も審査員に回りたいくらいだぜ」
「俺も腕が鳴るな」
「おい待て相棒、お前も選手に混ざるのかよ!?」

 料理対決を提案してみれば、乗っかる陽介。更に乗っかった悠に陽介は驚くも、すぐに笑って、菜々子に話しかける。

「菜々子ちゃんさ、この人ら、菜々子ちゃんのママより美味いの作っちゃうかもよ〜?」

 ――菜々子ちゃんのママよりも。
 その言葉を聞いて、莉里はハッとする。菜々子は、確か、母親(つまりは堂島遼太郎の妻である人)を交通事故で亡くしている。それを聞いたのは大分以前だったような気がするが、莉里の祖母が菜々子の事を――かわいそうに――と、案じていたのを思い出す。
 どうフォローしようかと胸をざわつかせていると、菜々子は真顔で、言葉を放った。

「お母さん、いないんだ。ジコで死んだって」

 悠は、少し真剣そうな、けれどどこか悲しげに菜々子を見ていた。流石に、堂島家でお世話になっているのだから、悠も菜々子の母が事故で亡くなっている事は知っているのだろう。
 途端に気まずい空気が支配したその場で、陽介は慌てて菜々子に謝る――。

「そ、そっか……えっと……ごめん、知らなかったからさ……」

 菜々子は首を振って、皆がしんみりしてしまった事に対して慌てていた。

「菜々子、へーきだよ。お母さんいなくても、菜々子にはお父さんいるし……お兄ちゃんも、いるし」

 仄かに顔を赤らめて言う菜々子。お兄ちゃんも、と言われて、悠が一瞬だけ驚いた顔をした。けれど、すぐに嬉しそうに、安堵したように、悠は微笑んでいた。菜々子はエヘヘと笑いながら、皆をぐるりと見回す。

「今日は、ジュネスに来れたし、すごい、楽しいよ」

 菜々子の屈託の無い笑顔を見せられて、皆は一種の感動のようなものを胸に抱く。莉里は、菜々子に逆に励まされたような気がした。そして、菜々子に向けて、言う。

「私、いつでも菜々子ちゃんと遊んであげるからね。……ううん、私だけじゃない、ね」

 ねっ、と皆を見渡せば、全員の心は一緒だったらしい。

「うん、遊ぼう!」
「皆、菜々子ちゃんとお友達だからね!」
「おともだち……うん、ありがとう!」

 雪子、千枝と続いてそう告げた。陽介も悠も、優しい視線で、嬉しそうにしている菜々子を見つめていた。


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2015/04/02
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