P4長編「HeartThrobs」 | ナノ


▼ ☆7-1


Heart Throbs
7.休暇のち試験 1


 五月二日がやってくる。一日の終わりにやってくる、教師・諸岡の小言を聞くホームルームが近付く頃、莉里は机に突っ伏していた。
 それもこれも、前日に張り切って「雪子の城」を探索したせいだろう……体がギシギシする。完全に筋肉痛に見舞われていた莉里。学校の机の上にぐったりと突っ伏しながら、莉里は前の席の千枝に話しかける。

「こういう、筋肉を苛めてる時に、プロテインを飲むと……ムキムキになるかなぁ?」
「んー、分かんないけど、なるんじゃない?でも、莉里が筋肉ムキムキねー……ないわー」
「ないかー」

 へらりと笑ってみせる、莉里と千枝。そこに、雪子がやって来る。

「ねぇ、プロテインって、何?」
「んーと、高タンパクなんちゃらっていう……? 詳しくは知らないんだけど、アスリートとかが飲んでるヤツ。飲んでると筋肉が出来やすくなるとか、ならないとか」

 莉里が適当に言ってみせると、雪子の顔が曇る。

「そっか……女子で筋肉ムキムキは、ちょっとね……」
「ないねー」

 ないない、と言ってヘラリと笑う莉里だが、家にある『困ったもの』を思い出し、すぐに表情を曇らせる。どんよりと。

「でも、うちに何故かそのプロテイン・サプリメントが大量に届いて困ってるんだよね……」

 すべてはあの筋肉バカの先輩、真田明彦のせい――とまでは口にしなかったが、莉里が憂鬱にしていると、側に歩み寄って来た陽介が「なになに?」と、興味有り気に首をにゅっと伸ばして来た。

「お、なになに? 筋肉ある男子はモテるって話?」
「してないっつの」

 千枝が目を細めて突っ込みを入れるが、陽介はヘヘッと笑っていた。

「使わないなら、何で莉里の家にプロテインがあんの?」
「使ってないプロテイン……?」

 陽介と一緒にこちらに歩み寄っていた悠までもが、不思議がって首を軽く傾げたので、莉里はギシギシする体を縦にして(椅子に腰掛けたままではあるが)、皆に説明する。

「うん。えーっと、前に住んでたとこで仲良かった先輩がボクシング部で、体鍛えるマニア? っていうか、筋肉バカ? それで、多分私にも使えーって意味……だと思うんだけど……プロテイン……」
「へー。天柄がムキムキになるのは想像し辛いけどな……プロテイン、実は俺、興味あんだよ。筋肉つけて脂肪を燃やす! 悠、お前は?」
「俺?」
「男なら、適度に筋肉欲しいっしょ」

 欲しくない?――と聞かれた悠は、少し視線を泳がせた。

「武器、両手剣だしな……」

 唐突に放たれた「テレビの中」での戦いの事。確かに、あそこで戦うなら、筋肉はあるに越した事は無い。悠が使っている両手武器を思い浮かべ、莉里は「あー」と声を放つ。

「あー、結構重そうだよね、鳴上くんの武器。あれ振ってると筋肉つきそう」

 莉里はそう言って、悠を上から下まで、頭のてっ辺からつま先までをじっと見る。じっと見つめられて、悠は気になるのだろう――莉里をきょとんとした目で見ている。

「ね、鳴上くん、筋肉触らせて」
「え?」

 突然の莉里からの言葉に悠は驚いているらしい。莉里はどこか恍惚に浸っているような表情で言う――。

「男子で程よく筋肉ついてるの、いいよね」
「そ、そうなのか?」
「うん、そういうものなの」

 自分の美学を告げて、莉里は「ね、ちょっとだけ」と言うと、悠が「仕方ないな」と、短く溜息を吐く。

「おおー……天柄、鳴上にお触り?」
「そこ、変な言い方しないの」

 クマさんじゃないんだから――と、莉里が陽介につっ込んでから、悠の前に立つと……。

「……私も、触りたい」
「雪子!?」
「私、筋肉無いから。筋肉って、どんな感じなのかなって」

 千枝の隣に立っていた雪子も、悠の前に迫った。そうして、莉里と雪子は一緒になって、悠の胸板付近や二の腕を触る。むにむに……というよりは、しっかりしている。

「あ、結構硬め……」
「ほんとだ……」

 二人でペタペタと触っていると、陽介が目を大きく見開きながら、うおお、と羨ましそうに悠を見ている。

「うおお……天柄に、天城に、タッチされてー!……俺も触っていいんだぜ?」
「陽介は……そっとしておこう」
「恨むぜ相棒!」

 陽介が軽くショックを受けたような表情をした時に、タイミングよくクラス担任の諸岡が入ってきて「シャキシャキ席に着け!」と声を荒げた。皆は折り目正しく(面倒な事になる前に)席に着いた。
 この小言を聞けば今日は終わりだ――と、誰しもが思っていた。授業時間という束縛から解放され、放課後と連休とを満喫しようという前に、諸岡は生徒達に向けて爆弾をひとつ落としていった。

「来週から中間テストだからな!結果は全て貼りだして、振るい落としてやる!」

 その言葉に皆が皆、絶望に見舞われた。

「貴様ら、恥ずかしい思いをしたくなければ、良い結果を残せ! 良い結果を出せば人気が上がる! 即ち、仲が深まるのが早くなるわけだな! そしてワシの株も上がり、いいこと尽くめだ! 心するように…分かったな!」

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 五月三日。ゴールデンウィークが始まった。
 昨日は放課後に病院に寄っていたが、祖母はどこか具合が悪そうに静かに佇んでいたので――ゆっくり休んでね――と莉里は祖母に言い、早めに病院から退散していた。莉里が帰ってきたのはそう遅くは無い時間だった。その日は早めに休んだお陰か、朝起きてからの莉里の体調はスッキリ、快調。
 そんな爽快な朝に、莉里の携帯電話に一通のメールが届けられた。軽やかな着信音に反応した莉里がメールボックスを開いてみてみれば、差し出し主が「里中千枝」と書かれたメールが、一通。なんだろう、と思いながら、莉里は開いてみる。
 そこには千枝からのメッセージがあった。今日、一緒に遊ばない?――と問い掛ける様に書かれていた。どうやら、朝の忙しい時間を過ぎれば、雪子も一緒に来れるらしい。
 莉里は千枝からの誘いを受け、遊ぼうとすぐに思った。
 おばあちゃんには昨日も会いに行ったし、昨日は具合が悪そうだったし、ゆっくり休んで貰いたいし――と、色々な事を考えた後の、決断。莉里は「よし!」と思うと、莉里はすぐにメールを打つ。

 それから程なくして、千枝が莉里の家にやって来た。家の場所は、メールの後で千枝からかかってきた電話で、案内していた。千枝は、趣きある外観なのに家に入ると中身がすっかり近代的な造りになっている天柄の家に、驚きを隠せないでいた。

「莉里んち、玄関すっご! 広いんだね」
「うん、車椅子でも入れるようになってるんだって」
「あー、それ知ってる。バリアなんちゃらってヤツ?」
「そうそう、バリアフリーね」

 出かける準備が済んでいた莉里は、すぐに玄関で靴を履いて、家の前のアプローチを通り、そして外へと出る。

「それで、今日はどこ行くの?」

 千枝に促されるまま、外に出た莉里。けれど、これからの行き先は聞かされていなかった。千枝は「雪子とはジュネスで待ち合わせしてる」と、さらりと言った。

「んー、お昼も食べるってなると、やっぱジュネス? フードコートもあるし、洋服売ってる専門店も少しだけどあるし」
「ジュネス、稲羽のワンダーランドだもんね」
「流石に『ワンダーランド』は言い過ぎかも……」

 莉里が『ワンダーランド』と言えば千枝は苦笑した。二人はとてとてと歩き出すのだが、莉里は――ちょっと待って――と、千枝の背中に制止の言葉を投げかけた。

「ジュネス行くなら、こっちの道が近道だよ。ちなみに坂下ったところ、鳴上くんちだったりするけど」
「えっ?……じゃあ、莉里と彼、ご近所さんなワケ!?」

 へー、そうなんだ、ふむふむ――と言い終えた後、千枝がイタズラっぽく笑う。

「そっかそっか、なーんかお似合いだと思ってたんだよねー」
「えっ……ちょ、ちょっと、どういう意味なの?」

 莉里が少し頬に熱を溜めて、千枝に困り顔を向ける。千枝はふふっと笑って、冗談だよ、と言うのだが。莉里は変な汗をかいてしまった。

「じゃあさ、鳴上くんも誘う? 事件とか『あっちの世界』の事でごたごたしてたから、なんだかんだで都会の話もほっとんど聞けてないし」
「あー……そういえば、旅行は四日と五日って言ってたもんね……今日は三日だから、暇してるかもしれないね」

 そう告げた莉里に――じゃあ決まり!――と千枝は明るい顔をして、そして鳴上悠のお世話になっている堂島家のドアベルを鳴らした。


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2014/11/10
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