▼ ☆3-5
Heart Throbs
3.醒めるちから 5
「テレビの中にクマが居るって言ってたけど……これが、そのクマなの?」
クマの着ぐるみは、頭を抱えて何やらもぞもぞ動いている。視界の悪い中で、千枝は「そうなんだけど」と、唸るように、莉里に告げる。クマは、何処かのテーマパークに居るような可愛らしい姿をしていて、つい、莉里は抱きつきたい気分になってしまう。莉里は、可愛いものが好きなのだから。
ふわふわしてそう――そんな風に莉里が思っているとは知らないだろう悠が、頭を抱えてもぞもぞしているクマに話しかける。
「何をしているんだ?」
すると、クマの姿をした可愛いマスコットは、渋々ながらに声を放つ。
「見て分からんクマ? 色々、考え事してるクマ。前に自分自身が何者なのかを訊かれたクマは、ずーっと悩んでるクマ」
どうやら、前に悠や陽介がここに来た時に、クマとは何かあったらしい。自分自身が何者なのか――それを悩んでいるらしいクマは、眉をひそめてハアッと溜息を吐く。
「それでクマはこんなにクマってるのに……あ、ダジャレ言っちゃった。うぷぷ……」
クマの寒いダジャレに、霧かスモークかが立ち込めている周囲は、よけいにしんと静まり返ったように思えた。
「……で、自分のことは何か分かったのか? あー、いや、考えても無駄かもな。お前、中カラッポで脳ミソもねえだろうし」
「シッケイな!……けど、確かに、いくら考えてもなーんも、ワカラヘンがねっ!」
クマは開き直ったように、陽介に向けて胸を張って答えた。堂々している割には何も判明していないらしいクマに、ハアッと溜息を吐きたい気分になったが、莉里はそれを堪えて、クマに向けて声を放つ。
「それより……昨日ここに誰か来たんじゃない?」
「……そうだよ!雪子がここに来てるんでしょ!?」
「なんと!クマより鼻が利く子がいるクマ!?」
莉里に続いて千枝が、クマに掴みかかる勢いで喋る。すると、クマは驚いたように一歩後ずさって、おお、と声を放っていた。
「キミとキミ、お名前は、何クマ?」
「えっと、私は天柄……莉里」
「お、お名前?……あたしは里中千枝だけど。それはいいから、その"誰か"の事教えてよ!」
二人ともよろしくクマ!――と手を差し出したクマと握手をした莉里は、フワフワの着ぐるみに触れて少しばかり顔をほころばせる。そして、手を放したクマは、ゆっくり話し始めた。
「確かに昨日……キミらとお話したちょっと後くらいから、誰か居る感じがしてるクマ」
「天城なのか?」
陽介の問いかけに、クマはウーンと唸るような声をあげる。
「クマは見てないから分からないけど……気配は、向こうの方からするクマ。多分あっちクマ」
クマは、人の気配がする方向を指差した。すると、千枝がきりっとした顔を向けて、あっちね、と告げる。
「あっちね……みんな、準備はいい?」
「ああ。けど、くれぐれも――」
注意して進もう――と、悠が告げたその瞬間、千枝がいきなり駆け出した。用心していかなきゃ、と思っていた矢先だったので、莉里はひどくびっくりしながら追いかける。悠と陽介も「里中!?」と声を上げ、すぐにバタバタと走り出していた。
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とてつもなく、視界が悪い。目の前が霞んでよく見えない莉里は、千枝の足音を頼りに進んでいく。気配を見失ってはいけないと懸命に気を張り巡らせながら駆けていく。すると、大きな城が突然、その荘厳な姿を現した。そして、千枝の声がほど近い場所から響いた。
「何ここ……お城!?」
千枝も莉里と同じように驚いて立ち尽くしているようで、その場でぽかんと城を見上げていた。莉里が千枝のそばに駆け寄って、同じようにその大きな城を見上げていると、後ろからクマを連れた悠と陽介が現れた。
「ねえ、もしかして、昨日の番組に映ってたの、ここ?」
千枝がそう切り出すと「そういえば雰囲気が似ているな」と、悠がぽつりと口にする。陽介はクマに詰め寄った。
「あの真夜中の不思議な番組……ホントに誰かが撮ってんじゃないんだな?」
「バングミ……?知らないクマよ」
ぽかんとしながら答えたクマを見る。
「何かの原因で、この世界の中が見えちゃってるのかも知れないクマ。それに前にも言ったでしょーが!ココにはクマとシャドウしか居ないんだってば!」
――シャドウ。
その言葉に驚いた莉里は、心臓が一瞬とまりそうになった。
「だーかーら、誰かがトッてるとか、そんなの無いし、初めからココは、そういう世界なんだクマ」
「初めから、こういう世界って……それがよく分かんないっての! ちゃんと説明してくれっつの!」
「じゃあキミたちは、キミたちの世界の事、全部説明できるクマ?」
そう言われて、皆はウッと声を詰まらせる。
けれど、莉里だけは、シャドウという言葉を訊いて、ひどく落ち着かない様子でいた。滲むような汗が体中から噴き出るのを感じた。
――ここに、テレビの中の世界にシャドウがいる?――結城理が、あの人が、タルタロスと影時間を消したのに――シャドウが、ここにいるというの?――。
「とにかくそのバングミってモノの事は、クマも見たこと無いから分からんクマ」
莉里がシャドウに、過去の出来事に意識を向けている間にも、皆は会話を進めていた。そうだ、今は天城さんを救わないといけないんだ――そう思った莉里は、後でシャドウの事を訊くことにして、会話に戻る。どこまで進んだのだろう。
「て言うか、ホントに……ただこの世界が見えてるだけなの? そもそも雪子が最初に例のテレビに映ったの、居なくなる前だよ? おかしくない? 大体、あの雪子が"逆ナン"とかって……あり得ないっつの!」
千枝が一気に喋る。テレビの世界に雪子が来る前から、あのマヨナカテレビは雪子の姿を映し出していた――その事について、話しているようだ。確かに、行方不明になる以前から映し出されていたのだとしたら、おかしい。いつ撮った映像を流していたのだろう。どういうことなのか……と、莉里は頭を抱えてしまう。
しかし、クマはどうやら、その事よりも気になる事があったようだ。
「逆ナン?」
丸い小さな耳をぴくぴくっと動かしたクマは、若干頬が赤くなっているように見えた。
「ん?……ああ、逆ナンな。俺もビックリしたぜ……確かに普段の天城なら絶対言わないよな、あんな事」
雪子の行動は絶対におかしい、と陽介は告げた。まるで別人のようだった――と、悠も付け足して告げる。
「まだ、色々と分からないけど、キミたちの話を聞く限りだと……そのバングミっての、その子自身に原因があって生み出されてる……って気がするクマ」
「雪子自身が……あの映像を生み出してる? あーも、どういう事?ワケ分かんない!」
千枝が頭を抱えながら、器用に足もじたばたとさせた。
「ねえ……雪子、このお城の中に居るの?」
「聞いてる限り、間違いないクマね」
クマが千枝の問いかけに即答する。
「あ、でさ、"逆ナン"って……」
「ここに雪子がいる…………あたし、先に行くから!」
逆ナンについて聞きたがっているクマをよそに、天城雪子をひどく心配している千枝が、その華奢そうな足でダッと駆け出した。
「あ、千枝ちゃん! 一人で行っちゃ危ないんじゃ……!」
莉里が追いかけるように駆け出すと、後ろから陽介が「あーったく!」と声を放った。俺たちも行くぞ!――と、悠の声が聞こえる頃には、千枝は城の正面にある扉を勢いよく蹴り破っていた。
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2011/09/15 初出
2014/07/01 再投稿
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