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真影編6_残影



 煌々と暗闇を照らしていた青い蝶は気づけば姿を消していて、視界は再び黒一色となる。
 そんな色も形もない景色に相応しい、時が止まったような無音の世界に私はいた。隣にいる主人が小さく息を呑む音が聞こえなければ、危うく自意識もろとも見失ってしまっていただろう。

 それでも、決して安心できる状況でないことは視覚以外で拾った情報だけで充分に理解出来た。

 ──何かに、囲まれている。
 青い蝶をきっかけに移り変わった場で私たちを待っていたのは、反転世界に訪れた来訪者を品定めするたくさんの視線だ。それらが孕む意志は警戒であり、歓迎でもある。
 せめて明暗だけでも視ることが出来ればそれらの大きさや距離感がつかめるのに、得られるのは私たちの一挙一動を探る何かがいるという不気味な認識だけだ。

 ここへ引き込んだ張本人であるダークリンクの気配も、遠くにうっすらと感じる。しかし周囲の異様な圧力はそれを阻むように私たちを取り囲んでいた。

「リシャナ」
「は、はい」

 微かな緊張感を滲ませたギラヒム様の声が名前を呼ぶ。
 その声は正面に向けられている。彼は異様な視線の持ち主たちを牽制するように見張りながら、静かに続けて、

「ここでワタシと離れたら、恐らく死ぬよ」
「え──、」

 ──その真意を聞き返そうとする言葉を遮ったのは、一つの粉砕音だった。

 鼓膜を貫く轟音。続く足元を揺るがす地響きが私の思考を混乱させる。
 細かな瓦礫が飛び散る音を聞きながらようやく理解できたのは、何者かに突然の襲撃を受けたということ。

 巨大な何かに押し潰される直前、私の体はギラヒム様に抱えられていた。地に振り下ろされた武器は私の腕を浅く掠めたけれど、痛みを感じている暇すらない。

「舌を噛みたくなければ口を抑えていろ」
「あ……え!?」

 あまりの衝撃に呂律が回らないまま、私は駆けだすギラヒム様の体に必死にしがみつく。その後ろから、機械的で重量のある足音が追いかけてきた。
 鳴らされるのは重たげな足音のはずなのに、距離の差は一向に広がらない。何に襲われているのか、見えざる恐怖が肩を震わせるけれど、状況を問うにはあまりにも余裕がなかった。

 そして主人に完全に身を委ね、何も出来ない自分。それが悔しくてきつく歯噛みをした、その時。
 脳裏に閃光のような火花が散った。

『────、』

「……?」

 ちかちかと、頭の中で何かの景色が再現される。
 夢を見るように安らかな感覚ではない。頭の奥底が疼くような、誰かの手が脳を鷲掴んで中を覗き込んでいるような、不快な感覚。

 唐突な異物感に動揺していると、ついにその誰かの手は鷲掴んだ記憶を私自身にも見せつけてきて、

『──おかえり』

「!?」

 頭の中の銀幕に再現された映像に、私の息が止まった。

 鼓膜を揺らさず脳に響いた声は、紛れもなくギラヒム様のもの。
 しかし肉声を伴わないその声は、過去のものだった。

 忘れもしない、私の中で鮮明な記憶のうち一つ。
 ──ギラヒム様と、初めて出会ったときの光景。

 たった今、何かにそれを“見せられ”た。
 誰かの手による強制的な追憶は、その記憶がいかに大切なものであれ、他人に手をつけられたような底気味悪さがある。混乱する頭は鈍く痛んで、主人の肩をつかむ手に力が入った。
 しかし瞬間的な嫌悪感に反して、数秒経てば何事もなかったかのようにそれは消え去る。

 ……今のは、一体。
 白昼夢のようでいて、あまりにも生々しい感覚。薄ら寒さを覚えて、私は小さく眉をひそめた。

「……撒いたようだね」
「あ……」

 不意にギラヒム様の足が止まり、私は現実に引き戻された。背後で執拗に追い回してきていた足音はいつのまにかいなくなっている。
 するりとギラヒム様の腕を抜けて、地に足がつく。間を置かず、彼は私の腕をつかんで自身の元へと引き寄せた。

「ま、マスター?」
「…………」

 ギラヒム様は無言のまま、掴んで伸ばされた私の腕を凝視しているようだった。おそらく、先ほど逃げ出す直前に何かが掠めた箇所を確認されている。

 そこまでで、私はふと小さな違和感を覚えた。
 正体のわからない引っ掛かりに呼応するように、主人も怪訝な声色で呟く。

「……傷がない」
「え」

 その呟きを耳にして初めて気づいた。先ほどの襲撃の際、何者かに傷つけられたはずの箇所には、傷跡も痛みも無い。
 あの瞬間に肌で捉えた認識では、軽い負傷くらいはしていると思っていたのに。そのかわりにもたらされたのは、

「……あの、」
「?」
「一瞬だけ……頭の奥で、映像みたいなものが流れました。……マスターと初めて会った時の」

 声には出なかったものの、ギラヒム様のわずかな吃驚の空気が伝わってくる。私自身ですら何が起こったのか理解出来ていないのだから、当然の反応だろう。
 考えるように一拍置いて、訝しげに主人が呟く。

「幻覚か、もしくは精神自体に負荷を与えてきたか」
「……だと思います」

 今のところ推測できるのはそれだけだ。奇妙な感覚が残り、据わりの悪さを感じながらも今度は私から主人へ問いかける。

「さっき襲ってきた敵、何だったんですか?」
「……昔、聖戦で女神軍が使っていた鎧騎士に形が似ていた。おそらく、ここの守護者といったところか」
「守護者……」

 これまで二度訪れた反転世界にそのような存在はいなかった。
 次いで先ほど私たちを取り囲んでいた視線と魔力を思い返し、私は主人におそるおそる尋ねる。

「まさか、ここら中にある変な魔力って……」
「全てあの守護者のものだ。見る限り、数も種類も多いようだね」

 襲いかかってきたあの得体の知れない存在がそんなにいるのか。
 想像だけでも顔を青ざめさせた私に、対する主人は忌々しげに舌を弾いた。

「面倒なことにかなりしつこい性格みたいだね。抵抗する手段も無いというのに」
「え……あっ!」

 意味深に吐き捨てられた言葉を聞き、私は自分の腰に手を当てる。夢で見た時と同じ、魔剣と魔銃がなくなっていた。

「魔力は使えるがここの力にあてられている以上あまり頼らない方が良いだろう。……酷使すれば、最悪命が削れるかもね」
「……!」

 皮肉をこぼす主人だけれど、きっとその表情は硬い。この空間に満ちた異質な魔力が、本来彼が持つ魔力の流れを阻害しているのだろう。
 いわゆる燃費が悪い状態だ。迂闊に動けば何があるかわからない。主人がいるから正気を保っていられるものの、絶望的な状況だった。

 ダークリンクの気配は相変わらず遠くで薄く感じる程度だ。彼を探しに行くには、あの守護者たちから逃げ切らないといけない。
 苛立ちを露わにするギラヒム様は深く嘆息し、鬱陶しげに続けて、

「いずれにせよ、守護者どもはまともに相手にすべきではない。あの影をとっとと見つけてここから出──、」

 そこまでを口にし、主人が息を呑んだ。
 何があったのか、私の問いが喉を通ることはなかった。

 目の前で、鈍く不自然に軋む──殴打音が響いたから。

「え?」

 それが何を意味するのか、理解するまで戦場において長すぎるほどの時間を要した。
 先に訪れたのは、糸が切れたように私の胸へ倒れ込むギラヒム様の感触。それはやけに遅く感じたはずなのに、体にかけられた重みに思わず前のめりになる。

「……マスター?」

 ギラヒム様は答えない。身体を両手で抱えるも、その表情を見ることすら出来ない。
 停止した思考を必死に動かそうとしたその時、すぐ目の前で地を鳴らす重低音が響いて、私は顔を上げる。

「あ……」

 それがいつからいたのか、全くわからなかった。こうして対峙すれば、目に見えずとも竦み上がるほどの重圧を感じ──それがあの守護者だとわかるというのに。

 己の存在を嫌でも理解させようと、守護者はギシリと錆びついた音を鳴らし、ひどく緩慢な動きをしながらにじり寄って来る。

「っ……!」

 私は見えざる敵から庇うように、倒れたままの主人の体を抱え込んだ。しかし守ろうとする意志に反して血管は急速に冷えていく。
 今私が出来ることはたったそれだけ。恐怖に苛まれる反面、どこか冷静で冷酷な自分が口にした。
 
 主人の意識を奪った大きな武器が、その圧力で私たちを押し潰すため振り上げられる。
 逃れる術はもう、何もなくて──、

「──ッ!」

 刹那。胸の中で俯いていたギラヒム様の深く、肺を無理矢理こじ開けるような呼吸音が耳に入った。
 すかさず上体を起こした主人が振り返ると同時に、その魔力がバチリと弾けて金属同士がかち合う鋭い音が響く。

 ──ギラヒム様が短刀を召喚し、守護者へ放った。
 その意味を察した瞬間、私は包帯の下の目を見開いた。普段に比べて不安定に形作られた主人の魔力は歪な弧を描いたと思えばたちまち霧散してしまう。

「チッ……!」

 主人の舌打ちが弾け、私が彼を制する前に再び魔力が渦巻き破裂音を鳴らす。今度は金属同士が捻れたようなガギ、という嫌な音が響き、不規則な足音と共に敵がたたらを踏んだ。

 隙ができると同時に、ギラヒム様が私を捕まえて足りない酸素を求めるべく息を吸った。
 今度こそ彼の魔力使用を止めようとするも、先手を打つように大きな手が私の口を塞ぐ。私が言わんとしていることが最初からわかっていたかのように。

 ──そして。ギラヒム様が指を鳴らすのを合図として、膨れた魔力が私たちを包む。
 次いで風を切るような音をたて、散り散りになった魔力のカケラだけを残し、主従の姿はその場から掻き消えた。

 戦場へ、もともと誰もいなかったかのような静寂がかえってきた。


 * * *


 地に足がついたと知覚した時には、あの守護者たちの足音は耳に届く範囲に存在していなかった。
 耳を澄まして辺りを探ると、微かに聞こえたのは水のせせらぐ音だけ。ここが森のどこなのかはわからないけれど、近くに水辺か細流があるのかもしれない。

 ギラヒム様の瞬間移動によって、守護者の追跡からは免れたようだ。
 とは言っても、守護者たちは私や主人の認識の範囲外から襲撃をしてくる可能性がある。一時も油断は出来ないと考えた方が良いだろう。

 ──しかし、今の私にそんな警戒をする余裕はなかった。

「っ……は、」
「マスター……!」

 すぐ目の前で跪いた主人の苦しそうな息遣いがこぼれた。不安定な場所で魔力を使った反動もあるけれど、それ以上に守護者に与えられた負荷が大きいのだろう。
 私が掠る程度の傷を負った時ですら、脳の回路が自由を失うような支配を受けたのだ。あの衝撃を受けた主人にもたらされている苦痛は計り知れない。
 敬称を叫んでも、彼に聞こえているのかどうかすらわからなかった。

 そしてそこまで理解したところで、視覚がない状態の私が出来ることはほぼ皆無に等しい。手探りで彼の体に触れて、支えながら回復を祈るしかない。
 視覚一つを失っただけで部下としての役割が果たせなくなってしまう自分を戒めながら、私は両手を握ることしか出来なくて──、

「……?」

 ふと、指先に何かがあたる。
 そのままそこに触れると、それは何かを求めるように彷徨うギラヒム様の手だった。

 私は両眼を静かに閉じ、主人の手を両手で包んでぎゅっと握る。微かに感じる指先の震えごと、受け止めるように。

 そうしていた時間は決して長くはなかった。
 しばらくすると、ギラヒム様の深い呼吸音が耳に届く。顔を上げたのか、包んでいた彼の手がわずかに引かれ、私が敬称を呼ぼうとする──その前に、

「……へ」

 ギラヒム様は手を引くどころか逆に私の手をまとめて捕まえ、体ごと彼自身の胸に強く引き寄せた。
 いきなり何事かと困惑している間にも後頭部を捕まえられ、私は主人の固い胸板に押しつけられる。
 甘い行為に見えるけれど、容赦なく顔面を圧迫されて「ぐぎゅむ」と女の子らしくない呻き声が漏れた。

「ま、ますた、ぐるし、折れる……! 窒息しちゃう……!!」

 苦鳴に対する返事はない。そのかわりに私を締め付ける力がさらに強くなる。拘束された上半身から主に骨を中心とした聞こえちゃいけない音がした。
 なんとか抜け出そうと抵抗を試みるも、解放しないという固い意志を持って拒絶される。

 いくら傷付かない空間といっても、呼吸が止まれば普通に死んじゃうのでは……!? と、軽い死期を悟ったその時、主人が小さく呟いた。

「……しい」
「はい?」

 息が止まるギリギリ直前を保って、私はなんとか顔を上げる。当然、ギラヒム様の表情は見えない。そして、

「ああ……鬱陶しいッ!!」
「ぐえっ!!」

 ギラヒム様が、感情を爆発させるように叫んだ。
 同時に私を抱きしめる力がピークに達し、私は本格的に彼の胸の中で押し潰された。

 今の一撃で意識の半分は確実に飛んでいたけれど、主人にそんな些細なことを気にする余裕はなく、怒りのまま私の体を締め付ける。
 彼はそれでもなお抑圧しきれない激情をぶちまけた。

「何故このワタシがあんな人形どもに翻弄されなければならないッ!? 猛烈に不愉快だ!! あの影もろとも、絶対に叩き潰してやるッ!!」

 わかりますけど、同感したいですけど、その前に私が物理的に潰される!!

 結局、一頻り憤った主人の腕からようやく解放される頃には、私は半分屍の状態となっていたのだった。


 * * *


「──精神世界」

 今しがた伝えられた単語を、そっくりそのまま反復する。
 不機嫌全開の主人は先ほどの余韻を残した低い声で「そうだ」と一言返した。

 ギラヒム様と、そして一瞬だけれど私も。あの守護者に攻撃をされた時、肉体的な痛みを受ける代わりに過去の映像が頭の中で再現された。
 まともに攻撃を受けたギラヒム様にも外傷は一つもなく、映像から解放された彼の体に残るのは魔力を使ったことによる疲労感のみ。
 さらに、私が以前見た夢と同じように武器が無くなっていることを加味して──私たちは今、生身の肉体から離れてこの反転世界にいるのだと、主人は結論づけた。

「ここであの守護者に何をされようが肉体は傷つかない。故に物理的な強行突破は可能だ。その代わり……待っているのは死というより廃人になる未来だけれど」
「……あんまり気は進まないですね」
「フン、同感だね」

 かすり傷程度の私ですら、ごく短い間だがはっきりとした映像を見せられた。故に、少しでも守護者の武器に触れれば、過去の記憶は誘発されると考えられる。
 もしあの守護者が持つ巨大な武器をまともにくらってしまったら、何を見せられるのか。

 この世界の法則は私たちにとって毒だ。
 主人が苛立っているのは影と守護者に対してだけれど、それ以上に見せつけられた記憶の光景に対する憤りが大きいのだろう。
 ギラヒム様が何を見たのか私にはわからない。が、少なくとも甘い香りのする慈悲に満ちた記憶ばかりではないはずだ。

 自己の根幹に横たわる、目を背けたくなる過去の自分との対面。ダークリンクが私たちをここへおびき出した理由が何となくわかった。

「……おそらく」
「?」

 主従を取り巻く不穏な状況に閉口していると、主人が不意に口を開いて私は顔を上げた。考えるように一呼吸置き、彼は続ける。

「リンク君が受けた“精神の試練”とやら。それがこの場所だろう」
「……!」

 ギラヒム様の推測に、私は包帯の下の目を見張る。
 ──つまりそれは、ここがリンク君からダークリンクが生み出された場所でもあるということ。
 主人もその結論にまで至っているのだろう。それを暗黙の前提として、彼はさらに話を進める。

「つい最近まで埃を被った遺産だったのだろうね、ここは。過去の聖戦の際、魔王軍と女神軍、そのどちらにも武力と魔力の根源となる精神を統御し、向上させようとする動きがあったが……。女神も、なかなかに趣味の良い方法を使ったものだよ」

 “女神”という響きに蔑みを混じえながら、主人が吐き捨てる。
 たしかにあんな守護者たちに丸腰で追い回されれば、過去を見せられなくとも精神は極限にまで追い込まれ、心身ともに叩き直されるだろう。

 そこまで考え、私はふと恐ろしい想像にたどり着く。

「ってまさか、ここに来ちゃった私たちも脱出する頃にはダークリンクみたいな影が生まれてるってことですか?」
「ある訳がないだろう。魔王様や女神ですら命の複製はそう易々と出来るものではない。……だから異常なんだよ。勇者を象った上に完全な命を持ったあの影は」

 意味深な含みを持たせ、主人がそう言い切った。
 何も言葉にすることが出来なかった私の脳裏に、あの愉悦と敵意を一緒くたにした声が反芻する。

『半端者』の、同類。私と、おそらくダークリンクという存在を示す言葉。
 私の出自は私自身も知らない部分が多い。けれど、存在の意味はきっと同じようなものなのだろう。

 そうだとするなら、ダークリンクの目的は何なのか。私を引き入れようとする目的と──彼が生きる目的は、一体。

「……っ!」

 その時、私がその疑問を持つことを待っていたかのように、両眼に痛みが迸った。
 影に呪いを与えられた瞬間に襲った、両眼が焼けつくような感覚。呼吸を荒げ、両手で眼を覆った私に主人の驚く気配が伝わった。

 ──その瞬間。

「随分言ってくれるなァ、魔族長サマ」

 一つの嗤い声が、場の空気を一変させる。

 私もギラヒム様も、全く予期していなかった来訪者に言葉を失くす。
 ずっと探していた姿だというのに、その出現はあまりにも脈絡がなく、気配がなく、咄嗟の判断を狂わせるには充分すぎる衝撃だった。

「まァ、間違ってはねぇがな」

 呆気にとられた私たちへの嘲笑をたたえ、ダークリンクは舞台に足を下ろす。
 何が起きたのか理解する前に、私の腕は背中で拘束されるように束ねられ、すぐ目の前で刃が横切る風切音が嘶いた。

「ッ……どこから……!」

 砂を蹴る音とともにギラヒム様の声が聞こえ、今の斬撃から彼が逃れたのだと知る。しかし先ほどよりも遠のいたその声から、私と主人はダークリンクの手により無理矢理引き離されたのだとわかった。
 私がどれだけもがいても、ダークリンクは片手でその抵抗を抑えつけてしまう。見かけからは想像のつかない力の差に、私は全く歯が立たなかった。

「そう暴れんなよ。すぐ解放してやるから……さ」
「なっ……!?」

 どういう意味だと問い質す前に、私はダークリンクに体を抱えられていた。
 唐突な行動に反応が出来ず、為されるがままになりながら、影が低い声で一度だけ笑ったのを耳にする。

 ──そして、

「……は」

 私は重力に逆らって、宙に投げ飛ばされていた。

「────!!」

 すぐさま柔らかい壁に叩きつけられたと思えば、私の体はその壁に丸ごと飲み込まれ、急速に落下していく。
 全ての音がくぐもって届かなくなり、私の全身はたちまち温度を失い冷やされていく。

 ダークリンクが、捕まえた私を水辺へ放り投げたのだ。

 同類として引き入れようとしてる癖に、なんてぞんざいな扱いをしてくれるんだ……!!
 場違いな不満を抱きながら、私の意識は水に溶けて散り散りになっていく。まるで私の存在自体が呑まれていくように。

 浮かぶ泡沫が最後に弾けた時、私に残っていたのは目を覆う包帯が解けて攫われたという感触のみだった。


(231014改稿)