Novel
―約束の場所、悲願の地―

『それ』は青く、広く、どこまでも続いていた。

「わ、あ……!」

 信じられない景色だった。

 目の前に広がる『それ』には、果てがない。

 初めて来た場所なのに、懐かしくも感じる、不思議な場所だった。

 これが、海。

 昔、ゲデヒトニス家で読んだ禁書の知識で知っていたはずなのに、想像以上の風景に圧倒された。

 ブーツを脱ぎ捨てて、立体機動装置のベルトを外し、裾を膝まで捲り上げて、足を踏み入れる。

「っ……」

 冷たい。そして押しては引いていく水面の中にいるのは不思議な感覚だった。湖や川とは全然違う。

 何より、身体の内側が澄んでいくような心地になる。

 私は、ずっとここに来たかった。

 潮騒、と呼ばれるものに耳を傾けながらどんどん歩いていると、

「リーベ!」

 慌てたような声と共に、腕を引かれる。

「どうしたの……?」

 さっきまで絶対に何があっても海へ足を踏み入れないという雰囲気を出していた人が、一緒に海の中にいる事実に戸惑っていると、

「お前、どこまで行く気だ」
「え、あの、私はどこにも……」
「お前は昔からそうだ。一人で勝手にどこへ行くかわかったもんじゃねえ」
「どこでも行けるように、私を自由にしてくれたんじゃありませんでしたっけ」
「それとこれとは違う」
「――どこへ行っても、ちゃんとあなたのいる場所に帰りますよ」

 するとなぜか軽く睨まれた。少しも怖くないけれど。

「どうだか。――今だってそのまま海の向こうに行きそうだったじゃねえか」

 そのまま引き寄せられて、抱きしめられる。

 周りは皆、初めて目にする海に心を奪われている。私たちのことは誰も見ていない。

「じゃあ、もしも私が帰らなければ――」
「…………」
「その時は、迎えに来て下さいね」
「……ああ。海の向こうだろうと、必ず」

 海の冷たさと、波の音。
 愛しい人のぬくもりと、鼓動と吐息。

 それらを身体中に満たして、私は口を開く。

「新しい約束をしませんか?」

 前に交わした約束は、今こうして果たされたから。

「構わねえが、何を約束するんだ」
「そうですね……」

 少し考えてみたけれど、思いつかない。

「何にしましょうか」

 穏やかで、静かな時間。
 いつまでもこのままでいたい時の流れの中に身を委ねていると、

「約束……になるかは知らねえが、頼みがある」
「何ですか?」

 真摯なまなざしが向けられる。まるで私を包み込むようだった。

「俺と一緒に生きてくれ」
「…………」

 たくさんのものを失って、私たちはここにいる。自由の翼と共に。

 これからも、きっと失い続ける。それに引きかえ、手に入れられるものはわずかだろう。

 だけど、それでも。

 この愛しい世界にさよならを告げる時まで、あなたと一緒にいたいから。

「リーベ、返事はどうした」
「――はい、喜んで」

 だから私は頷いて、その手を離さないことにした。



(2017/08/09)
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