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ここは諦観の檻

 慌てて起きあがろうとしたら後ろ手に拘束されていることに気づいた。足もブーツの上から縛られていたので転がることしか出来ない。
 どうにか後ろを見たら、知らない男の人がいた。目が合えば苦虫を噛み潰したような表情をされる。

「……あの不愉快な女そのままの顔だな。よく似ている」
「…………」

 どうやらこの人はケニー同様に『彼女』と会ったことがあるらしい。

 返す言葉が見つからなくて黙っていると私から離れて行った。その先にはケニーがいる。声を上げようとした時、

「リーベさん!」

 白い服を着たヒストリアが駆けて来た。
 無事だったことを確認してから、

「ヒストリア。これ、解いてもらっていい? あと私の武器はどこ?」

 するとヒストリアは申し訳なさそうに首を振った。

「それは……出来ません。ごめんなさい、武器も預かってます。銃が二挺にナイフが三十七本」
「…………どうして?」
「お父さんが『このままにしておけ』って……」
「『お父さん』……」

 つまり今の人がロッド・レイス?

 確かに似ている気がした。髪の色は違うけれど、瞳の形や大きさが本当によく似ている。

 私が視線で問えばヒストリアは頷いて、

「そうです。今まで私と離れていたことやニック司祭を殺したこと――お父さんがやってきたことは全部、人類を思いやってのことで私たちには誤解があったんです」
「……そうなの? 本当に? どうして?」
「お父さんが、そう話してくれたから」

 だとしたら私にはまるで信じられない話だけれど。でも、ヒストリアはすっかり信じている。

 親子だから? 親子ってそんなもの?

 私にはわからない感覚のせいか、信じがたい。

 周りを確認すれば近くに階段があって、その先には私以上に拘束されているエレンがいた。巨人化を警戒してのことだろう。手は包帯でぐるぐるに巻かれて口にも枷がある。
 そこでエレンが目を覚ました。

「エレン? 起きたの? もう少し辛抱してね、大丈夫だから」

 ヒストリアがエレンの前に立って、先ほどの説明と同じように話し始めた。

 私は周囲の観察を続ける。

『レイス領、礼拝堂地下だ』

 言葉通りならここは地下空間らしいけれど、本当に不思議な場所だった。柱も壁も天井も床も光を発しているそれが一体どんな鉱物なのか検討もつかない。
 広さも充分にあって、見えない部分も入り組んで繋がっていることがわかる。

 とても人間が作った場所とは思えない。

「巨人が作った場所だからね」

 私の思考を読んだように声がした。アルト様だった。こちらへのんびり近づいて、

「驚いたよ、迎えに行こうと思ったらケニーがリーベを運んで来たから。気絶させられてたけれど痛むところはない?」
「あの、私は平気です。それより『巨人が作った』って……?」
「三つの壁が巨人で出来ているのはストヘス区で一部を見ただろうから知っているね? あの壁は巨人が作ったんだ。この空間も同じようなものだということだよ」

 やはりゲデヒトニス家はレイス家同様、人類に開示されていない情報を持っていることを改めて確信する。
 それを騙されたとは思わない。裏切られたとも思わない。
 ただ、納得した。

「アルト様。それは一体……何のためにですか?」
「これから行われる儀式のためさ」

 儀式?

 詳細がわからないけれど不穏なものを感じて、我が身を顧みる。

「この縄、解いて下さい」
「縛られて窮屈だろうけれど我慢して欲しい。こっちにも都合があってね」

 要望をあっさり却下するアルト様は少し眠そうだった。服装もさっき会った時と変わらない。つまり私が気を失ってから半日も経過していないらしい。気絶とはいえ休息させてもらったおかげか、私の身体は全快でなくても概ね回復していることが救いだった。

「――なぜ私がここへ連れてこられたのでしょう。……アルト様もどうしてここに?」
「君も僕もこの場にいるべき存在だからだよ」
「その娘に関して私は一切認めていないがな」

 ロッド・レイスの冷ややかな声にアルト様が首を傾げる。

「どうして? レイス家の現状を考えると歓迎すべきだと思うけれど?」
「この娘の存在をお前たちは二十年近く黙っていた。何か裏があるんじゃないか」
「ウーリおじさんやフリーダは知ってたよ。二人がいなくなってロッドおじさんにも教えようと思ってたけれど保身に走るばかりで忙しそうだったから。大変だったよね、『力』を『どこかの誰か』に奪われたのにまだレイス家が所持している振りをするのは」

 何の話をしているのか全然わからないけれど、アルト様が相手の神経を逆撫でしているのはわかる。
 案の定ロッド・レイスは表情を険しくして、

「継承するのはヒストリアだ」
「それでいいんじゃない? リーベにするなら僕は反対だし」

 とりあえず誰にも注目されないうちに拘束する縄を少しでも緩めようとしたら、私の様子に気づいたケニーが近づいて来て、呆れたように口を開く。

「やめとけ。あんまり暴れんなよ。どうせ解けねえんだ。『絶対に解けない紐の解き方』を知ってるなら話は別だがな」
「君にしては面白い話を知ってるね。『彼女』から聞いたのかな?」

 悠然としているアルト様にケニーが舌打ちする。

「お前は何しに来やがった。レイス家だけの大事な儀式だろ?」
「伊達に《ゲデヒトニス》が名へ冠されているわけじゃないということだよ。まあ、僕の立場や役割をケニーに理解してもらう必要はないけれど」
「そりゃあ大変そうだな。辞めちまえばいいのに」
「壁の外へ身を投げた母のように僕は科せられた役目を放棄しない」
「あ? 風で落ちたかもしれねえんじゃなかったか? 死人に口なしだ、実際どうだったかわからねえだろ」
「壁の外へ逃げたという点では同じだよ。幼子を残してやることじゃないよね」

 そう話すアルト様の顔は見えなくて、どんな表情をしているのかわからなかった。

 一体これから何が行われようとしているのか。

 とりあえず今の私に許されているのは縛られたまま転がっていることだけらしい。

「…………」

 さて。

 ここからどうしようか。


(2016/09/15)
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