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彼らの会話

『あなたが《切り裂きケニー》ね。ウーリに教えてもらったの。前はたくさんの憲兵を殺していたんでしょ? その腕を見込んでお願いがあるんだけれど』
『失せろ。俺は忙しいんだ』
『机に足を乗せて椅子で舟を漕いでいるくらい忙しいなら人殺しなんて片手間に出来るんじゃないかしら』
『人殺しを職にしたことはねえよ。仕事に人殺しが付随するのはよくあるがな。――頼みを叶えてやる気なんざ微塵もねえが時間潰しに聞いてやる。お前は誰を殺して欲しいんだよクソ女』
『ええと、壁の外にいるんだけれど――』




『彼女に会ったのか、ケニー』
『ろくでもねえ気狂い女だったな。壁の外には巨人しかいねえだろうが。ウーリ、お前だって巨人だけどよ。あいつは何だ。知り合いか?』
『彼女は壁の中へ逃げて来た。私が楽園を築けなかったこの場所で過ごすことが幸せだと笑ってくれた』
『あ? おいおい、ちょっと待てよ。あいつはどこから来たんだ?』
『壁の外だ』




『ねえケニー。あなたには子供がいるの? どんな女が産んだの? あなたに似ている? 子供の名前は?』
『うるせえな。俺にガキなんざいねえよ』
『じゃあ一緒に暮らしている子供の名前』
『……リヴァイだ』
『とても強そうな名前ね』
『はあ? どこがだよ』
『だって神様が五日目に作った生き物の名前に似ているわ』
『何だそりゃ』
『ま、単なる偶然よね。そもそも名前に意味を求めるなんて馬鹿らしいと思うし』




『一度この三人でお茶会やってみたかったのよ。面白い形の葉を見つけたからきっと美味しいに違いないわ。ウーリ、どう?』
『確かに面白い形だがこれは毒草の茶だね。ケニー、吐いた方がいい』
『ぐえええぇぇぇ……っ!』




『そういやお前、壁の外から来たって? 巨人か? チビな巨人がいたもんだな。何にせよ、こんなクソみてえな壁の中へ来るとは驚きだ』
『善し悪しの基準は見方によって違うだけでしょ?』
『つまりお前は壁の中の方が綺麗だとでも思ったのか』
『馬鹿ねケニー、人間なんて総じて汚くて醜いのよ? それなのに自分は綺麗だって言ってのける連中にあたしは我慢ならなくなっただけ。咎人たちを裁く権利ばかり振りかざす、傲慢な連中に嫌気が差したのよ。正しさを貫くことだけが正義だとあいつらは思っているから。一体何様なのかしら。そんなに自分たちが偉くて崇高だとでも思っているのかしら』
『…………』
『うまく壁の中に入れるか心配だったけれど、酔っ払った兵士が適当に見逃してくれて助かったわ』




『中央憲兵の仕事には慣れたかい?』
『まあな』
『彼女と過ごす時間はどうかな?』
『最悪だ』




『知り合いがシガンシナにいるから行ってみたけどろくでもなかったわね。今日はケニーと過ごせば良かった』
『ふざけんな。お前に構っていられるほどこっちは暇じゃねえ」
『でもカルラって女は悪くないわ』
『善し悪しの判断基準は何だよ』
『そりゃあ色々あるけれど……そうね、例えばあたしの名前を一度で覚えられるかどうかとか』
『……俺、そういやお前の名前知らねえわ』
『当然でしょ、教えてないんだから』
『言ってみろよ』
『教えなーい。どうせケニーは覚えられないわよ』




『あいつ、お前の兄貴には何でああも辛辣なんだ?』
『確かに彼女はロッドを嫌っているね。どうやら彼女の名前を一度で覚えなかったことが原因らしい』
『じゃあお前は一回で覚えたのか?』
『ああ』
『……俺、あいつの名前知らねえのに懐かれてるのはどういうことだ? そもそも名前教えられたこともねえし』
『名前を教えたらケニーが覚えられないことを案じているのだろう』
『はあ? 何笑ってやがる。気味悪い』
『お前を嫌いになりたくないんだね、あの子は』




『雨ね』
『雨だな』
『ずぶ濡れね』
『ずぶ濡れだな』
『……あたし、昔はもっと背が高い女になりたかったんだけど』
『お前はチビだもんな』
『でも、これくらいで良かった』
『ああ? 何でだよ』
『だってケニーのコートの内側で雨宿りが出来るから。これって素敵なことじゃない?』




『彼女が攫われてしまった』
『そりゃ大変だな。俺は帰って寝ていいか』
『お前は心配すると思っていたが』
『自業自得だろ。あいつが弱いのが悪い』
『首謀者はゲデヒトニス家だ。ケニー、助けに行って欲しい』
『火薬しこたま抱えてる物騒な家か。あいつのどこがいいんだろうな』
『彼女の力を把握している』
『は? あいつに力なんざねえぞ。非力で無力そのものじゃねえか。大体なあ、あの家が邪魔ならお前の力で潰すなりすればいい話だろ』
『無理だ。守るべき秩序というものがある』
『笑わせんじゃねえよ。その秩序ってやつのために俺らアッカーマンは迫害されて来たし今も俺は毎日ナイフ振ってんだぜ?』




『あんなに燃えちゃって、あの家は大丈夫かしら』
『クソが。少しは俺の心配しやがれ。あのろくでもねえ家の連中に右腕と左肩に二発、腹にも一発撃たれてんだぞ俺は』
『ケニーはこれくらいで死なないわよ』
『死んでたまるか。おい、いい加減俺の背中から降りて一人で歩け』
『嫌よ。監禁されるのも疲れるんだから。昔からされてても馴染めないわ』
『あ? お前、壁の外でも閉じ込められてたのか?』
『戻ったらウーリに色々相談しなきゃ』
『おい』
『気になる? ケニーはウーリが好きだもんね』
『気色悪い言い方はやめろ』
『さて、じゃあケニーとは底が浅くて中身のない下らない話をしましょう』
『どうせ俺に頭はねえよ』
『わかってないわね、意味のないことだから素晴らしいのに。だって人間の存在自体が無意味でしょ? 世界は人間なしに始まって人間なしに終わるに違いないんだから』




『ウーリ、あいつと何話してたんだ?』
『今日は絶対に解けないように結ばれた紐を解く方法についてだ』
『は?』




『見て見てケニー! フリッツ王家のパレード!』
『うるせえ、そんなにはしゃぐと落とすぞ。ガキかよ。あのチビの方がよっぽど大人しいぜ』
『あっはっは! 偽物の王が馬鹿みたいに飾りたてられてふんぞり返っているなんて滑稽ね! 見てよあの無駄な――』
『黙れえええ! でかい声で余計なこと言うんじゃねえ!』




『二人とも機嫌が悪い。何か喧嘩でも?』
『地下街に行きてえってうるせえんだよ』
『連れて行ってあげればいいじゃないか』
『けっ、王様は簡単に言いやがる。あそこは汚ねえ上に危ねえし――』
『…………』
『何だ』
『いや、随分と彼女を大切にしていると思っただけだ』
『…………ウーリ。お前、あの女をどう思ってやがるんだ』
『私たちの間にあるものは友愛と感謝だよ。――そうだ。少し意地悪なことを訊いてみようか』
『あ?』
『もしも私と彼女が対立することになればお前はどちら側に付く?』




『ケニーは力を信じているんだっけ?』
『ああ。お前は?』
『この世界で信じるに値するものはないわ。だけど、そうねえ……「愛を信じてみたい」とか言ってみようかしら』
『お前は誰のことも愛しちゃいねえだろ』
『大好きよ、あなたもウーリも。ただ、愛が世界を救うことなんて有り得ないし愛は無力だわ。生きる上で愛以外にも、愛以上に必要なものはたくさんあるし――だからこそ意味があるんだと信じたい』
『……信じたい、ってことは信じてねえんだな』
『ええ、その通り』




『最近お前らが一緒にいるのを見ねえな』
『近頃は夜に会うことが多いから』




『どっか行ってたのか?』
『シガンシナの知り合いのところ。最近調子が悪いから診てもらったの。そいつ医者だから。――それで、子供がいるんだって』
『は? その医者にか?』
『違う。あたしによ。子供が出来たわ』
『はあ!?』
『どうせ産むならケニーの子供でも良かったんだけどね。でも、あなたの子供だとあたしは殺せない気がしたから』




『ガキの父親はお前だろ、ウーリ。バケモンでも勃つんだな。王様にガキが出来たとなればお前の兄貴がうるせえんじゃねえか』
『重要なのは誰が父親かではない。母親が彼女だということだ』




『お前が何してえのかわかんねえよ』
『人が他者を理解するのは2000年くらいかかるものじゃないかしら。簡単にわかるだなんて思わない方がいいわ』
『そう言うお前は誰か理解出来てんのか』
『理解に苦しむ連中ばかりよ。あなたもね、ケニー』
『俺?』
『あなたってば大事なことの土壇場で詰めが甘いから。信じるべきでない人間を信用するなんて、どうかしているわ。そういえばウーリを襲った時だって未遂だったらしいじゃない』
『……壁の内側に巨人がいるとは思わねえだろ』




『俺の妹は父親が誰かもわからねえガキを産むっつって聞かなかった。産んでからは大層大事にしてたってよ。あいつとは大違いだ』
『彼女の子を哀れに思うならお前が慈しむといい』
『ふざけんな。何で俺が。哀れなガキなんざ地下にいくらでもいるだろ。それに……俺は人の親にはなれねえよ』
『そんなことはない』
『簡単に言ってんじゃねえよ』
『難しく言う必要はないだろう』




『顔色悪いな。寝てろよ』
『そうするわ。――カルラがはりきってるのよね。名前とか考えてあげなさいって。そんなのいらないのに』
『殺す気だもんな、お前』
『しかもこう言うの。子供は生まれて生きているだけで充分なんだって』
『……俺の妹もそうだった』
『ふうん。ね、ケニーの妹ってどんな名前?』
『……クシェルだ』
『綴りは、ええと――Kuschel?』
『それがどうした』
『別に。名前なんて単なる記号に過ぎないわよ。でも、わかるわ。きっとさぞかし慈悲深い子だったんでしょうね。彼女の子供は愛されるために生まれてきたのよ』




『彼女がここにいない時、どこへ行くと思う?』
『シガンシナだろ。知り合いがいるんだとか』
『そうだ。しかし私たちはそれ以上のことを知らない。恐らく逆も然りだ。「向こう」は我々の存在を把握していないだろう。つまり彼女は意図的に情報を切り離している』
『どういう意味だ?』
『北のレイス領、南のシガンシナ。それぞれの土地で彼女は動いている。私たちの知る彼女がシガンシナで過ごす彼女と同一とは限らない』
『カルラってヤツと交流があるみてえだぜ。……尾けてやろうか?』
『いや、それはいい』
『あ? 何でだよ』
『この土地を「楽園」と呼んでくれた彼女だ。――せめて「ここ」では自由でいて欲しい』




『いつか、あらゆる策が尽きてどうにもならなくなった時、あたしの子供を殺せばいい。この血筋はアッカーマンのように武力に秀でているわけでもなければ、レイスのような血統とも異なるわ。生まれて生きて死ぬことに意味はないけれど、命を捧げて死ぬことで意味が生まれる。だから首尾良く事を運べば世界くらい引っくり返せるの』
『よくわかんねえ話だな。殺しただけで何がどうなるんだ?』
『それは殺してからのお楽しみ。信じてくれるとは思わないけれど』
『信じるぞ。その方が面白い。……だがそれを俺に教えてどうする。ガキはお前が殺すんじゃなかったのかよ』
『殺す前にあたしが死ぬかもしれないでしょ。その場合はケニーに譲りたいと思って』
『驚いた。自分がくたばることを考えてやがるとはな』
『生きるということは死を含めて成り立つから』
『……なあ。血が要ならガキだけじゃなくお前にだって「それ」は流れてるだろ。……お前を今ここで殺せばどうなるかわかるんじゃねえか?』
『そうね。でも、ケニーはあたしを殺してくれないでしょう?』




『世界は繋がっている。混沌と秩序がせめぎ合う中で隔たれていても。壁の内側と外側、地上と地下のように』
『何が言いてえんだ』
『なぜこの世界に巨人はいるのか。三重に囲まれた壁はどのように作られたのか。人類が忘れた世界の記憶とは何か。レイス家のこと、そして彼女は何者なのか。――あらゆる疑問もすべて繋がっているということだ』




『馬車が来たぞ』
『うう、この距離歩くのも辛い……』
『抱えてやるから乗れ、ほら』
『あ、マント忘れた。カルラが作ってくれた臙脂色の』
『ったく、前からちゃんと荷造りしろっつっただろうが。一回下ろすぞ。取ってきてやる』
『ううん、今回は置いて行くわ。それより、このままケニーがシガンシナまで運んでくれない?』
『ふざけたこと抜かしてんじゃねえ』
『はいはい、言ってみただけよ。ゆっくり下ろしてね。――じゃあ行って来るわ』
『おう、さっさと産んで来い』
『ケニー』
『何だよ』
『帰って来たら、あたしの名前教えてあげる。だから一度でちゃんと覚えてね』




『……死んだ? あいつが?』
『出産によって命を落とすことは珍しいことではない』
『……ガキの方も死んだのか』
『子供は生きている』
『……殺そうとしたガキに殺されたみてえなもんじゃねえか。あいつが弱いから死んだってことだろ』
『お前がそう思いたいならそう思うといい』
『…………』
『……子供を殺して得た力で何を遂げたいのか訊いたことがある。彼女は教えてくれた。ケニーの望む世界にしたいと』
『…………は?』
『お前が彼女と出会う前から、彼女はお前を見つけて見ていたよ』
『…………』
『彼女はお前のために生きたかったんだ』
『……死んじまったら元も子もねえだろ。何が俺のためにだ。……俺が望むことくらい、俺が自分でやる。あいつの手を借りるまでもねえってのに……馬鹿な女」
『ケニー……』
『……ガキはどこだ。俺がそいつを殺したら、少なくともあいつは満足するってことだろ。約束したんだ。あいつが殺せなかったら俺が――』
『居場所は突き止めた。だが教えるわけにはいかない。ケニー、お前は言ったはずだ。私と彼女が立場を違えた時、私を選ぶと。ならば彼女の子供を殺さないと約束して欲しい』
『……そいつが自分のガキだからか?』
『関係ない。私はただ、お前と出会えたあの時のような奇跡を信じたいからだ』




「アッカーマン隊長、時間です」
「おう、すぐ行く」
「充分に仮眠は取れましたか」
「昔の夢を見てた」
「それは良かったですね」
「いいわけねえだろ。ろくでもねえ夢だったんだからな」
「では外でお待ちしています」
「ああ。………………リーベ、か。どこの誰が名付けたんだか。母親じゃねえことだけは間違いねえ。――ったく、ろくでもねえ母親から産まれた上にどっかでこじれた話を信じている哀れなガキだな、お前は。自分を何も知らねえ。知ったところで信じるかは別問題だがな。考えてもみろよ、お前を殺したら世界をひっくり返せるだとか冗談みてえな話だろ? ……なあリヴァイ、お前が惚れた女を殺せばどんな状況からでも形勢逆転だ。もしもすべての手段もあらゆる可能性も断たれた時、そいつが隣にいたら――お前は殺せるか?」


【上】(2016/05/04)
【中】(2016/06/03)
【下】(2016/07/02)
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