Novel
入隊試験

 永遠のような一瞬が過ぎて、

「彼女から離れろ、ケニー」

 耳に届いたのは聞き覚えのある声だった。

 見れば、開かれた扉からこちらへ――ケニーと呼ばれた男へまっすぐに向けられる銃口があった。

「何だよ、別に何もしちゃいねえよ」

 舌打ちと共に私の首筋へ触れていたナイフが離れる。

 そこでようやく自分が呼吸を止めていたことに気づいた。痛いくらいに心臓が鳴っている。苦しい。
 息を整えながら、私は現れたその人の名前を呼んだ。

「アルト様……」
「やあリーベ、会えて嬉しいよ」

 穏やかな笑みを浮かべるアルト様はケニーと呼んだ男へ銃口を向けたまま背後の扉を閉めた。

「ケニー、僕の婚約者だ。可愛いだろう?」
「そうかあ? 物好きだな」

 私は二人を交互に見てからアルト様に訊ねる。

「お知り合い、ですか?」
「うーん、あんまり知り合いたくないタイプの人間だけれどね」

 私の隣に立ち、銃を下ろしたアルト様が言った。

「リーベ、彼はケニー・アッカーマン。中央憲兵対人制圧部隊の隊長」

 アッカーマン?

 ミカサを思い出したが――同じ姓であることは単なる偶然だろうか。

「ほら。ケニーといえば昔に流行った都市伝説を覚えていないかい?」
「都市伝説……」
「捕らえようとした憲兵100人の喉を掻き切った都の大量殺人鬼の話」
「あ」

 前にナイルさんが言っていたっけ。アニ拘束作戦の際にひとりでいた私に話してくれたはずだ。

『《ストヘス区の悪魔》然り《切り裂きケニー》然り――』
『《切り裂きケニー》とか昔に流行った都市伝説じゃないですか』
『実際にいたんだよ、ヤツは!』

 まさか、本当にいたなんて。

「ナイルさんが言ってた通り……」
「ん? ナイル師団長かい? 彼は存在を把握していても正体までは把握していないだろうけれどね」

 こちらの会話を余所に都市伝説の殺人鬼は我が物顔で師団長の椅子に座る。私がさっき拭いたばかりの机の上に長い足を乗せていた。

「それで、あの……どのようなご関係で?」
「ゲデヒトニス家は彼ら対人制圧部隊に助力しているんだよ。ウーリおじさんのお願いで《王の火薬庫》として引き受けたんだ」
「ええと、どなたですか?」

 知らない名前が出てきたので聞き返せば、不思議そうな顔をされた。

「あれ? リーベは会ったことなかったっけ? ――それとも忘れてしまっているのかな」

 考え込むように顎へ手を当てて、肩をすくめる。

「まあ、今はいいか。それより見せたいものがあるんだ。ケニー、もう『こちら側』へ来てくれたんだし構わないよね?」
「駄目だと言っても見せるんだろうが」
「当然だろう? 誰が『装置』を作ったと思っているんだい?」
「へーへー、わかってるっての。――まあ、俺も用があるからな。都合が良い」

 立ち上がった黒い影に、アルト様は続けて言った。

「それから念のために言っておくけれど、この子に手を出したら許さないからね?」
「ああ? 何言ってやがる。んなことするかよ。俺は――」

 鋭い目つきで私の全身をじろりと眺めたかと思うと蔑むように笑った。

「硬い肉は好みじゃねえからな」

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
 だが意味を理解した次の瞬間、私は銃を抜いてケニー・アッカーマンの眉間を躊躇なく撃った。

 最低だ。最低すぎる。

「――おいおいおいおい、図星だからって怒るなよ。帽子に穴が空いちまったじゃねえか」

 しかし間一髪でかわされた。帽子が吹っ飛んだだけだ。
 私は再び狙いを定める。今度こそ命中させようと撃鉄を起こした。

 それを見たケニーはおどけたように両手を広げて、

「何だよ。別に気にするなって。若けりゃこれからいくらでも男を――」
「それ以上彼女を侮辱するならゲデヒトニスは対人制圧部隊と手を切る。『装置』の点検も製造もすべてだ」

 私と同じように拳銃を構えたアルト様の低い声にケニーが首を竦める。

「冗談も通じねえのかよ。お前らつまんねえな。わかった、わかったよ、悪かったって。これでいいんだろ?」
「…………」

 会話を続けることが馬鹿らしくなって、私は銃を下ろす。アルト様も懐へしまった。

「さっさと行くぞ」

 ケニーが帽子を拾って歩き出した。
 やれやれといった様子でアルト様も続いたので、私の足も動かざるをえない。一体どこへ行くのかわからないけれど。

 私の考えを見透かすようにアルト様が言った。

「中央憲兵の根城って呼ぶべきなのかな。そこへ行くんだ」




 憲兵団本部から離れてどれくらいしただろう。馬車に揺られてたどり着いたのは大きな館だった。周りには森や長い草の茂る拓けた場所があるだけで他には何もない。

「歓迎してやろう、ここが中央憲兵団本部。そして対人制圧部隊の訓練場でもある」

 ケニーの言葉を聞きながら馬車を降りる。

「アルト様、私に見せようとして下さるものは――」
「彼らが使う『装置』だけ見てもらっても良かったけれどね。ケニーがいるし、せっかくだから」

 さっきから話に出ている『装置』とは何だろうと思った矢先――遠くから銃声が連なって聞こえた。

 即座にジャケットの内側、両脇のホルスターから銃を抜いて構えると、安心させるようにアルト様が口を開く。

「大丈夫だよ。これが訓練だ」

 それから私をじっと見つめて、

「一体どこから銃を抜いたのかと思ったよ。さっきケニーを撃った時なんて全然見えなかったし。兵服を改造してあるのかい? 面白いね」
「…………」

 通常のベルトの脇部分へホルスターを装着することで拳銃を隠し持つことが出来る――『ハンジ班による兵服改造・その1』だった。

 それはともかく、周囲を警戒しなくていいとは一体どういうことなのか。

 訊ねる前に今度は聞き慣れた音が耳に届く。ガスを吹かす音だ。兵士が立体機動装置を操作しているのだろうか?

 それは正しくも、甚だ間違っていた。

「これは……」

 立体機動装置にして立体機動装置に非ず。

 武器はブレードではなく銃を。
 ガスの推進力とアンカーを使って移動する構造は同じだが、射出部位は腰ではなく腕。装置を構えるのは背中。腿にはブレードの鞘ではなく弾丸――装填済みのバレルごと装着している。

「これが対人立体機動装置さ」
「つまり……対巨人用の立体機動装置を対人用に作り変えた……?」

 こんな組織があったなんて。
 こんな武器が発明されていたなんて。

 確かに敵は壁外だけではなく内側にも存在しているとわかっていた。
 でも、ここまでだとは思わなかった。

「どうだい、リーベ?」
「……私に憲兵団への入団許可が下りた『本当の理由』がやっとわかりました」

 もっと深く考えるべきだったかもしれない――私のような人間が勧誘される意味を。

 ここに集うのはその精鋭になるのかと焦りを感じながら訓練風景に目を凝らせば、

「……あれ?」

 そこで違和感に気づいた。

「アルト様」
「何だい?」
「これは本当にゲデヒトニス家が造ったものですか」

 私の疑問にアルト様は声を上げて笑った。

「何を言いたいかよくわかるよ。さすがだね、リーベ」

 アルト様が嬉しそうにしていると、ケニーがそばへ来た。

「おい、そろそろ始めるぞ」
「何を?」

 私が訊ねれば冷たい双眸に見下ろされる。

「入隊試験だ」

 その言葉にアルト様が声を上げた。

「冗談じゃないよ。君みたいな野蛮な人間が率いる集団にリーベを入れるもんか」
「安心しろ。そんな大口径を片手でぶっ放す女はすでに野蛮だ」

 穴の空いた帽子を押さえながらケニーが続ける。

「お前が訓練兵時代にやったものと同じだ。撃つか撃たれるかのバトルロイヤル。こっちは対人立体機動装置を装備した対人制圧部隊の約半数――50人が相手になる。弾一発でお前が何人を倒せるか知っているが、生憎ここに部下全員が揃っちゃいねえから仕方ねえ」

 こうして話す間にも銃声が聞こえてくる。かなり大きなもので、中央憲兵の本部がこんな辺鄙な場所にある理由がわかった。

「部下にルールを説明次第始める。その間に準備しておけ。装備は好きにしろ」
「質問。訓練兵時代と同じなら、お互い使うのは当たっても痛いだけの非致死性の弾丸?」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。――実弾だ」

 確認を取ればケニーが吐き捨てるように言った。

「力を示せ。それがすべてだ」

 そして部下を集めるために森の訓練場へ消えた。

 ため息をついたのはアルト様だ。

「君を仲間に引き入れたいのか死なせたいのか、わけがわからないね。付き合っていられないよ、帰ろうリーベ」
「……いえ、あちらの小手調べに応じましょう」
「そっか」

 アルト様がぱちんと指を鳴らせば、種類豊富な弾薬や銃に必要な道具一式と立体機動装置の入った鞄が御者によって運ばれて来た。私の荷物だ。いつの間に準備されていたのだろう。

「それなら君の装備はこれでいいかな?」

 いつも使っている立体機動装置とゲデヒトニス製の拳銃二挺。機動力も攻撃力も充分だろう。同時には扱えないが、問題点はそれくらいだ。相手が実弾を使用するそうなのでこちらも同様にする。
 この戦法なら鞘とブレードが不要だが、慣れないことはすべきでないと判断して通常形態のまま外さずにしておいた。いざとなればブレードは投擲に使える。命中させる自信はないけれど威嚇くらいにはなるはずだ。

「大丈夫です」

 立体機動での実戦は壁外調査以来だった。相手が人間になるとは思わなかったけれど。
 最近は慣らすように訓練をしていたとはいえ、準備体操と動作確認を念入りに行う。

「『あれ』の欠点も見越したみたいだし、リーベなら問題ないと思うよ。でも、さっき言った通り入隊はさせないからね」

 そう話すアルト様を仰いで私は考えた。

 この人は敵なのか、味方なのか。

 それとも――いや、今は目の前の敵に集中しよう。

 一通りの動きをこなしてから訓練場に立てばケニーが部下へ説明を終えたらしい。
 私をじろりと見下ろして鼻を慣らす。

「十五分後も生きていたら合格にしてやる。手足が一本でも消えてりゃ話は別だがな」

 転属初日からとんでもない場所へ来てしまった。
 でも、何日目だろうとやるべきことは決まっている。

 私は深呼吸をしてから顔を上げた。

「それでは始めましょうか」

 対人制圧部隊の半数である50人を前にして、まずは二挺の銃を左右それぞれに構えた。

「――全員、撃ち落とします」


(2015/08/09)
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