Novel
誓いはいつか果たされて

 850年、壁外遠征にて。

「リーベ、行け!」
「はい!」

 囮になったトーマさんの声を合図に私はアンカーを発射し、立体機動装置で飛んだ。耳元で風が唸る。ガスを吹かせ、巨人のうなじに狙いをつけてブレードで深く削ぐ。

「捉えた!」

 巨人の身体がぐらりと傾いで、そのまま地面へ倒れる。

「いいぞ、よくやった!」

 トーマさんの声を聞きながらそばにある屋根へと着地し、顔に浴びた巨人の血を腕で拭った。
 自分の持つ力を最大限に出せた瞬間は心が躍るものだが、気を抜くことなく次なる対象を定める。

「リーベ! 左に12m級だ! 行くぞ!」
「了解ですゲルガーさん!」

 前を飛ぶゲルガーさんが巨人から伸ばされる手を難なく躱して、太い足の腱をブレードで裂けば標的が転倒する。
 私はそのうなじへアンカーを射出し、ワイヤーを回収する。同時に身体の回転を利用して急所を削ぎ落とした。

「よし! これで討伐数は――」
「俺が補佐してやったからだ、感謝しやがれ!」
「いつか追い抜いてみせますよ!」
「んな日が来るか! 次はお前が援護に回れよ!」

 そんなやり取りしていると、ナナバさんがそばへ来た。

「楽しいお喋りを邪魔するようだけど、前線へ進もう」
「ミケ分隊長はどうした」
「ひとりで左翼側援護に行ってるよ、ゲルガー」

 分隊長を除くミケ班四人で集まっていると、四足歩行中だった奇行種が顔面から突っ込んで来た。
 即座に全員離脱して、私とナナバさんで両目を、トーマさんが膝裏を断ち切り、敵の体勢を崩す。最後にゲルガーさんがうなじを削いだ。

「ふう……」

 私は呼吸を整え、改めて周囲の状況を把握する。これで粗方の巨人を片付けた。ここからまた調査兵団は前進することができるだろう。

「行くよ」

 そしてナナバさんを先頭に屋根を駆け出した時、

「あ」

 私は少し離れた場所で二体の巨人を相手取ろうとしているひとりの兵士を見つけた。足を止め、援護へ向かおうと声を上げかけて――その必要はないことに気づく。

「兵長……」

 ほんの短い間に兵長は二体もの巨人を討伐してみせた。
 視線を奪われるその戦闘方法はいつだって華麗にして苛烈だ。とても人間技とは思えない。彼が人類最強とも呼ばれる理由は頷ける。

 ふと、地上で負傷した兵士を介抱するぺトラを見つけた。倒れている彼の出血の量はおびただしく、遠目でも危険だとわかる。
 そこへ近づくのは兵長だ。死にゆく兵士の手を握り、言葉をかけていた。

「俺は必ず! 巨人を絶滅させる!」

 彼の誓いは果たされる。
 そう、確信することが出来た。

『約束をしよう、リーベ』

 その言葉は力強く、揺るぎないと信じられるものだから。
 この上ない想いが込められていると感じられるものだから。

 兵長。
 あなたは私の自由そのもの。

 私が求めるものは、あなたにある。

「…………」

 私の想いはまだ、ちゃんと伝えてはいないけれど。
 言葉にしないまま、甘えてしまっているけれど。

 いつか、すべてを声にして伝えることが出来たらどうなるのだろう。

 何も、変わらないだろうか? 

 いや、そもそも伝えて良いのだろうか?

 だって私は――

「何を突っ立ってやがるリーベ! そんなに巨人の胃袋へ行きてえのか!」

 ゲルガーさんの声に私は気持ちを切り替え、すぐさま移動を再開する。

 トロスト区への退却をエルヴィン団長から命じられたのは、そのすぐ後のことだった。


(2013/09/28)
(2014/11/30)
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