「んー、予備の兵服ならいくつかサイズあるけど……君、身長は? 私よりちょっと大きいから175くらい?」
「最近測ってねえけど大体それくらい」
食事が終わってからハンジが俺に合う兵服を探す間、ふと隣のリーベを見下ろした。
「お前は相変わらず小さいな。140くらいか?」
「……150だよ。そんなに小さくない」
そんなやり取りをしてから借りた兵服に着替えて、妙な全身のベルトに苦戦しながらもリーベに手伝われてやっと装備出来た。兵服はともかく見慣れないベルトに、これは何だと訊ねても後でわかるとろくに教えてもらえなかった。
一息ついてからリーベに連れて行かれたのは最初に俺が落ちた訓練場だった。ほとんど森の中だ。こんなところで訓練になるのか?
「改めて紹介するけど、これが立体機動装置」
説明するようにリーベが示したその装置は、ここで訓練をしている兵士の大半が身に付けているものだった。
「使用用途は? 刃が装備されてるし、武器ってことはわかるけど……そもそも何を以て『立体』なんだ?」
「巨人と戦う武器だよ。名前の由来は――ほら、見て!」
顔を上げれば、何人かの兵士があっちの木からこっちの木へ装置を使って移動していた。飛んでいる。人間に出来る動きじゃねえ。さらに巨大な張りぼてへ回転しながら突撃していた。一体どうやっているのか、宙を自在に飛んでいる。ああ、そういうことか。わからないなりにわかったことがある。
「二次元的な活動範囲に高さが加わることで立体的な動きを可能にしているから、この名前なんだな」
「そうだよ、アンヘルが命名したんだから」
「俺が?」
リーベの手にある装置を見下ろす。
「ってことは……俺の発明?」
「正確にはゼノフォンとの合作、並びに後世の技術者たちの改良も含めてね」
立体機動装置の構造として、まずは腰の左右にアンカーが付いたワイヤー射出機。これを打ち出して標的へアンカーを突き立ててからワイヤーを高速で巻き取ることで空中移動が可能になっているらしい。さっき手間取った全身のベルトが身体を支える役割になっている。なるほど。これは市街地や森林、つまり高さのある物体を利用することで初めて活きる装置だ。平地じゃ無用の長物。だから訓練がこんな森の中なんだ。
そして剣の予備のブレードを複数収めた箱型の鞘の上にはガスボンベ。氷爆石を原料としたガスの噴射によって移動の加速と機動力を高めているらしい。操作はどれも剣の柄部分にあるトリガーによって行われていた。
動力源のガスがなくなったり、巨人にワイヤーを捕まえられたりすると一巻の終わりだ。欠点は少なくない。
だけど、
「それでも、巨人と戦えるんだ……!」
高揚する。ちゃんと時代と技術が進歩していることに胸が高鳴る。
これを使えば巨人との白兵戦に持ち込める。平地以外ならどんな環境でも高低差を無視した戦闘を展開出来る。
不思議な気分だった。この気持ちは元の時代に戻ったら忘れるんだろうが――俺がやって来たこと、やろうとしていることは未来に繋がってる。無駄なことじゃなかったんだ。
感慨に浸っていると、さっき張りぼてに向かって飛んでいた兵士のうち二人が近くに来た。そのまま俺たちの前へ着地する。リーゼントの男と、男か女かわからないヤツ。ハンジといい性別不詳が多いな。別にどっちでもいいけど。
リーベに紹介されて、こいつらの名前はゲルガーとナナバだとわかった。リーベと同じ班らしい。
「お前が技術班の新入りか! どれ、ちょっと飛んでみろよ、兵士でなかろうとまずは経験第一だ!」
「ちょっと待ってゲルガー、ある程度は腹筋と背筋鍛えてないと背骨折れるよ」
ナナバに軽く腹と背中を軽く何度か叩かれて、何やら確かめられる。
「うん、大丈夫かな、基本的な動きくらいなら」
早速基本動作の説明を受けてから見様見真似で剣の柄を操作する。理屈は理解しても、操作量の多さと絶妙な力加減に最初は戸惑ったが、どうにか呑み込む。
「じゃ、やってみろよ!」
なぜかにやにや笑うゲルガーに言われるまま、教えられた通りにアンカーを斜め前方の頭上へ出した次の瞬間――目の前に火花が散って、気が付いた時には地面に転がっていた。顔面、いや、全身が痛い。俺、どうなったんだ? 何が起きた?
「い、てえ……」
顔面を押さえて呻いていると、
「大丈夫!?」
リーベが駆け寄って来た。視界がはっきりしねえけど、それはわかる。
「……俺の顔、ある? なくなってねえか?」
「ちゃんとあるよ、目も鼻も口も」
全部どこかへ吹っ飛んだような感覚だった。まだ顔から手を離せずに押さえていれば、
「ぎゃはは! すげえ速さで木に突進しやがった! 初心者だと普通そうなるよなあ!」
やっと視界が鮮明なものに戻ると、ゲルガーが馬鹿笑いしてやがった。こいつ、これが目当てだったんだな。
「笑いすぎですゲルガーさん」
リーベが窘めてから俺に向き合う。
「いきなりガス吹かし過ぎたのと、ワイヤーを回収するタイミングが合わなかったんだよ。次はここを気をつけてやってみて」
「わかった」
リーベのアドバイス通りにやってみる。すると今度は木の枝に思いっきり腹をぶつけて、そのまま宙吊りになった。吐きそうだ。
「アンヘル!?」
リーベが地面を蹴って、立体機動で一気に俺がぶら下がる枝まで上昇した。無駄のない動きだった。俺の腕をつかんで、そのまま枝の上へ引き上げる。
「大丈夫? 打った場所は? 今のはアンカーを刺した位置がちょっと悪かったかな、片側ずつアンカー射出とワイヤー巻取りを繰り返して進むのが効率的だから、常に次の支点を確保するために――」
「ま、待ってくれ。も、もういい……」
この調子だと過去へ戻る頃には全身骨折している気がした。これくらいにしておいた方がいい。仕方ねえだろ。俺は兵士じゃないんだ。
「訓練兵が三年間訓練して身に付ける技術だろ? 兵士でもない俺がいきなり出来るとは思わねえよ」
「確かに姿勢制御とか叩き込まれるけれど、人類で最初に立体機動装置を扱って見せたのはアンヘルだから出来ないはずは――」
「それでもさ」
腹をさすりながら、俺は目の前のリーベに顔を上げる。
「俺、お前が飛んでるの見られただけで充分だよ」
するとリーベが首を傾げて、
「私? ナナバさんの飛び方が一番綺麗で、兵長の飛び方が一番速いのに?」
立体機動で動いているヤツらが誰が誰かはっきり言って見分けが付かない。まだ見慣れていないせいか、全員が充分速い。リーベだけ、やっと見分けて見つけられる。まあ、当然か。
「ああ。――お前が一番風に乗って自由に飛んでるように見えたから」
「…………」
するとリーベは何か考えるようにしてから、自分の立体機動装置を外した。そのまま枝の根元へ落ちないように器用に置く。
「アンヘル」
枝の上を歩いて来たかと思うと屈んで、俺と視線を合わせた。
「……ほんの少しでいいから私を信じてくれる?」
何言ってんだ、こいつ。
そんなの――
「――信じるよ、お前のことならいくらでも」
当たり前だろ?
お前を信じずに誰を信じるんだ。
「それじゃあ――」
リーベは俺を立たせて、くるりと背を向けた。
「私の右手に、右手のトリガー置いて」
「ああ」
「今度は私の左手に、左手のトリガー」
「ほら」
言われた通りにすれば、リーベはそのままカチャカチャとトリガーをいくつか確認するように動かした。俺の腰にある射出器も操作に合わせて時折動く。
「よし、多分大丈夫」
何が大丈夫なのか俺にはわからない。
「じゃあ次。私にしがみついて」
「は?」
「私の腰に腕を回して、ぐっと力入れて」
「何でだ?」
「いいから」
すぐ目の前にいるリーベの後ろから腕を伸ばす。距離が距離で、リーベの髪がくすぐったい。花と石鹸が混ざったみたいな甘い匂いがする。香水とは違う、多分こいつ自身の匂い。
「もっと腕に力入れて」
指示通りにすればほとんど抱きつく形になった。こうなると丁度いい位置にあった肩へ顎を乗せる。こいつ細いなあと感想を抱きながら、
「これでいいか? 恥ずかしいからもう――」
「絶対に、離さないでね。危ないから」
念押しされた。こいつ、何する気なんだ。
これからどうするのか訊ねる前に、
「じゃあ行くよ?」
「お前、何を――」
リーベが身体を前へ傾けた。当然、重心が前になって――枝から足が離れる。
「おい、ちょっと待て……!?」
引き留める前に俺の足も木の枝を離れた。当然、二人揃って落ちる。
「うわっ!?」
結構な高さだ。このまま着地するのは気が引けるどころか危ない。地面が一気に近づいて目を閉じた――次の瞬間、上も下もわからなくなった。内臓が、押し上げられるような感覚。そして全身のベルトに負荷がかかるのがわかる。俺の身体はどうなってるんだ?
「うわあああああああああああああ!」
思わず叫ぶと、
「舌を噛まないように!」
鋭い忠告に奥歯を食いしばる。リーベにしがみつく感覚だけが確かなものだった。
そこで気づいた。いつまで経っても地面に落ちない。目を開けて、そこで気づく。落ちているんじゃなくて、これは――
「と、飛んでる?」
「速度上げるよ!」
「おわ!?」
やっと理解した。俺の立体機動装置をリーベが操作していることに。アンカーを出したかと思うとガスを一気に噴出、ワイヤーを回収して目まぐるしい。
景色がどんどん拓けて、あっという間に横へ流れていく。視界で捉える間もない。
風になるってこんな感じなのか。
「どう?」
「すげえ……」
うまく言葉が出てこない。
「アンヘルが作ったんだよ」
「……信じられねえけどな。ほら、歴史ってそんなもんだろ。何が正しいのかわかったもんじゃねえ」
「そうだね。――でも、私が信じてる」
その言葉が、さっきの自分の言葉を指しているんだと気づく。
『信じるよ、お前のことならいくらでも』
少し笑った。今まで強張っていた顔がほぐれるのがわかった。
そう言われたら俺も信じるしかねえじゃねえか。――俺が、この装置を発明したんだ!
リーベが両腕を広げて、
「旋回するよっ」
そう言われても、困る。焦るしかない。
「俺はどうすればいいんだ!?」
「左足重心で、バランス取って!」
「バランス!?」
わかんねえよ!
その時、目の前を巨大な影が飛び出して来た。思わず叫ぶ。
「巨人だ!」
「張りぼてだよ」
リーベは冷静に俺の腰からブレードを抜いた。そのまま構える。
「行くよ!」
「のわあ!?」
俺、さっきから情けねえ悲鳴しか上げてねえ気がする。
「こうやって、巨人を倒すの」
巨人の張りぼてから一部を鋭く削ぎ落としたリーベに俺は訊ねる。
「どういうことだ?」
「巨人の弱点はうなじ部分にある。そこを削げば、活動停止して巨人の身体は蒸発して消え去る」
「そうなのか!?」
俺の時代じゃまだそんな弱点は発見されてない。この情報は収穫だと思って、すぐに意味のないことだと思い出した。帰ったら忘れるもんな、俺。
「いつ発見されるんだ、その弱点は」
「……アンヘルが証明したことだよ、これは」
ほんの少しだけ、そう話すリーベの表情が気になって――それどころじゃなくなった。次の張りぼてに向かって一直線に突っ込んだからだ。
「ぶつかる!」
「大丈夫、ぶつからない」
俺の悲鳴に、楽しそうにリーベが笑った。
「じゃ、今度は宙返り行くよ?」
「あいつら、どんな関係なんだ? ナナバお前知ってるか?」
「ハンジに聞いた話だとリーベの昔の知り合いで恩人なんだって」
「『恩人』ねえ。だからああいうことも出来るってか」
「立体機動の二人乗りは珍しくないとはいえ、あれじゃアンヘルが腕を離したらリーベ、一巻の終わりだよね。危ないよ」
「そんだけ信頼してるってことだろ。――随分とまあ、楽しそうじゃねえか」
(2017/05/26)
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