It's time after time -785-
「――おじさん、アンヘルおじさん!」
「……ん、ローザ?」

 いつの間にか寝ていたらしい。椅子で眠ったせいか、身体の節々が痛い。

 だがそれ以上に、頭が重い。

 手で額を押さえていると、

「どうしたの? 大丈夫?」
「ああ。……夢を見てただけだ」
「どんな?」
「――俺が、未来の時代へ行く夢」

 目蓋が重い。まあ、目を開けたところで、今の俺にはもうほとんど何も見えねえけど。

「未来?」
「そうだ。立体機動装置が、今よりずっと改良されている時代で……兵士はそれを装着して訓練してた。俺が発明した装置ははっきり言って欠陥品だが、それを多くの兵士が使いこなしていたんだ」

 立体機動装置と名付けた発明に伴う巨人との戦闘で両目が不自由になって、もうすぐ十年と少し。発明王は、とっくに引退。今はマリアの家で一緒に暮らしている。

 目を開けていても視界は真っ暗じゃない。何もかもがぼやけているだけだから明度やおぼろげな色なら判別出来る。目の前に誰かがいるなら大体の位置も。

「あんなに鮮やかな世界は久しぶりだった」
「それって予知夢じゃない? おじさんが作った立体機動装置が、復活するかもしれないね」

 ソルムとマリアの娘、ローザはマリアに似て美人らしい。そして中身は――

「マリアに聞いたぞ。お前、訓練兵になるんだって?」
「そう、調査兵団に入る」

 凛とした声で、そう言った。まっすぐな響きに懐かしさを感じてしまう。

 ソルム、お前の娘らしいと思うよ。

「私の中に流れる父さんの血が、誘ってくれているような気がするの。それに――」

 ローザは不服そうだった。見えなくてもわかる。

「せっかくおじさんが巨人の弱点を発見したのに、このまま何もせずに壁の中へ閉じこもるなんて――」
「違う。俺じゃない」

 すぐに否定する。

「巨人の弱点を発見したのは、ソルムだ。お前の父さんだよ」

 ローザだけは、ちゃんと理解してもらわねえと。その一心で伝える。

「そっか。おじさんは父さんが見つけた弱点を証明したんだよね」
「…………」

 ため息をついて、考える。

 立体機動装置――これからどうなるんだろうな、あれは。現段階の縦軸にしか移動出来ないんじゃ話にならない。もっと自由に動けるように、そしてそれを扱えるように兵士自身にも訓練を受けさせて、夢で見た未来のような形にいつかなればいいとは思うが現実は難しそうだ。

 最近じゃゼノフォンが工房長になっただとかで、何かが起きる気はするんだが。

「他には? 夢で見た未来には何があったの?」

 ローザに促されて、思い出す。

 子供の頃を知っていても、成長した姿は知らないはずの、女のことを。

「……昔、助けたガキが、俺と同じ歳になってて……すげえ強くてさ、俺は守られてばかりで……俺は力不足で、ガキだった。あいつの方がよっぽど大人だった。いや、あいつにだって子供っぽいところはあったんだが」
「んー、よくわからないけど、もしかしてリーベって人のこと? 未来の時代から来たって母さん言ってたよ」

 ローザの勘の良さに驚いてから俺は頷いた。

 リーベ。俺が遺した『何か』が――例えば今よりもずっと改良された立体機動装置がお前の時代へ続くものになれるといい。

 夢を思い出すと顔が綻ぶのがわかった。完全な、理想とする立体機動装置で空を飛んだことを思い出すと最高だった。

 単なる夢だったかもしれない。

 でも、きっと夢じゃない。

『アンヘル』

 こんなにも、優しくて力強い声が何度もよみがえるから。

 また会えるよ。きっといつか。どこで、どんな形になるかわからねえけど。

「あ、そうだ。未来と言えば――」

 ローザが楽しげに声を上げた。少し嫌な予感がした。

「未来に、手紙を書いて届けようと思って」
「は? 何だそれ」
「素敵だと思わない? 命名『タイムカプセル』」
「どうやって未来に手紙を届けるんだ」
「それはね――」

 ローザのやり方を聞いて、俺は呆れた。

「そんなやり方じゃ夢を詰めたところで悪夢になるだろうな。温度や湿度を管理しねえと酸化による劣化が考えられる。他にも埋設地の目印の腐朽や紛失が――」
「そう言うならちゃんとした保管方法教えてよ、おじさん」

 ローザがむっとしたように言ったので、俺は適切な方法を伝えた。ローザは熱心に紙へそれを書いたようで、

「わかった。これでやってみる」

 それからふと思いついたように、

「おじさんも書く?」
「今の俺に文字が書ける思うか」
「長くなくていいんだよ、短い文で」

 そう言いながら俺の手に無理やりペンを持たせる。俺はすぐにそれを離して、

「ちょっと待て、お前みたいな子供がやるのはいい。でもな、俺みたいな――」
「みそじ?」
「そうだ、三十路がやることじゃない」
「はい、紙とペン」

 また無理やり手に握らされた。今度は紙と一緒に。

「そもそも誰に宛てて書くんだよ」
「未来の自分に」
「俺の目じゃ読めねえだろ」

 そこでローザが少し考えて、

「リーベって人に書いたら?」


(2017/08/27)
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