医療班の許可を得て、自室で鏡を見ながら頭の包帯を外す。縫うことはなかったから大した傷ではなかったけれど、
「頭って、ちょっと切るだけですごく血が出るし……」
特に傷跡が目立つことはなかった。というか、どこに傷があったのかもうわからないくらいだった。回復力があるのはいいことだ、と自分の身体を褒めたい。
顔のガーゼも数日前から外している。こちらも完治。
「…………治っちゃった」
怪我をしたかったわけではないし、治って欲しくなかったわけじゃないけれど、勲章のようなものだった。
だから少し、寂しいのかもしれない。
アンヘルがいた証をなくしてしまったように思えるから。
「……なくなるわけ、ないのに」
忘れない。忘れないよ。
ずっと、覚えてるから。
時間を確認してから部屋を出て、技術班の工房へ向かう。まだ日の出前の時間帯なのに人影があった。
「おはようございます、ソルムさん」
「あ、おはよ、リーベちゃん!」
「先日頼んだものをお願いします」
「これだね? まいどありー!」
お金を支払って、氷瀑石から抽出したガスが詰まったボンベをソルムさんから受け取る。
「自主訓練にお金払ってやってんの? リーベちゃんは偉いね」
「いえ、訓練ではないので、これは」
「ふーん? じゃあそれで何するの?」
「立体機動装置に使用することに変わりはないんですけれど……好き勝手に飛ぶんです。巨人のことなんか考えず、ただ自由に」
私が翼を得るのは兵士として戦う時だけだけれど、それを忘れて飛んでみたかった。
立体機動装置という名の翼を広げ、風の声を聴くあの瞬間にすべてを委ねてみたかった。
「いいね、楽しそうだ!」
ソルムさんは面白がってくれた。
「誕生日なので、やりたいことしようと思って」
「それ最高、そして言い遅れたけど誕生日おめでと!」
「ありがとうございます」
お礼を言いながらガスを立体機動装置へ装着していると、
「リーベちゃんにとってあいつは何だったの?」
唐突に訊かれた。
あいつ、が誰を指すのかすぐにわかった。だから答えることにする。
「恩人で、初恋の人です」
「ふーん……って、へえええええ!? そうだったんだ……!」
少し赤くなりながら目を輝かせたその反応に、私は自分の唇の前へ人差し指を当てる。
「内緒ですよ?」
「了解!」
それからソルムさんが少し考えて、
「初恋を叶えようって思わないの?」
「そうですね、もう会えないので」
「知り合いなのにもう会えないの?」
「はい。ちょっと、遠い場所にいるので」
「会いに行こうと思わないの?」
その言葉に、少し考えてしまう。
『一緒に来るか? 過去の時代に』
嘘でも嬉しかった。ああ言ってもらえたこと。十二歳だった私が聞きたくて聞きたくて仕方なかった言葉だったから。
でも、その言葉に頷いて応じることは、アンヘルが望んだ未来を否定することになってしまうから。
私はもう、十二歳の子供じゃないから。
「――アンヘルが成し遂げた未来を見届けたいんです。きっとそれは、一緒にいることよりも、彼を幸せに出来ると思います。……だから私は『ここ』で戦います」
するとソルムさんが何度か瞬きして、
「同じこと言って……似た者同士だなあ……」
よくわからないことを呟いた。
私が首を傾げるとソルムさんは笑って、
「何でもないよ。アンヘルとリーベちゃん、すっげえお似合いだったけど――それなら、二度目の恋は叶うといいね」
そう言って手を振ってくれた。
工房を出る直前にふと気になったことがあって、訊ねることにする。
「そういえば、いつもソルムさんが話してる花屋の恋人さんのお名前、聞いても構いませんか」
「マリアだよ!」
懐かしい二人の顔が浮かんだ。目の前にいる人とは似ても似つかないけれど。
ソルムと、マリア。
「お似合いですね」
心から、そう思った。
外へ出れば、とてもいい天気。誕生日日和だ。
後でぺトラと一緒にケーキを焼く約束をしているし、楽しみ。
深呼吸をして、外へ出る。
「二度目の恋、か……」
自然と頬が緩んでしまう。
「そうなると、いいな」
私は一歩、足を踏みだした。
(2017/08/08)
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