話さない彼女は過去を離さない
 医療班の見立てだと命に別状はないらしい。ただ、意識がいつ戻るかわからないそうだ。

「…………」

 俺が居なければ、リーベはそんなことにならなかったのに。

 何やってるんだよ、俺は。

 拳を握りしめていると、

「よーお、アンヘル!」

 一人で籠っていた部屋にソルムが顔を出した。いつも通り飄々とした様子で、

「リーベちゃんなら大丈夫だって。割としょっちゅう怪我してるけどいっつも元気だし、今回もすぐ起きるすぐ起きる。とにかくお前が無事で良かったよ、ひょろひょろの青瓢箪みたいなヤツがふっ飛ばされたら普通にそのまま死んじゃいそうだし」
「お前な……」
「ほい、これ」

 ソルムが何かをどさっと俺の膝へ置いた。

「技術班からリーベちゃんへお見舞い、渡しといてくれよな!」

 林檎が入った小さい籠だった。それを押し付けられでもしねえと来られなかった医務室の前で、同じタイミングで見舞いに来たらしいゲルガーと鉢合わせる。

「骨折してねえんだろ? 長引く怪我じゃねえし、あいつ回復力あるし」

 欠伸交じりの声でそう言ったかと思うと、強く背中を叩かれた。

「お前が気に病んでる方が、リーベは気にすると思うぜ?」

 医療班に案内された場所へ行けばハンジとモブリットがいた。

 俺が口を開く前に、ハンジががばっと頭を下げる。

「悪かった。私の判断ミスもある。リーベなら大丈夫だろうって護衛も付けずに――」
「その認識は正しい。俺は無事だったんだから」

 ハンジの言葉を遮って、そこまで一気に言い切る。

 リーベは負けなかった。ちゃんと、強かったんだから。

「……俺が悪いんだ。こいつの言う通り、さっさと逃げなかったから」

 何でこんなことになったんだ。俺が自分自身のことをわかっていなかったからなのか?

「危機感がなかったんだ。いつもは、俺――きっと、知らねえところで幼馴染や工房に守られてたんだな……」
「なるほど。それじゃあこの時代ではリーベが一番、君の価値を理解していたんだね」

 そこでモブリットが、リーベが倒したヤツらは徐々に規模を広げつつあった窃盗団の構成員で、すでに駐屯兵から憲兵によって牢へ入れらていると説明した。ただ、本拠地であろうアジトに関してはまだ誰も口を割らないため、大元を叩くことは出来ていないらしい。

「もう少し取り調べが進めばわかることもあるよ。推測になるけど恐らく他にも仲間がいるだろうから一応今後も気をつけるようにね、兵団内は大丈夫だけどさ」
「――何で、誰も俺を責めないんだろうな」

 考えるより先に言葉に出た。ずっと疑問だったから。誰一人として、俺が悪いとか俺のせいだとかは言わない。むしろ気遣うくらいだ。リーベが負傷した時、一緒にいたのは俺で、原因を作ったのも俺なのに。

 するとハンジは眼鏡の奥の瞳を細めて、

「そりゃあ――君がこの子を宝物みたいに大事に思ってること、ちゃんと知ってるからじゃない?」




 ハンジとモブリットが仕事に戻って、俺だけ残された。

 リーベの寝顔は穏やかだ。頭や腕に巻かれた包帯や顔に貼られた巨大なガーゼが痛々しいくらいで。

 包帯だらけの姿は、あの頃みたいだ。初めてこいつと会った時と。

 懐かしさに、胸が苦しくなる。

 俺のせいでこうなった。こいつはずっと強くなったのに。あの頃とは比べものにならないくらい。

「……俺、この時代に、来なきゃ良かったな……」

 うつむけば、扉を叩く音がした。リヴァイだった。手にはパンが乗った皿と紅茶らしきもの。

「食え」

 リーベの見舞いじゃなくて、俺に持って来たらしい。

「へ?」

 驚いて見ていると、睨むように視線を返される。

「何だ」

 いや、それは俺が訊きたいんだが。

 とりあえず素直にそれらを受け取ることにする。

 そういえば昨日から何も食ってなかったし飲んでなかった。まあ、飲まず食わずは珍しいことじゃねえから平気だけど。

 まずは喉を潤すためにカップへ口を付ければ、

「ん……?」

 気のせいかな。ちょっとだけリーベが淹れる紅茶と似た味がする。あんまり茶葉とか詳しくねえけど同じものを使っているのか?

 何にせよ、リヴァイは椅子に座ることもなく俺をじっと見下ろしていて落ち着かない。何でこいつは最初会った時からこんなに睨むみたいに俺を見るんだ。

 ただひたすら黙って飲んだり食べているのが苦痛になってきて、切り出すことにした。

「……あのさ、お前は何で俺にシガンシナ陥落のこと教えたんだ?」

 今回リーベが怪我した件は当然俺が悪い。だが、そもそものきっかけはリヴァイの発言でもある。もちろん、それを言えば最初からそれを話さなかったリーベにも問題はあって――ああもう、やっぱり俺が悪いことにしておこう。

 とにかく、リヴァイがあんなことを口にした理由が聞きたかった。こいつにはわざわざそうする理由がないから。

「俺はどうせ過去に帰るし、この時代のことはそこで忘れるんだ。だから過去からこの時代の現状を変えることは出来ない。……もしかして、俺がこの時代で何も発明してないのが気に入らなかったのか? 壁が破壊されたことを知れば、人類の反撃に役立つ発明をする気になると思ったとか――」
「お前のことはどうでも良かった」

 リヴァイがはっきり言い切った。そしてリーベを見下ろして、

「……こいつは、話さねえだろ」

 全く意味がわからない。俺が黙っているとリヴァイは続ける。

「リーベがお前に隠したがっていることを曝け出せば……こいつはそういったことを、話せるようになるんじゃねえかと思った。シガンシナ陥落に関してはきっかけに過ぎない」
「……何を話させたかったんだ?」
「それは知らねえ」
「…………」

 何だそりゃ。

 とりあえず俺は昨日ソルムに言われたことを思い出して、

「よくわかんねえけどさ、隠し事くらいしてもいいだろ。人に迷惑かけるわけじゃねえなら、言いたくねえことは言わねえままで」

 するとリヴァイは端的に、

「リーベ自身が重荷に感じているなら話は別だ」
「それは……」

 俺だって知ってるよ。こいつがずっと、『何か』を抱えて隠していること。

『私は、死んだ方がいいって言われるような人間だから』

 あの頃から、ずっと。

 リヴァイもきっと、それを感じているんだろう。

「――お前になら、リーベは何でも話せるんじゃねえかと期待したんだ」
「…………」

 勝手に期待してんじゃねえ。

 そりゃあ、そうでありたい。俺は何だって受け止める。でも、実際のところリーベには話してもらえない。あの頃も、今も。

「自分がそうなってやろうと思わねえのかよ」
「お前の方が歳が近い」
「関係ねえだろ、そんなこと」
「俺には、無理だ」
「色んなヤツがお前を慕ってる。俺はお前のことよく知らねえけどさ、周りがお前を信頼していることはわかる」

 結局、こいつがあんなこと言ったのは俺への嫌がらせとかじゃなく、リーベのためだった。
 リヴァイにとってリーベはただの部下で、班だって違うのに、そこまで気を使うのが意外なんだが。

 何にせよ、その結果がリーベの現状なら恐らくリヴァイも責任を感じているんだろうな。俺が気に病んでいることも含めて。だからこうして色々持ってきたんだろう。

 そこで、ふいに低い声が降ってきた。

「――お前にとってリーベは何だ?」
「え?」

 こいつ、何でこんなこと訊くんだろう。

「それは……」

 大事にしたいんだ。

 守りたいんだ。

 だって、リーベは俺の――

「理由は?」

 答えれば、さらに続けて問われる。

「理由……?」

 こいつは何を求めているんだ。

「大事にしたいから大事にする――それじゃだめなのか」

 結局、思うようなことは出来なかったけど。
 怪我させて、今は話も出来なくなったけど。

「いや、充分だな」

 少しだけリヴァイが表情を緩めた。そんな顔も出来るのかと驚いた。




 医務室を出て、そういえば見舞いに俺だけ何も用意してないことに気づいた。今からでも買いに行くか。金なら昨日の残りがまだある。

 外に出れば黄昏が終わろうとしていて、灰と濃い青の空が夜の闇を徐々に引っ張っていた。

「何がいいかな……」

 食い物なら医療班が出す物に越したことがないし、果物は技術班からもう贈ったし。

『リーベの誕生日、一緒にお祝いしない?』

 つい数日前のペトラの言葉を思い出して、余計に迷う。

「何がいいんだ……?」

 マリアに渡すならいつもソルムが選ぶから俺が迷うことはなかったんだが。そういえばソルムはマリアに物を贈るばかりじゃなくて、何かびっくりさせるようなこともやってたな。危なくて後で怒られるようなことばっかりだったけど。

「俺に、出来ること……」

 俺に出来ることは、やっぱり発明――武具を作ることだ。

 話に聞いた、ウォール・マリアを破った超大型巨人と鎧の巨人。
 超大型は壁を超えるくらい高く巨大で、鎧は壁を突き破るくらい硬いらしい。

 この時代の敵としてはこいつらが要だ。今度いつ現れるかわからないにしても、だからこそ。

「超大型巨人に関してはどれだけ巨大だろうと弱点がうなじだから問題はそこへ到達するまでの機動力……これはもう立体機動装置が解決してるからあとは作戦次第だな。熱でアンカーが刺さらないなら、素材を変えるとか。問題は鎧の巨人だ。とんでもなく頑丈なら、もっと頑丈なものをぶつければいい。硬度を上回る強度と破壊力。ゼノフォンなら爆発させようとするだろうな……どうやって爆弾仕掛けるんだよ……いや、投げればいいのか? それなら投擲……いや、当たるのか? 無理だろ。命中率を上げるには近づく必要があるよな……そうなると自爆するリスクはある……まあ、そもそも敵が巨人って時点で危険なんだが……」

 そこまで考えた時、後頭部への衝撃に、意識がぶつっと途切れた。




『時代を越えるなんて、それは基本的に物理法則の範疇ですよ。意志の力で引き起こされたり条件が覆ることはない。ありません、絶対に。だからこそ――精神の結び付きが繋ぐものがきっとあるのでしょうね』

 ぼんやりする頭の中に、聞こえた声で意識が徐々に覚醒する。

 ゼノフォン? お前、何言ってるんだよ。お前のおかげで、俺、大変なことになってるんだからな。文句の一つ二つは言わせてもらわねえと――あれ? ちょっと待てよ。俺、今まで何してた?

 記憶を探って、はっと身体を起こす。ここはどこだ? 全く知らない場所にいた。

 頭に走る鈍痛に、すぐに何が起きたか悟る。

『恐らく他にも仲間がいるだろうから一応今後も気をつけてね、兵団内は大丈夫だけどさ』

 俺、馬鹿だろ。考えなしにもほどがある。

 こんな簡単に、誘拐されるなんて。


(2017/07/27)
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