Novel
シュテルディヒアインのつもり

 現在私は内地ウォール・シーナの南に位置するエルミハ区へ来ていた。目的はエルヴィン団長からたまに頼まれるおつかいである。
 洗濯用洗剤や掃除道具、茶葉などの消耗品のうち、好きなものを買ってこいとのことだ。上官たちの雑用で私がそれらを使い込んでいるから任せてもらえるのだろう。兵団の経費でそれらを選べるのは楽しいことだった。

 最初は普段着の私服で行く予定だったが、ひとりで出かけるのではないと知ったペトラの熱い説得により変更になった。
 なので今の私は少しばかりお洒落だ。淡い桃色のカーディガンにブラウス、柔らかな素材のスカートにブーツはぺトラが見立ててくれた。

 そう、今日の私はひとりではないのだ。先日書庫で言い渡された通り、傍らには兵長がいた。ちなみにこちらも私服姿である。

 何軒か店を渡り歩いて、私は隣を仰ぐ。

「兵長はせっかくの休日なんですから部屋でゆっくりされてたら良かったのに」
「……次の店はどこだ。さっさと行くぞ」
「次は石鹸屋さんです」

 兵長が荷物持ちだなんて恐れ多い。
 せめてさっさと買い物を終わらせようと次なる目的地へ向かう。

「こんにちはー」

 馴染みの石鹸屋さんへ足を踏み入れれば、ふわりと漂う良い香り。たくさんの種類があって香りが入り混じっているはずなのに、やさしい匂いにほっとする。

 さあ、買い物をしようと兵団共用の洗濯洗剤や食器洗剤、石鹸を用途に合わせてそれぞれ選ぶ。
 最後にいつも私用で使っている石鹸を探す。しかし、クリーム色のそれが見つからない。仕方がないので店主のおじさんに聞いてみれば、

「え、もう売ってないんですか?」
「蜂蜜使ったやつだろ? 作っていたのが婆さんだったんだが、死んじまってね。もう作り手がいなくなったのさ」
「そうですか……」

 残念だなと落ち込んでいると、

「これはどうだ、リーベ」

 兵長に渡されたのは淡い青色の石鹸だった。ころりと丸い形をしている。

「いい香り……」

 かすかな花の匂いがして、心が和む。こういう感覚的なものは直感が大事だ。

「これにします」

 財布を取り出していると、兵長がさっさと支払いを済ませてしまった。

「行くぞ」
「兵長、お金! 私が払ますから……!」
「次はどこだ」
「それ私物用なので!」
「次はどこだと聞いている」
「あとは茶葉のお店ですけど……」

 しばらく後、私たちはようやくすべての買い物を終えた。
 帰りは荷物が多いとわかっていたので、兵団から荷馬車が迎えに来る手筈となっている。約束の時間までまだ余裕があり、私たちは教会近くの小高い丘でのんびりと待つことにした。

「今日は助かりました。それに、いつも一人だったから楽しかったです。ありがとうございます、兵長」

 私は紙袋のひとつから先ほどの石鹸を取り出す。あんまり強情になるのもどうかと思い、代金は兵長に甘えることにした。眺めていると自然と頬が緩む。嬉しいプレゼントだ。

「これ、大事に使いますね」
「ああ」

 私たちの周りには白と青の綺麗な花が咲いていた。やさしく風に揺れて、眺めていると穏やかな気持ちになれる。

 ふと、兵長の声がした。

「リーベ」
「はい」
「これは常々思っていることだが」
「何ですか?」

 促せば、兵長が言った。

「お前の掃除した部屋にいるのは心地良い」
「ありがとうございます」
「洗濯をするお前の鼻歌をずっと聞いていたい」
「き、聞いていたんですか?」
「お前の淹れる紅茶をいつも飲めたらいいと思う」
「ええと、あの……」

 最初、何を言われているのかわからなかった。
 兵長の表情は普段とまるで変わらない。声だっていつものように――真剣な、もので。

「立体機動で戦う姿も、自制しなければ見惚れる」
「兵長」

 思わず言葉を遮った。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。

「どうしたんですか、急に」

 兵長は私をまっすぐに見つめている。そのまなざしに、私は目が逸らせない。

「お前が欲しくなった。だから今まで俺がお前にしたことすべてには理由があることを知っておけ。疑問に思うな。――俺が言いたいのはそれだけだ」

 兵長がそっと顔を近づけてきた。

「拒むなら拒め。俺は、俺のしたいことをする」
「兵長……」
「目を閉じろ」

 私は言われた通りに瞼を下ろす。何も考えられない。――今はただ、彼の熱を感じていたくて。

 唇に優しい吐息を感じた。


シュテルディヒアイン…デート
(2013/09/17)
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