花を巡る攻防と出会いと約束
「駐屯兵団精鋭部隊リコ班所属ハイス・シュッツヴァルト! 推して参る!」
「調査兵団特別作戦班所属グンタ・シュルツ! 勝つのは俺だ!」
「憲兵団師団長ナイル・ドーク! 若造に負けてられるか!」
現在ここはウォール・シーナのとある花屋の前である。
男三人で互いに牽制しながら臨戦態勢。
なぜこんなことになっているのか? すべては十分前に遡る。
「薔薇の花束下さーい!」
ある休日。今月分の給金を手にして揚々と店番のおばさんに声をかければ、
「あらあら、困ったわね。今日はたくさん薔薇があるわけではないのよ」
「へ?」
見れば、客らしき薄ら髭のおっさんと栗頭の男が俺を見ていた。どちらも兵士だ。おっさんは一角獣の紋章、栗頭は自由の翼の紋章を身に付けている。
俺は二人へ歩み寄って、
「ええと、お二人さんも薔薇の花をお求めで? あ、俺は駐屯兵団のハイス」
「ああそうだ。――俺は調査兵団のグンタ」
若者同士でやり取りしているとおっさんが咳払いをして、
「今日は結婚記念日なんだ。頼むからここは譲ってくれないか」
俺は驚いた。
「え、おっさん結婚してんの? 全然そうには見えねえけど」
「失礼なヤツだな! あとおっさん呼ばわりするな! 仮にも俺は憲兵団師団長――って聞けよ!」
リコ班長と結婚したら同じ部隊の同じ班でいることは難しいかなーとか考え込んでいたら憲兵団トップことナイル師団長に怒鳴られた。
「そうだ、俺が『主夫』ってヤツになれば良いんだ」
「俺の話聞いてる!? あとその発言はこの時代に生まれた男としてどうなんだ!?」
「時代なんか関係ねえよ、俺はなりたいものになる! それが男だ!」
するとグンタが嘆息して、
「お前が何になろうと構わんが薔薇の花をどうする? 今この店にある分を三等分にしてもらうのはどうだ?」
「何言ってんだ、せっかく花束で渡すならどかんと大きくないと! そんなんじゃ相手に喜んでもらえねえぜ?」
俺の言葉にグンタがむっとしたような顔をした。
「俺が渡したい相手なら、何本だろうと喜んでくれる。間違いなく」
「へえ。それってまさか恋人?」
「違う」
グンタは潔く即答した。
それから俺たちは互いに牽制するように視線を送る。
それぞれ譲る気はないようで、互いに間合いを取った。
「仕方ない、話し合いで解決出来ないなら――」
「――やむを得ん。もう取るべき手段は一つか」
「誰が薔薇の花束を手に出来るか――勝負だ!」
びゅうっと強い一陣の風が吹く。
「駐屯兵団精鋭部隊リコ班所属ハイス・シュッツヴァルト! 推して参る!」
「調査兵団特別作戦班所属グンタ・シュルツ! 勝つのは俺だ!」
「憲兵団師団長ナイル・ドーク! 若造に負けてられるか!」
三人がそれぞれに名乗り、一歩踏み出そうとした瞬間だった。
「お買い上げありがとうございましたー」
店員のおばさんの明るい声に顔を向ければ、薔薇の花束を抱えている爺さんがいた。
茫然としていたら、
「ザックレー総統!?」
ナイル師団長が悲鳴のように叫んだ――って総統!?
「私が花を買うと何か問題があるかね?」
総統の眼鏡がきらりと光る。
「滅相もない!」ぶんぶんと師団長が首を振り、
「どうぞどうぞどうぞ!」グンタが大量の汗をかきつつ、
「店の外までお見送りさせて頂きます!」俺は右の拳を胸へ叩きつけて敬礼した。
そして総統は立ち去り、後に残ったのは俺たちだけだった。
「あー……ったく、俺は帰る」
「結婚記念日はどうするんだよ?」
「少しは敬語を使え駐屯兵! ……マリーは俺がすることをいつも喜んでくれるから薔薇の花じゃなくたって良いんだよ」
惚気られたと思っているうちに今度はナイル師団長がいなくなって、俺は隣を見る。
「で、お前はどうする?」
グンタが首をすくめた。
「俺は違う花にするつもりだ。よく考えれば彼女には薔薇よりも似合う花がある」
「ふーん」
まあ、似合う花は人それぞれだしな。
俺はグンタを残して花屋を後にした。
これからどうするかと思いながら適当に歩いていれば、
「ん?」
金髪の訓練兵がよろよろと本を大量に抱えて歩いていた。違い剣の紋章が懐かしい。
追いかけて声をかけることにしたが、断じて下心はない。俺にはリコ班長がいるからな。
「大丈夫か? 手伝ってやるよ」
隣に並んでそう言えば、訓練兵は青い瞳を大きくした。
てっきり女の子かと思ったが違う、こりゃあ男だ。
「いえ、あの、大丈夫ですから」
「遠慮すんなって。俺も兵士だ」
本を半分以上持ちながら俺は名乗る。
「俺、ハイス・シュッツヴァルト。駐屯兵だ」
「僕は104期訓練兵、アルミン・アルレルトです」
「アルミンか、良い名前だな!」
するとアルミンが青い瞳を大きくした。
「ん? どうした?」
「いえ、通過儀礼じゃ馬鹿みたいな名前だって教官に言われたことを思い出して……だからそんな風に言ってもらえることが嬉しいんです」
照れたように笑うから、俺まで頬が緩む。もっと褒めてやりたくなって、
「サラサラの金髪も良いなあ、羨ましいぜ」
「え? そうですか?」
「ああ、俺はこんな赤毛で昔はいじめられてばっかだったしな」
「あ、僕もいじめられていました。言動が気にくわないって……友人がいたから、大丈夫だったけれど」
そこでアルミンはうつむいて、
「僕は助けられるばかりで何も出来ない」
なぜか急に切なげな顔になったから、俺は慌てて話を変えることにする。
「ところで何でこんなに本を買って帰るんだ? お、『アンヘル・アールトネンの功績』じゃねえか。立体機動発明者の伝記とか懐かしいな」
腕に抱えた本のラインナップを眺める。ちなみにどれも分厚く重い。
「共用の読本がボロボロになっていたので新調しました。今日は教官に書庫や共用の書棚に置く本を新しく見繕って来いと言われて」
その言葉に俺はピンと来た。
「さてはお前、座学トップだろ」
アルミンは驚いたように目を丸くした。ビンゴだ。そんな仕事を頼まれるのは頭の良いヤツに限るからな。ちなみに俺はまるで縁がなかった。
「本当はマルコ……あ、仲間と行く予定だったんですけれど、別の仲間が体調を崩してしまってその看病にかかりきりになってしまって」
「そっか、そりゃ大変だな。俺は薔薇の花が欲しくて花屋に行ったんだがタイミングが悪いことに買えなくて――」
「薔薇の花?」
アルミンは青い目をぱちくりとさせた。
「ハイスさん、それなら僕たちの兵団近くにたくさん咲いてますよ。今が盛りです」
「マジで!?」
行ってみればその通りだった。
「すっげえ! 薔薇の花がこんなに!」
そこは大して広くはないが、足を踏み入れれば視界いっぱいに薔薇の花で埋め尽くされる空間だった。綺麗だと心から思った。
「特に誰も手を入れていないのに毎年こんなに自生していて、女子たちは喜んでますよ」
「まったく、自然はたくましいよな」
「剪定鋏を借りてきましょうか」
「――いや、やっぱり摘んで帰るのはやめるよ」
俺は考えた。
「摘んで渡すんじゃなく、その人と一緒にここへ見に来たいと思うんだ。今年は無理だから、来年だな」
絶対にそうしようと心に決めて、俺はアルミンに礼を言って兵舎へ戻ることにした。
駐屯兵団はとにかく人数が多い。訓練兵団を卒業した大半の兵士が志願して来るからな。だから訓練場も多いけれど、憩いの場だって多い。そんな環境で帰り道の途中、リコ班長を見つけることが出来たのは運が良かった。
「こんな所でどうされました?」
シンプルな私服姿で外にあるベンチに腰掛けていたリコ班長に声をかければ、
「……静かな休日は良いものだと思っていただけだ」
そう言いながら眼鏡をかけ直した。
お土産に薔薇の花束は買えなかったけれど、せめてさっき見た景色の話がしたくて俺は口を開く。
「今日は薔薇がたくさん咲いてる場所を教えてもらったんです。連れて行ってもらったら本当に綺麗で! リコ班長、いつか一緒に行きませんか?」
するとリコ班長はじとっとした視線を俺へ向けて、
「……お前、それは女と行ったのか」
その言葉の意味を理解するまで数秒かかった。
「ち、違います! 違いますよ! 相手は女の子みたいに可愛いけれど男でした! 本当に男でした!」
俺は必死に訴える。誤解されることだけは嫌だった。
「そこまでむきになると却って――」
「本当に本当に違うんですからね!」
「……こんなことで泣くんじゃないよ、ハイス」
ため息をつくリコ班長の前で俺はごしごしと涙を拭って嗚咽しながら、
「き、綺麗な薔薇が、たくさん、咲いていて……だから、来年! 来年、行きましょうね、絶対一緒にっ」
「気が向いたらな」
「約束ですよ!」
そう、俺は信じていた。
約束をすれば、それは果たされると信じていた。
当たり前のように明日が来て、来年もやって来ると俺は信じていたんだ。
(2014/10/08)