大空の英雄と地上の小鳥 | ナノ


夜食

 長い一日が終わり、借りたメイド服から私服へ着替え、ハンジさんやペトラたちに見送られて私は兵団本部を出た。もちろんリヴァイさんも一緒だ。
 とても疲れたが、ゲデヒトニス家の元メイドとして体力はそれなりにあるつもりなので心地良い疲労感ではある。

「『護身用道具』のことですけれど、ハンジさんはどうしてあんなものを私に?」

 そういえば当の本人に聞きそびれた。ふと思い出したことが気になって訊ねれば、

「お前に何かあったら俺がどうなるか知れねえから、そうならないように備えていたんじゃねえのか」

 月明かりしかない夜道は暗くて、リヴァイさんの表情は伺えなかった。

「……皆さん良い人で、そんなひどいことをするとは思えませんけどね?」

 もしかしたら『誰もが敬愛するリヴァイ兵士長の結婚相手』として誰かから心に刺さるような嫌味の一つでも言われるかと覚悟していたが杞憂だった。
 ゲルガーさんは意地悪だったけれど悪い人ではなかったしと考えていると、

「お前は考えが甘い。そうやって信頼しきっていることもそうだが、ここは調査兵以外が立ち入ることもあるんだ。憲兵にでも目を付けられてみろ。そいつらに人気のない場所にでも閉じ込められねえとどうなるかわからねえのか」

 厳しい声音だった。咎められているようで怖い、けれどわかる。リヴァイさんは心配してくれているのだ。

「リヴァイさん」
「何だ」
「ありがとうございます」

 だから微笑んでお礼を口にすれば、リヴァイさんは何も言わなくなった。

 視線を感じながら、私は続ける。

「今日は一日、ずっと心配してくれていましたよね。少しでも時間が空けば私の様子を見に来てくれて。忙しいのに、わざわざ足を運んで会いに来てくれて」

 私はわかっているつもりだ。

 兵士と一般人。その世界が同じようで、違うこと。

「申し訳ないと思うのに、私、とても嬉しかった」

 それでも、こうして隣合って歩くことも出来るから。

 そのことが嬉しい。幸福だと思う。至福だ。

 リヴァイさんが顔を行き先へ向けた。

「俺が勝手にしたことだ。……だが、お前がそれを喜ぶならそれでいい」

 どちらともなく手と手が触れ合って、絡む。そのことが嬉しくて身体を寄せるとリヴァイさんが口を開く。

「リーベ。前は却下したが――」
「何です?」
「兵団で働くことに関してだ」

 リヴァイさんが足を止めた。手はやさしく繋がれたまま。

「お前が望むなら、俺はもう止めない」
「リヴァイさん……」
「危険や面倒事があれば俺が守る。必ずだ。そうすれば問題ねえだろう」

 何てことのないように、あっさりとそんなことを言うものだから、私はまじまじとリヴァイさんを仰ぐ。

「何だ」
「いえ、あの……」

 少し考えてから、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「今日はとても楽しかったし、やりがいもありました」
「そうか」
「でも、だからといって昨日までの日々が楽しくなくて、やりがいがなかったわけではないんです。――あなたがいるから私は毎日満たされている」
「…………」
「いつも、とても幸せですから」

 私は繋いだ手を強く握り返した。

「だから私、これまで通りの生活を選びます」

 何を選んでも、この人は私の選択を肯定してくれるだろう。それがわかる。だからこの選択は間違いではない。悔いは決して残さない。

 ハンジさんやペトラに会いたくなったら、ただ会いに行けばいいのだ。何も問題はない。

 私はそう決めた。

 リヴァイさんは少し黙り込んでから、

「それなら、それでいい」
「はい」

 もちろん今日のように人手不足ならいつでも兵団へ行きますからねと付け足して、再び歩き始める。やがて家についた。

「リヴァイさん、おかえりなさい」
「ああ、お前もな。ただいま」
「はい、ただいま戻りました」

 そんなやり取りをしながら灯りを点けて、ひと段落。次にお風呂の準備だ。ゲデヒトニス家の屋敷と違っていつでもたくさんお湯が使えるわけではないけれど毎回大量に沸かすことはしていない。やろうと思えば出来るがとても大変なので、いつも大鍋一杯分の熱湯を水でゆるくしたものに浸かっている。リヴァイさんは構わないと言ってくれるし、二人暮らしなら充分ではないかと私は思う。湯が冷める前に出ることがポイントだ。
 お湯を沸かしている間に三つ編みをほどくと、朝からそうしていたせいか髪がゆるくウェーブがかっていた。普段にはない感覚で少し楽しい。櫛へ手を伸ばせばリヴァイさんの指先が髪へ触れた。

「どうされました?」
「……別に、何でもない」
「そうですか?」

 ふわっと髪を揺らせば、リヴァイさんが呟く。

「……お前の髪は長いな」
「ええ、昔から伸ばしているので。あ、切った方が良いですか?」

 特に髪型にこだわりがあるわけではないので提案すれば、

「いや、これでいい。――似合ってる」

 リヴァイさんが近づいて来た。そして鼻先を私の髪に埋めたかと思うと抱きしめられる。

「あ、あの、私まだお風呂に入っていないので汚れていますよ?」
「そんなことねえよ」

 汚れていないはずがないのだ。身をよじればさらにぎゅっと、強く抱きしめられた。

「さ、さては疲れていますね? お風呂に入って横になって下さい。もうすぐお湯が沸くので――」
「夜食」
「え?」
「夜食にする」

 珍しい。普段はそんなものを食べる人ではないのに。

 しかし単に気分の問題だろうと納得しておいた。

「わかりました」

 この時間ならば何が良いかと考えれば、

「そうする」

 熱い吐息と唇で首筋をなぞられて、ようやく意味を理解した。

 同時にナナバさんの言葉も思い出してしまって顔が熱い。

 耳元で律儀に「いただきます」と声がして、

「……食べるのなら」
「何だ」
「お風呂に入ってからですよ」

 その後どうぞ召し上がれ、と私は優しい背中を抱きしめ返した。

(2015/05/10)

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