大空の英雄と地上の小鳥 | ナノ


後日談

 朝、目が覚めた。
 いつ眠っただろうと思いながら身を起こせば、掛けられていたらしいシーツが肌の上をすべる。
 部屋には、ひとり。

「…………」

 衣服を身につけながら、私はあくびを漏らす。
 まだ少し眠い。昼寝をしなければ。そんなことを考えながら身支度を整え、台所で朝食の準備を始める。

 パンを温め、とうもろこしのスープを作っていると、人の気配がした。もちろんリヴァイさんに他ならない。

「おはようございます」
「ああ」

 外で身体を動かしていたのだろう。この人の朝の日課だった。人類最強は日々の努力と鍛錬で出来ているのだと、ここで暮らし始めてわかった。

「もう少しで出来ますよ」
「わかった」

 そうして完成させた食事を一緒に済ませ、外へ出る。兵団本部へ向かうリヴァイさんのお見送りだ。

「――リーベ」

 名前を呼ばれて、私はそっと目を閉じる。
 触れるだけのキスが朝の挨拶になりつつあった。

「今日は遅くなる。夜は兵団で食ってくるから先に寝ておけ」
「わかりました。お気をつけていってらっしゃい」




 洗濯と掃除を済ませ、朝に決めた通り昼は十五分ほど眠った。最近はこの時間が不可欠だ。
 目覚めてから、買い物へ出る。店や市場の人とはもうほとんど顔見知りだ。リヴァイさんと一緒に暮らし始めてもう三ヶ月が経ったので、生活には大分慣れてきた。
 家へ戻り、食事を一人分手早く済ます。夜になって軽く身を清めて――前々からやってみたかったことを実行することにした。

「心臓を捧げよ!」

 私は拳を胸に当てて叫んだ。

 兵服を着て、これが一度やってみたかったのだ。

「私、本当に兵士みたい……!」

 もちろんこの兵服はリヴァイさんのものだ。シャツもジャケットもすべて大きいが、あの人は細身なので割と不自然なく着ることが出来た。ブーツは自分用の編み上げのものを履いているが、まあ細かいところは構わない。
 鏡を前にはしゃいでいると、がたんと真横で音がした。

 驚いて顔を向ければ――リヴァイさんがいた。

「な、どうして……!」
「……案件が早く片付いたから帰って来た。それより何してやがる、お前」

 リヴァイさんは私の姿を上から下までじろじろと眺める。さあっと血の気が引いた。

「ご、ごめんなさい! あの、その、魔が刺して……!」

 どうしよう――どうしよう!

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

 平謝りしていると、思いがけない言葉が降ってきた。

「ベルトも付けてみるか」
「……え?」

 思いがけない言葉に、私は目を丸くすることしか出来なかった。




 十分後。私は自分の姿を見下ろした。初めて全身に巡らされたベルトの感覚はとても新鮮なものだった。

「身が引き締まりますね」

 そして私は彼を仰いだ。

「私に『自由の翼』は似合いますか、兵長?」

 驚いたようなリヴァイさんの顔に、私は笑みを浮かべる。

 兵長と呼ぶなんて、まるで彼の部下にでもなったみたいだ。

 くすくすと私が笑っていると、呟くようにリヴァイさんが言った。

「お前が……」
「え?」
「お前が、兵士なら――」

 リヴァイさんは私へ腕を伸ばしたかと思うと、ぎゅっと強く抱き締めた。

「お前に、翼なんかあったら……」
「ど、どうしたんですか?」
「そのうち、勝手にどこかへ行っちまいそうだ。俺の手が届かないような場所へ。――どれだけ引き留めたとしても」

 私は首を傾げる。

「何ですか、それ」
「……どうかしているがな、お前は兵士じゃねえのに」

 まるで、自分自身を嘲笑うような声だった。

「だが、俺はそう思うんだ」

 私を抱くその腕は、まるで縋るような仕草だった。私の方からも抱きしめ返せば安堵したような気配があった。

「……私はどこへも行きませんよ?」
「ああ、ここにいろ。俺から離れるな。お前は機嫌良く飯でも作って、楽しく掃除して、歌いながら洗濯していればいいんだ。苦痛も恐怖も絶望も――そんなものは知らなくていいんだ」

 身体のどこかに痛みを伴っているような声だった。

「俺のそばに、いるだけでいい」

 私は少し考えてから言った。

「兵士なら、それはだめですよ。――戦わなきゃ」
「……何で戦うんだ」
「うーん……」

 想像するしかないけれど。

「守りたいものがあるからじゃないですか? 譲れないものや――手に入れたいものが」

 だからあなたは戦っているのでしょう?

 リヴァイさんを仰いでそう言えば、彼は目を見開いて黙り込む。珍しい表情だ。

「兵士になるくらいですからきっと強いですよ、私は。自分のことくらい自分でどうにか出来るんじゃないですかね?」

 だから、

「心配しないであげて下さい」
「……するに、決まってるだろうが」

 簡単に言いやがって、と呟きながらリヴァイさんはまた腕へ力を込める。痛いくらいだ。でも、その痛みがどこか嬉しくて、ぐっと耐える。

「私が兵士だとしたら、心臓はリヴァイさんに捧げられなくなりますね」
「…………」
「でも、心はあなたに捧げると思いますよ」
「――そうか」
「それに」
「何だ」

 私は断言した。

「間違いなく私は幸せです。今と同じように、あなたの傍にいられるのなら」

 リヴァイさんは何も言わなかった。ただ、また力を込めて私を抱き締めた。さっきよりも、少しやさしい力で。

 もしも私が兵士なら、この人はどうするのだろう。

 そんなことを思ってしまうくらいに、彼の恐れや不安や痛みが伝わって来る。

「…………」

 私はここにいますよ、となだめるように冷たい背中をそっと撫でれば、リヴァイさんが深く長く息をついた。

 どれくらいそうしていただろう。時計を確認すれば、夜更けになろうとしていた。

「そろそろ横になりましょうか」
「ああ」

 リヴァイさんが身体を離し、私の全身からベルトを外してくれた。――かと思うとシャツのボタンにも手をかけて、

「あの、それくらいは自分でやりますけど」
「何言ってやがる。脱がせるために着せてやったんだろうが」
「えええっ?」

 次の瞬間には身体がベッドへ倒されて、上に覆い被さる何か。
 もちろんリヴァイさんに他ならない。

「ん、どこ触ってるんですかっ」
「別に逐一言ってやっても構わねえがお前、昨日はそれ嫌がってただろうが」
「そういうことじゃなくって!」

 私の抵抗は難なくあしらわれる。肌が徐々にあらわになるのがわかった。

「ここ最近、ほとんど毎晩言ってると思いますが」
「俺もここ最近、ほとんど毎晩お前に言ってる」

 一度動くのをやめて、私たちは互いに視線を交わす。
 見つめ合うにしては少し厳しく、睨み合うにしては少し優しく。

「毎日は、だめです」
「俺は毎日でもいい」
「……ばか」

 どうやら明日も昼寝は必須らしい。


大空の英雄と地上の小鳥 了
(2014/03/01)

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