星と未来




「こうやってずーっと星を見ているとだな」
「ん」
「過去の光を見てるのって凄く嫌だなぁって気になんないか?たまに」
「や、視力回復するかな、位しか考えないね」
「ほほう。流石眼鏡くんだな」
「しかし腹減ったな」
「ココアならあったかいのあるぞ」
「俺は肉マンを欲しているんだこの甘党が」

と、このように俺、愛され眼鏡くんこと橋田朋頼(ハシダトモヨリ)と隣に座る甘党の谷田部優(ヤタベユウ)は寒空の下会話を交わしている訳だが、カメラの調整に夢中な中川正臣(ナカガワマサオミ)は恐らく「外野が煩せぇな」位にしか思ってない。
幼なじみの俺達三人は至って見た目が平々凡々な社会人一年生で、特徴といえば眼鏡、甘党、天体写真マニア、という事位のものだ。

休みを合わせて撮影がてら山へキャンプに行こうぜ、と言い出したのは中川だった。
中川はさっきから、叔父から拝借してきたライトシュミットカメラに手を焼いている。全長1メートル程で見た目は望遠鏡のようだが、天体写真を撮る為のカメラなのだと中川は得意気に俺達に説明した。それから赤道儀という名の謎の物体にカメラを固定し、オリオン座の辺りに狙いを定めているのだがなかなか上手くいかないようだ。

俺はというと、カメラがなんだろうと全くどうでもいい。麓で見かけたコンビニのレジ横で、俺に食われるのを胸熱で待っているであろう熱々の肉マンに思いを馳せている。奴は半分に割るとたちまち庶民的でありながらも馨しい香りを醸し出し、立ち上る仄かな湯気で俺の眼鏡を曇らせるだろう。なかなかニクイ奴である。肉だけに。

「撮影っつーからいつものデジカメかと思ってたがなぁ」
「俺もだ。もう諦めてデジカメにしちゃえばいいのにな。また入賞出来るかもしんないしな、まぐれで」
「っさいなぁ!俺は!星雲とか星団が好きなの!」

中川が俺達の座るテントを振り返る。
因みにこのテントを意気揚々と建てたのも中川だ。自称インテリセクシー眼鏡のこの俺と、365日チョコレート中毒の谷田部が肉体労働に課するなど有り得ない。

まぁ腐れ縁だし、中川が山でキャンプをすると言えば寝袋持参で集合するのではあるが。寝袋を付き合いで買うのは苦でもない間柄、今現在の俺達を一言で表すとそれであるのは間違いないのだが、流石に社会人ともなると3人で集まる機会は最近めっきり減ってきた。そんな所だ。

「このカメラで撮るのはお前らが想像してる固定撮影の写真とは違うの!この赤道儀ってやつで星の動きを追うんだよ、宇宙の図鑑で星雲見た事あんだろ?ああいう凄いのが撮れるんだぞ!」

中川は燃えている。秋の暗い山の上で脱力している俺達の目の前で、中川は肉マンよりも遥かに熱かった。

「わかった中川。頑張れ中川」
「上手くいくといいな。このカメラ、扱い難しいんだろ」

甘党の谷田部はまぁ落ち着けよ、と中川にココアを差し出す。なかなかいいフォローだ大人になったもんだな谷田部、と俺は思ったが、差し出した直後にこっそり水筒を振ってココアの残りを推測しているあたりが女々しい谷田部ならではで残念だ。

「うん、そうだな上手くいくといいな。上手くいくって思う事が大事だよな」
「そうだ中川。フイルムはネガでもお前はポジティブであれ中川」
「うん!きっと上手くいくよな!写真やりたくて会社辞めちゃったけどなんとかなるよな!」

と、中川が照れ笑いで爆弾発言をしやがったので、俺は開いた口が塞がらず隣の谷田部は唸った。

「待て。辞めたって、入社して半年で辞めていいのか中川?お前コネで就職したのに」

谷田部が問いながら顔をしかめる。甘いココア漬けの癖に、渋い緑茶を飲み下したような顔だ。

「あ、いや、メンモクってやつを、潰したなとは思うけど、天体写真家として成功すれば、いいかなって」

と言う中川は若干しどろもどろ。
中川の自信はかなりギリギリの所で成り立っているのが見て取れるので、それ以上追求してくれるな谷田部。だって肉マンへの欲求覚めやらぬ中、急に気のきいた助け舟を出せと言われてもどうにもならんだろうが。だから、中川もそんな目でチラチラ見るな俺を。

「中川、今お前が追いかけている天体の光は何年前のものだ?プラス、お前が賞を取ったのは」
「え、と、俺が賞取ったのは中3の時……」
「現実を見るんだ中川。現実はこっちだぞ」

ココアを片手に谷田部は立ち上がり下界を指す。さして高くもない山の下にはぽつぽつと民家の明かり。ぱっとしないし別段綺麗でもないが、しかし真っ暗闇でもない。それは確かに俺達にとっての“現実”だ。
そこそこ的確な比喩で感心しそうになったが、何せ谷田部は猫背だから、指差す姿勢を見れば見るほど残念感が漂う。この格好つかなさは、流石谷田部としか言いようがない。

「あっ、そうか。じゃあ未来は、」

中川は正解が分かった、とでも言うように顔を輝かせ、素晴らしく前向きな爽やか名言を発した。
それがあまりにも眩しすぎてこっ恥ずかしい事この上無かったので、俺は聞かなかった事にしようとする。が、失敗し、何だかやけにぐったりとしてしまう。
谷田部はココアが変な所に入ったらしくて、無駄に激しくむせている。
一人納得した中川はまたカメラを弄り始めた。が、興奮したせいか谷田部に貰ったココアのせいか、1分もたたないうちに鼻血を出した。

慌ててティッシュを探しにテントの中へ駆け込んで来た中川は言う。
撮影したい星雲はとても光が弱くて、レンズを覗いた所で殆ど見えず、バルブを開いたまま長時間撮影した写真を後で何枚も重ねなければならないのだと。つまり撮影中は上手くいっているのかどうかが、まるでわからないらしいのだ。

そんな事はお構い無しに、見えないものを含んだ宇宙はゆったりと廻り、流れ星は何の前触れもなく刹那を横切ってゆく。

俺達の明日は、未来はどっちだ。



end.


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