「傘、ないの?」
 僕は少女に傘を差し掛けた。身長はほんの少し僕より低い。百七十あるかないか。髪の長い少女。骨を感じる引き締まった足首からはち切れそうなふくらはぎへつながる筋肉の流れが美しい。ファッションのアクセントなのか、白いワンピースに加え、手首に褐色のリボンを巻いていた。
 彼女はぼんやりと振り返った。ひなげしがゆっくりとその花弁を開くように。甘いような、うっとりと胸をつかえさせる香りがほのかに立つ。春のにおいだ。浮かれた気分で思う。少女は声をかけた事が間違いだったと後悔するほどに美しかった。
 彼女は細くまばらな睫を上げて、僕と目線を合わせようとする。が、まどろむような瞳は重力に惹かれて垂れ落ちた。
「さっきからずっとここに立ってるでしょ。僕ずっとそこの喫茶店にいたんだけどさ。風邪ひくよ?」
 風が軒の内側に吹き込んで、冷たい霧雨が僕の頬を打った。あれ? と思う。見知った顔だった。クラスメイトの女子。
「小来はるさん?」
 小来さんは目をまるくした。彼女はクラスでもあまり発言量の多い子ではなかったし、授業中もほとんど机に伏せて寝ていたから、僕の事は知らなかったのかも知れない。どうして私の名前を知ってるの? と言いたげに上半身を遠ざけ、それから勢いよく僕の腕にすがりつく。
「傘っていうか、雨がダルくてー。雨っていちいち傘ささないといけないの面倒くさくない? 止むの待ってたんだよね! ラッキー! 傘入れてよ。あ! あんたの家連れてってよ。家まで帰るのもダルいっていうかぁ」
 小ぶりな胸を僕の腕に押し当て、小来さんは体を揺する。高い声できんきんと自己中心的な事を喋る。僕は思いっきり眉をしかめて、だけど、彼女を振り払う事は出来なかった。それはその声の奥に絞り出すような必死さを見たからかも知れない。僕の腕から伝わる彼女の体温が、戸惑うくらいに冷たかったからかも知れない。
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