白の少女
 白いワンピースだ。雨に叩かれるガラス越しに、僕はそれを見つけた。かれこれ数時間だろうか。白いワンピースの少女がずっとそこにいる。向かいのスポーツジムの軒先で雨宿りをしている。彼女は傘を「持っていた」。傘をさすくらいなら晴れるのを待っていた方がよかったのか、スポーツジムの細い軒下に突っ立って、コンビニで買えそうなビニールの傘を右手に怠そうに持っていた。しかしその傘は今はない。僕は勉強の息を継ぐために何度か顔を上げていたので、傘の行方はコマ送りのように知っていた。
 弛緩した細い人差し指、中指、薬指。それが傘の柄を支えていた――第一ラウンド。
 人差し指が伸びきって、傘の柄を手放した――第二ラウンド。
 そして最終ラウンド。しばらく、十五分くらい経ってからだろうか、それは中指と薬指の先に引っかかっていたが、ついに中指が力尽きた。同時に薬指もギブアップした。傘はコンクリートの地面に落下し、ノックダウンされたボクサーのように横たわっていたが、その三十分後、スポーツジムから出て来た酒太りの壮年男性に持ち去られた。雨は昼から降り始め、空は不思議と晴れていた。そして、少女はそんな傘の誘拐活劇など、全く気付いていないようだった。
 男性は傘を拾ったとき、ほっと安堵したような気まずいような、小ずるいにやけ顔をした。どうどうと泥棒する大人の姿に、正直僕は腹が立った。喫茶店のテーブルの下で足を組み替え、冷めたミルクティーを飲み干した。
 何とかしなくてはいけないらしい。
 シャープペンシルを筆箱にしまい、ノートと教科書を閉じる。地球を取り巻く大気圏の図が、宇宙や鉱石、化石の写真に変わった。薄っぺらい地学の教科書。僕は眼鏡をかけ、淡い遮光ガラスの向こう、十メートル弱離れた地点に目を凝らした。
 少女は右肩にスポーツバッグを持ち、薄手のシフォン素材のワンピースを着ている。往来にはストールを体にぐるぐる巻いた女性、トレンチコートを着たサラリーマン、はんてんを着た老女が行き交っていた。暖房の効いた店内からでは想像するしかないが、外は寒いようだった。今朝の天気予報も二月上旬並みの寒さになるでしょうと報じていた。時折強く吹く風が車の白い排気ガスをちぎり、彼女のスカートの裾を巻き上げた。そして僕は空っぽになったティーカップの中身を、もう一度口の中にすすり上げた。
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