Possible world
 太陽を見たいと言い出したのは小来さんだ。
 玄関を開くと、西日が目を焼いた。すがめたまぶたの奥に、鋭く入り込む。しかし、空は曇っていて、晴れている気配はしない。
「仁地くんは夕焼けって見えるの?」
「見えるよ。白熱する太陽の光と、暗くて冷たい夜の入れ違う様っていうのかな、それはすごく綺麗で好きだ。僕はね、夕焼けは緑だって勝手に思ってる。炎よりも緑の方が、命を感じるからさ。でも、今日はそれほどじゃないな」
「うん。今曇ってるんだけどね、そのわりにはすっごく眩しくない?」
「眩しいよ」
「あたし、これ、紫外線だと思うんだよね」
「紫外線が眩しい? 人間に見えない光だから紫”外”線って言うんだけど」
「あたしもそう思ってたんだけど。違うの。たまにこうやって、紫外線が見えるの。それに四月になって紫外線もたくさん飛びはじめてるじゃない? 目が敏感になってるんだよ。ほら、紫外線て雲を通り抜けるって言うでしょ」
「っふ」
 紫外線て。
 僕はすまないと思いつつ吹き出す。吹き出したらおかしくて止まらない。まともに取り合わない僕に対して口を尖らし不満を表す小来さんがかわいくて、口に手を宛がい笑い続ける。
「きー。せやっ」
 ポケットから取り出したスマートフォンを、小来さんは早業のように操作した。ピラリロリン、と電子音が鳴る。
「あっこら、何勝手にしてやがんだ、この女」
「写メっちゃった。待ち受けにしちゃおー」
「それは僕より君が恥ずかしいだろ」
「見て見て、ベストショットじゃない。あたしすごい」
 小来さんがスマートフォンの画面を見せる。そこに写った自分を見て、僕は顔から血の気が引く。ムンクの叫びが響き渡った。
 ここに写った野郎、なんて慈愛に満ちた顔してやがる。
「きも。きっも。消せ! それさっさと消せ!」
 こんなに目尻がとろけた自分の顔が記録されているとあっては、彼女を家路に返すことも出来ない。
「えぇー。やだ」
 スマートフォンを取り上げて消そうと試みるが、なぜかカッターナイフのようには捕まえられなかった。ひょいひょい逃げ回る彼女を汗だくになって追いかけて、僕は自分がそれをどこかで認めていることに気付く。消さなくてもいいと、思っているのだ。僕たちを取り囲むように桜が舞う。純白の花びらが散り落ちる。刺すような太陽の光を受けて、滲むように光っている。桜のかおりは、むっとする地の気配に紛れて僕らの肺を膨らます。ぱらぱらと、花びらが皮膚を叩く。
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