べ、と口を開けて舌を出す。
「この舌にも白いつぶつぶが見えるだろ?」
「見える」
「血管が集中して集まる粘膜にならどこにでも出来る。多分、僕の腸や胃にも出来てる。全身がこんな状態なんだ。わかるかな? 全身にモンシロチョウの卵をどんどん植え付けられていく気分って言えば」
 返事はなかった。答えに窮しているのだろう。目を開き僕は姿勢を元に戻す。
「これは眼球の表面の問題じゃない。もっと奥の方、心臓とつながるぶどうの房みたいに枝分かれした血管で起こってる炎症なんだ。ベーチェット病とも言うんだけど、」
 僕はそこで言い淀む。喉の奥に熱くて硬い塊がこみ上げ、鼻の奥がつんと澄み切って痛くなり、声を出そうとしても、舌がもがくだけで音を結ばなかった。怖いのだ、これから自分が言うことが。空唾を飲んで、無理矢理音にした。
「失明するんだ」
 言ってみるとそれは、ひどくやわな存在として僕たちの間に落ちた。彼女にとってその事実は荷が勝ちすぎたのか、唇の端を噛んで何かを噛みつぶしたみたいな表情をしている。
「僕の体はぶっ壊れ続けているんだ。じわじわとね、潰れて行く。真綿で首を絞めるように、機能を失っていく。こういう表現はしたくないけど、わかりやすいから使おうか、僕は健常者のように生きられない。常に喪失の恐怖にさらされている」
 首を伸ばして空を見上げた。テーブルのわきに置いておいたカラーチャートをたぐり寄せる。
「それが人間なんだよ。僕たち人間の限界値。努力なんて所詮は幻想で、何かを出来るようにはしてくれない。才能って奴だよ」
「あのね、あたし、それは違うと思う」
「なにが、どう」
 張り裂けそうな否定の言葉に聞き返した問いは、温度のない低い声をしていた。
「諦めるんじゃなくて、出来るようになろうって思うの。そうすれば、出来るよ。ほら、病は気からって」
「治る病の話をしてるんじゃないんだよ」
 苛々と僕は反論を遮った。単語帳式に片方をリングで留められたカラーチャートをパラパラとめくり、”濃紅”と書かれたカードを彼女に示す。
「これは何色に見える?」
「赤」
 微妙な色の表現など考えもしない小来さんは端的にそれを赤色と評する。
 それに頷き返し、邪魔なカードを親指で跳ね上げて、用意していた別のカードを示した。”darkolivegreen”――ダークオリーブグリーン。
「緑」
「さっきのと同じ色には?」
「絶対、見えない」
 ”絶対”に強いアクセントを置いて答える彼女に、パチンと指を鳴らして褒めた。
「よろしい。君は正解だ」
 頬を緩めて喜んだ顔をするから、僕はその頭を押さえつけて額をテーブルに叩き付けてやりたくなった。やらないけども。
「君は正しい。だけど、僕から見たら正しくない。さっき言ったよね、僕は赤色と青色の明滅が見えないって。それはここにつながるんだ」
「じゃあ、あなたの正解ってどういうこと?」
 誘導したタイミングに質問を投下した小来さんに、オレンジジュースを勧めて――彼女はふとした時に食べることを忘れてしまう所がある――こう切り出した。
「ひとつ、とある男の子の話をしよう」
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