過去原稿 | ナノ


14.  



「ねえ、ルカ、お願いがあるの」
 ある日のことだった。薬が出来るのも時間の問題。彼がそう言った。薬が出来れば私は長い眠りにつく。私とルカのタイムリミットはすぐそこに迫っているということだ。
 皮肉なものだと彼はいつも言っていた。自らの手で私を眠らせるなんて。でも、私は眠らなければ殺されてしまう。彼が苦しみながら、それでも私を救おうと薬の開発に取り組んでいたことを、私とリアナは知っている。
「私が起きている間に、私の写真をたくさん撮って? その写真は、あなたが持っていてくれると嬉しい。私の今を、何処かに残しておいてほしいの」
 彼は静かに頷いた。彼の声を聞くことができるのも、あと数日。再会は六年後。彼の顔は、体は、声は、六年後にどう変わっているのだろうか。そして、彼の気持ちは。
「それと、私は、あなたの部屋で眠りたい」
 壁に寄りかかっていたリアナに視線をやる。どうにかする、静かな声でそう言った。彼女には迷惑ばかりかけてしまっている。彼女がいなければ、私はとっくのとうに殺されていただろう。
 私とリアナの短いやり取りを見守っていたルカが、意を決したように口を開く。瞳には強い光を宿して。
「待ってるよ。恐らくは六年後、それまでにミッションはすっかり終わらせる。エマ、俺は君を待ってるよ」
 声が詰まった。私が真っ直ぐに見つめ返しても、彼の瞳が揺らぐことはない。六年。待つと容易く言って良いほどの短い月日ではないことを、私は知っている。その六年で彼には幸せな未来が築けるはずだ。そのくらい長い間、私はただ眠っている。彼と話すことも、目を合わせることもしないまま。
「やめて、六年も待たないで。お願い、あなたはあなたで幸せに」
「無理に決まってるだろ! ならどうして俺の部屋で眠る? 俺に写真を託す? 君は俺に待っていてほしんだろ?」
 荒げられた声。だんだんと強まる語気。息を乱した彼が肩を大きく上下させる。
 彼の言うとおりだ。私は、残酷な願いばかり彼にしている。忘れろなんて、矛盾しているにもほどがある。どこかでわかっていた。私は彼を縛り付けようとしていること。そんな身勝手な感情を心の中に秘めていること。それらにそ知らぬふりをして、私は表だけでも彼の確かな幸せを願おうとしているのだ。
「……ごめんなさい、そうね。私は、待っていてほしい。でも、あなたには幸せになってもらいたいの」
 彼は悲しそうに、苦しそうに私を見つめていた。
 私は、このどうにもならない気持ちの矛盾に胸を潰されて泣いていた。彼の幸せを心の底から願えない私は、恐ろしく醜くて汚い最低な生き物だ。

[ prev | index | next ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -