過去原稿 | ナノ


4.  



 午後七時三分。
 ある家の食卓には、馳走が並んでいた。湯気の立つ温かい料理は、余すことなく料理好きな二人で作り上げたもの。パスタにピザ、カルパッチョ。味付けはすべて、彼が愛したもので。
「ねえ、お父さんってどんな人だったの?」
 皿に手の込んだ料理を取り分けながら、透き通るように白い肌の娘は自分とは肌の色が違う母親の黒い瞳を見つめた。そんな我が子の青い瞳を見つめ返しながら、落ち着き払った声で女性は淡々と言い放った。
「屑よ、屑」
「でも、」
 くすくすと笑みを零しながら、彼女は自分の母親を見つめ続ける。
「毎年のように、この日だけはお父さんの好物しか作らないのね」
 素直じゃないなあ、彼女はそう思いながらも口には出さなかった。母は、確かに父を愛していた。また、父も。他の女性の元にいってしまった父を恨んだこともあったけれど、毎年必ず母と手紙のやり取りをしていたあの人を、嫌いにはなれない。
「好きだったんでしょう」
 再婚もせず、母は彼の子供を一人で育て上げた。娘のことを思って他の人と一緒にならなかったのもあるだろう。でも、きっと、彼女が彼を愛し続けていたのも一因。
 母である彼女と、父であるブルーノが、毎年行っていた手紙のやり取り。その中で、娘である由梨亜のことだけでなく、元妻である自分のことも彼は必ず気にかけてくれていた。彼女は、そんな彼のことがどうしても嫌いになれなかったのだ。
「中途半端なことばっかりしてると、あんたもあの馬鹿みたいになるわよ」
 そんな我が子のにやついた笑みを見まいとするように、女性らしい赤みの差した頬を隠すように、そっぽを向きながら彼女は突き放すようにそう言った。
 そんな母の言葉を軽く笑って、由梨亜はグラスを掲げる。今日は、数年前にこの世からいなくなってしまった父の誕生日だ。たった一人の父親である、ブルーノの。
「誕生日おめでとう、お父さん」
 声を合わせ、グラスを鳴らす。食卓に並べられた彼の写真の前で、氷がカランと涼やかな音を立てた。


――愚かな彼が想い続けた二人と、その二人から返され続ける変わらぬ愛。

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