ぶろぐ | ナノ

追記

『仮面ライダー 平成ジェネレーションズ FOREVER』

誰の心の中にもヒーローがいて、そのヒーローが存在していてくれたら、助けてくれたら、と願うのはきっと多くの人が通る道です。
この物語にもそんな男の子がいて、そんな夢を叶えてしまって、そしてその現実を知ってしまったヒーローたちがいる。
わたしはあくまでもその世界はその世界で完結していないと駄目だと思っていました。だってその世界を傍観しているまたもう一つの世界があるなんてわかったら、じゃあ僕たちはどうして存在しているの? 誰のために? 僕たちのための人生ではなかったの? と思ってしまうから。
でも、ヒーローたちは違ったんです。もちろん葛藤はするんだけども。でも、素直にかっこいい、と思いました。誰かのために生きるなんてわたしからしたら偽善でしかなくて、そこに自分の存在意義を見出してるだけじゃないのかと思ってしまう。でも、かっこいいと思いました。貫かれた正義は潔くて強い。
誰もがきっとこの世界に行きたい、この世界の人に会いたいと思ったことがあるはずで、でもそこは決して交わってはいけない境界線で。その世界が好きならば、だからこそ、その世界はその世界で完結させなければいけない。
でもさぁ、そんなこと言ったって、救いを求めたくなるときだってあるじゃん! いないって、有り得ないって、馬鹿馬鹿しいってわかってても、縋りたくなる存在ってあるじゃない。それでもいいんだと思えました。その人が憧れたヒーローはその人がヒーローだと思い続ける限り、記憶に残している限り、いつまでだってヒーローなんですね。かっこよかった。
あとは本当に仮面ライダーに詳しくない自分を呪いました。





『SSSS.GRIDMAN』

こっちもウルトラマンシリーズとか『電光超人グリッドマン』知ってたら最高に興奮したらしいシーンがあったらしくて悔やまれますね〜〜特撮〜〜奥が深い〜〜。
最終回に向かう前に、薄々、「これはもしかして一人の女の子の世界なのではないか」と思い始めていました。アカネちゃんの殻の閉じこもり方、両親のいない家、思い通りの優しい世界から、なんとなく。
でも、それを確信にしなかったのは、最終回でアカネちゃんが救われてしまったとしたらこの世界は消滅してしまうのか? という疑問が残ったからです。
結果、世界は残ったわけですが。アカネちゃんがつくった世界から消えてしまったとしても、その世界はアカネちゃんが壊そうとしない限り残り続けるってことなんだろうか。それってすごくさびしい、自分のつくった世界なのに自分だけがいなくなった世界になってしまうんですね。寂しいけど、でも、それを乗り越えてアカネちゃんは現実に戻っていくんですね。強い、強いなぁ。
アカネちゃんが理想とした世界、なら、現実のアカネちゃんには友達がいなかったんだろうという想像は容易です。だから六花ちゃんを創造した。自分を絶対に嫌わない、自分のことが大好きなお友達。でも、六花ちゃんがいつも一緒にいるのははっすとなみこなんですよね。アカネちゃんがいつも一緒にいるのも別の子たち。いつも一緒にいる子よりも実は大切なかけがえのない存在、なんて特別感がありすぎてたまらないのはよくわかってしまうからそういうことなのかな〜〜。他者に感じてしまう優越感ってあるよね、でもその子の中での一番はわたしなんだから、みたいな。
両親を創造しなかったのはどうしてだろう。できなかったから? それとも両親なんて存在が嫌だったから? でも六花ママの子になってみたりと母親を求める気持ちはあったような気がするんですよね。最後にアカネちゃんが起き上がったあのお家には、どんな両親がいるんだろう。学校やそれから先の社会はアカネちゃんの力でどうにか変えていけるのかもしれないけれど、家族関係は難しいなと思ってしまうので、そこだけ気になるなと思いました。やけに広いお家にひとりぼっちのアカネちゃん、あのシーンが理想なのか、はたまた理想からかけ離れすぎてわからないから創造のしようがなく実際と近くなってしまったのか。難しいですね。
六花ちゃんのセリフがたまらなくよかったな〜〜あとごめんなさいやっぱり百合じゃね〜〜〜〜〜〜〜?????? 軽々しく言ってんじゃねえよって殴ってくれていいけどたまらない たまらないよ わたしの大好きな百合 ありがとう ありがとうグリッドマン お互いが大切な故に苦しく切なく溺れてしまいそうな百合 さいこう さいこうおぶさいこう ありがとうな 以上です

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