立ち位置を忘れた役者。
あの子が生まれてから、更に1年が経った。
未だに違和感は拭えなくて、それは"彼ら"へと伝わり、大きな溝になってしまった。
我が子を愛する両親。
優しさに揺れるクルミ色。
それをひとつの"物語"としてしか見れない『兄』。
毎日がどこか他人事のようで。
ソレは"俺"を責め立てる。
独りのセカイ。『わたし』を誰も知らない世界。
先が視えるセカイ。役割が解らない世界。
……生きる理由の見えないセカイ。
全てに興味を失って。いつからか食事も最低限になって。
会話などなく、それでもまだ1人じゃ生きられないから世話になる。
最早、人間ではなく生ける屍のようだった。
ひとり暗い部屋の中、膝を抱えて。闇に怯えるその様は、酷く不格好だった。
何をするでもなく、ただ淡々と前を見つめていた。
そんな俺の耳に不意に聞こえた、音。
久しく開くことのなかった扉が動いていて、光が眩しかった。
逆光になっていて顔は判らなくて、でもそのシルエットで理解する。
―――主人公、沢田綱吉だと。
「ぁっ、ぅ…」
目が合って、逸らされた。寝ていると思っていたのだろう。
生憎と眠れないのだ。寝て、覚めたら夢だったなんて、そんな希望を夢見ては絶望する。それが恐ろしいから。
「ぇ…ぁう、ぁ……」
目の前の子供は次第に震え、その大きな瞳に溢れんばかりの水を貯め始める。
そんなに怖いのなら、嫌いなら、こんな所に来なければ良いのに。
「……に…ちゃ、」
どこにも行き場のない怒りが募り、追い出そうとした耳に届いた確かな言葉。
驚いて視線をソレに向ければ、限界だったのか身体を震わせて。
「ふぇっ……にー、ちゃ…うわあああああああああああああああん」
「えっ、つっくん!?」
本格的に泣き出した声に反応して女性が駆けてくる。
それを視界の端に留めながら、彼の言葉を反芻する。
にー、ちゃ。に、ぃ、ちゃ。…に、ぃ、ちゃ、ん。
"お兄ちゃん"
「!!!」
こんな『わたし』を兄と呼ぶの?
こんな『俺』を兄と呼んでくれるの?
「ナマエくん?!!」
母親の悲鳴の様な叫び声に意識を戻す。
その横で子供は未だに泣き止まず、その騒音は酷くなるばかり。
白く伸びてきた手に、ああ怒られるのかと思ったの に。
「どうしたの?」
優しく、頬へと滑らせる指先。
唖然とした表情だったのだろう。合わさった瞳には心配の色。
「どこか痛いの?」
どうして、貴女達は。
「泣いているわ」
―――触れたその手は記憶のままに、暖かかった。
[
back]