走れ
タッカー邸から持ち帰った資料の山を手に、リーアは司令部の資料室にいた。
合成獣を元に戻す方法。
そんなものを考えた錬金術師はこの世にはいないだろうが、理論上はできるはず。
錬金術の過程は理解、分解、再構築の3つ。
まずは合成獣の構成を理解し、ニーナという少女と、アレキサンダーという犬に分解する。
そして最後に再び再構築すればいい。
話では簡単に説明できるが、実際やるとなると話はぐんと変わってくるのが難点だが。
「だあーーー!イライラするッ!!」
だんっ、と机を叩くリーア。
その周りには何枚もの紙が散らばり、くしゃくしゃになった紙ゴミが散乱している。
進んでいるように見えて、実際はあまり進んではいないらしい。
錬成の理論はそう簡単ではないのだ。
問題を乗り越えても、またすぐに新しい別の問題が浮上してくる。
「リーアちゃんっ、」
「中尉?どうしたのそんなに慌てて」
「…落ち着いて聞いてちょうだい。実は……」
「!!?」
中尉の言葉を聞いたリーアは制しの言葉も聞かず資料室を飛び出した。
中尉から聞いた言葉が信じられなかったからだ。
リーアは息が辛いのも気にせず走り続け、目的の場所にたどり着くと今度も兵の制止の聞かずにその場に飛び込んだ。
「!紅の…」
「中尉から聞いた。一体どうなってんのよ」
「…嬢ちゃん」
「タッカーが死んだのは別にどうでもいい。死んで当然の男だもの。でも合成獣まで死んだって」
「…ここに侵入しに来た何者かが外の門番を殺害し、中にいたタッカーと合成獣をも殺害したようだ」
「何者かって、犯人はまだわかってないの?」
「おおよその検討はついているらしい。そうだろう?ヒューズ中佐」
「中佐?ああ…そこにいたの。気づかなかったわヒゲむくじゃらで」
「ヒッデェなオイ!つかヒゲはコッチだろうがッ!!なぁアームストロング少佐!?」
「うむ、我輩のヒゲは「ヒゲの説明はいらん」
何故服を脱ぐ。
暑苦しい!とリーアは少佐に牙をむく。
その後見せてもらったタッカーと合成獣の遺体は惨い死に方をしていた。
目や鼻、耳から血が流れ、聞いた話では内側からバラバラに破壊されているんだとか。
常人ではあり得ない殺し方だ。
犯人は何者?
そう考えつつ、リーアはふつふつと湧き上がる怒りを必死で抑えていた。
合成獣はリーアにとって患者のようなもので、もしかしたらこの手で救えていたかもしれない命。
犯人を許してはならない。
リーアはそう心に言い聞かせる。
「「『傷の男(スカー)』?」」
「素性がわからんから俺達はそう呼んでるだけだがな」
「素性どころか武器も目的も不明にして神出鬼没。ただ額に大きな傷があるらしい、という事くらいしか情報が無いのです」
「今年に入ってから国家錬金術師ばかり中央で5人。国内だと10人はやられてる」
「ああ、東部にもその噂は流れてきている」
「ここだけの話、つい5日前にグランのじじいもやられてるんだ」
「鉄血の錬金術師、グラン准将がか!?軍隊格闘の達人だぞ!?」
「あのじいさんが?何度か強引に手合わせさせられたけど、そんな弱い人じゃないでしょう」
「信じられんかもしれんがそれ位やばい奴がこの街をうろついてるって事だ。悪い事は言わん、護衛を増やしてしばらく大人しくしててくや。これは親友としての頼みでもある。ま、ここらで有名どころと言ったらタッカーとあてはお前さんに、今はリーアぐらいだろ?タッカーがあんなんになった以上お前さんが気をつけてさえいれば…」
その言葉に何か違和感を感じたリーア。
相手は国家錬金術師を狙う殺人犯。
国家錬金術師といえばここにいるマスタングに、リーア、そしてアームストロング少佐だが、よく考えればもう一人有名どころがいるではないか、と。
鋼の錬金術師、エドワード・エルリック。
「大佐!」
「ああ…まずいな……」
「?おい!」
「エルリック兄弟がまだ宿にいるか確認しろ。至急だ!」
「大佐、私が司令部を出る時に会いました。そのまま大通りの方へ歩いて行ったのまでは見ています」
「こんな時に…!!車を出せ!手のあいてる者は全員大通り方面だ!!」
外は雨。
焔を扱う大佐は雨の日は無能になることを、リーアは知っていた。
車など待っていられない。
リーアは走る。
自分にこれほど体力があったとは驚きだ。
今日はもう二回も全力疾走している。
大通りに出て辺りを見渡すも、エドワードらしき子供も、アルフォンスらしい鎧の影もない。
何処へいった?
まさかもう傷の男にやられてしまったのだろうか。
「(クソッ、一体何処へ…)」
雨で髪や服が肌に張り付いて気持ち悪い。
あんな凸凹兄弟が目立たない訳がない。
時刻は9時。
広場の時計が鳴った。
「(これは…)」
広場に着いて、真っ先に見つけたのはタッカーと同じような殺され方をした憲兵が横たわっている様。
この近くにいる。
そう確信を得た。
「どこにいんのよ……あの兄弟は」
辺りを見渡すも、左目が見えておらず視野の狭いリーアにとって、彼らの居場所を特定することは簡単な事ではない。
もしかしたらもうマスタングが彼ら兄弟を保護したかもしれない。
リーアはそう思い来た道を一度戻ろうとした時、
『この野郎ォオオオオオ!!!』
「!!?」
間違いない。
小さい方の彼の声だ。
リーアは急いで声がした方へ走る。
間に合え、と祈りながら。
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