紅の錬金術師
街の一角にある電話ボックスの中で、電話をする女がいた。
軍服でもなく、一般人が着るような服でもない、なんとも異質な衣装に身をつつむ彼女は人の目を惹きつける。
彼女の近くを通る者は何なんだと言わんばかりにに彼女をみた。
「はぁ?やだよめんどくさい。用があるならそっちが来ればいいでしょ。なんであたしが」
《それがそういうわけにもいかなくてね。実は君に紹介したい人物がいるんだ。君にとって有益な情報をもたらしてくれるかもしれないよ》
「………」
そんなやりとりをしたのはつい数日前。
列車を乗り継ぎ、彼女はむすっとした顔でそこにいた。
「よう、お嬢様」
「なーんだ、迎えってハボック少尉の事だったの。中尉ならよかったのに。ムサイ男より美人なんで中尉をよこせ」
「そりゃあ悪かったな。残念ながら中尉は大佐に付きっ切りだ」
「あんな三十路男なんて死んでしまえばいいのに」
「………」
公の場で堂々と悪態をつく彼女の名前はリーア・トレンカ。
『紅』の二つ名を持つ国家錬金術師である。
「ほれ、司令部いくぞ。大佐がお待ちかねだ」
「あんなスケコマシに待たられてもちっとも嬉しくない」
リーアの言葉に苦笑いするハボック。
ごもっとも。
そう心の中で返す。
駅を出て停めてあった車に乗り込む。
リーアが後部座席に乗り込んだのを確認すると、ハボックは車を発進させた。
「やぁ、紅の。元気だったかい?」
「アンタの顔みたら気分悪くなった」
「おっと、それは大変だ。いい病院でも紹介しようか?」
「結構よ」
「やはり君は変わらない。安心したよ」
「それよりさっさと本題に入ってくれない?別に暇つぶしでこんなところまで来たわけじゃないんだけど。アタシ」
「それもそうだ。だが残念ながら今ちょっとそれどころじゃなくてね」
「…?どういうことよ」
「……君はショウ・タッカーという人物を知っているかい?」
「ショウ・タッカー?綴命の錬金術師のこと?彼がどうしたの」
「紅の錬金術師としての君に聞きたい。合成獣の素材として錬成されてしまった生物……いや、人間を、再び元のものに戻すことは可能か否か」
「……場合による。合成獣を錬成するために掛け合わせたものにもよるし、その錬成の仕方にも。そもそも合成獣錬成は複雑なものだから、その仕組みを理解し、再錬成するための式を考えないと」
「人間の女の子と犬を使った合成獣なんだが……。生体錬成に詳しい君なら、と思ったのだが君でも治すことは不可能と考えた方がいいだろうか」
「言ったでしょ、場合によるって。アタシは医者であり、錬金術師でもある。たとえ可能性は低くても、僅かながらの希望はある」
「フッ…君には毎度驚かされる。いいだろう。ハボック、表に車を回せ!タッカー邸へいく」
ハボックに車を用意させたマスタングは自ら運転席に座りハンドルを握った。
向かう先はタッカー邸。
話を聞けばタッカーは査定の時期が近づき焦ったせいか、自分の娘ニーナと飼い犬のアレキサンダーを素材に合成獣を錬成したらしい。
その前の2年前は自分の妻を。
どうしようもないクズでロクでもない男だ。
リーアはマスタングから話を聞いたとき無表情のままそう言った。
「ここだ」
「ずいぶんいい家住んでんじゃない」
「鋼の」
「っ、大佐…」
誰だろうこの子供は。
リーア自身もまだ子供であるのに違いはないが、見た目や精神的にも、リーアは子供という枠を外れている。
目の前にいる少年は、まだ幼さが残っている。
金髪に赤いコート。
そしてもう一つ気になるものがあった。
「(でっか……。なんつー鎧よ…)」
「紅の、紹介しよう。君にもともと紹介しようとしていた人物、エドワード・エルリック。鋼の錬金術師だ」
「エルリック…?ああ、最近よく騒がられるようになった錬金術師の……」
「その通り。そして彼がその“弟”の、アルフォンス・エルリック」
「………弟?」
今、マスタングはこの鎧をあの少年の“弟”と言ったか?
鎧が弟?そんなバカな。
いや、よく考えれば顔や身体にコンプレックスのある弟が常に鎧を纏って行動しているだけなのかもしれない。
もしくはただのシャイか!
ぐるぐるとリーアの頭の中で考えが回る。
すると鎧の主、アルフォンスが動いた。
「弟のアルフォンスです。どうぞよろしく」
「あ……ああ、よろしく。弟くん」
「鋼の、彼女はリーア・トレンカ。紅の錬金術師と呼ばれている」
「……紅の錬金術師…?なぁあんたっ!!」
「…な、何よいきなり」
「あんたなら、合成獣にされた女の子と犬を助けてあげられないか!?」
ぐいっ、リーアの名を聞いた少年は勢いよくリーアに詰め寄った。
この少年はその女の子のボーイフレンドか何かなのだろうか。
マスタングが自分にこの少年を紹介させたかった意味がわからない。
この少年が自分に有益な情報をもたらしてくれるとはリーアは到底思えなかった。
「まず一つ、言っておくことがあるわ。いくらアタシでも治せるって保証は出来ない。神様じゃないんでね。それにまだその合成獣を診てもいないし、ただ可能性がある“かも”しれないってことだけ」
「そ…そうか………。ワリィ…」
「あの、トレンカさん……。お願いします。ニーナとアレキサンダーを…元に戻してあげてください!僕たちの技術じゃあの子たちを元に戻してあげられない……」
「……やれることだけのことはやるわ」
「あ…ありがとうございますっ!!」
人間と犬の合成獣なんて初めて見た。
人語を喋ったのも初めて聞いた。
研究したいと思ってしまったのは、錬金術師の性だろうと決めつけておく。
タッカーが保管していた合成獣錬成の定義。
ただ単純に錬成したわけではなさそうだ。
これは時間がかかるな…。
頭をガシッとかきあげながらリーアは椅子に腰を降ろし資料の解読にかかった。
「なぁ大佐、あの女一体なんなんだ?紅の錬金術師…名前は聞いたことがある。医者なんだってな」
「前に話したことがあっただろう。君達と全く同じ境遇にいる女の話を」
「まさかそれ…」
「彼女のことだ。彼女は5年前から左目が見えていない。人体錬成の影響でな」
「なんだって!?」
「人体錬成……って、まさか!」
「左目はその時に失った」
衝撃が走る。
まさか自分たち以外にも同じことをやった人間がいたなんて。
前にマスタングから聞いた時は半信半疑だったが、エドワードはわかっていた。
自分の言葉に答えたリーアの目が、自分と同じだったことを。
彼女は一体どんな思いで人体錬成を実行しようと思ったのか、エドワードは不思議とリーアに興味を抱くようになっていた。
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