この痛みまで、 [ 42/43 ]
「大丈夫か、ナマエ。」
「うん。大丈夫!ありがとうリヴァイ。」
あの日以来、ナマエはあんな風に辛そうにする素振りもなく、泣く事もなかった。
壁外調査当日の今日だって、こうしてニコニコ花のような笑顔で笑っていて、ナマエの本来の明るさを取り戻した様に見える。
それなのにまだ、明るい瞳にほんの少し迷いの陰りがある様に見えて仕方ないのは、あんな事を聞いた俺の思い過ごしだろうか。
ー 死ぬ予感がするの
あの時の信じられないくらいナマエの弱々しい気配が、頭から離れない。
「あのね、お願いしてもいい?」
「なんだ。」
「無事に帰って来れる様に、その・・・キス・・・。」
もごもごして、恥ずかしがる様子に口角が上がる。
・・・そうだな。よりによってこいつが死ぬ訳がない。小さな体で人一倍努力してるし、こんなにも無垢な人間が俺より先に逝くはずがない。
嫌な考えは全て捨て去る事にして、
赤い頬に唇を寄せてやった。
「ココ、は。帰って来たらしてやる。嫌と言うほどな。」
柔らかい唇を指でなぞれば、赤い顔がさらに赤くなる。
「あ、ありがとうっ!またね、リヴァイ!」
熱い緩んだ頬を押さえながら小走りで駆けて行く後ろ姿を見送った。
頑張れよ、ナマエ。お前なら大丈夫だ。
「リヴァイ、ちゃんとやる事やっちゃったんだね!」
いつの間にか背後にいたアイツをギラリと視線で捉えて再び蹴りを入れ、地面にムギュ!と踏み付ける。
「てめえ・・いつからそこにいやがった・・。」
「痛!痛い!大丈夫か、ナマエのとこからです!」
「最初っからじゃねえか!」
ほんとにこのクソ眼鏡は油断も隙もありゃしねえ・・!
「リヴァイ、ハンジ。出発だ。」
「ちっ!てめえの相手してたら出発の時間になっちまったじゃねえか。」
「いたたた・・リヴァイったら酷いなあ。私が死んだら悲しい癖に!」
「清々するな。てめえは巨人のクソになる練習でもしてろ。」
「私だって巨人のクソになってみたいよ!だけどいいかい?あのコ達は排泄器官を持たないんだ!それどころか消化器官さえ未熟だからせっかく食べた人間もそのうち吐き出してー」
「分隊長!落ち着いて下さい!!」
ったく・・今から壁外に行くというのに何だってこいつらは呑気に浮き足立ってやがる。
こんな奴らが今まで飄々と生き残ってるから不思議だ。
ナマエよ。こいつらが生き残ってるんだからお前が死ぬ必要はないだろう。
隣でぎゃあぎゃあ騒ぐこの兵団の上官達にうんざりとして、前を見据えた。
開門の合図が鳴り、手綱を引いて壁の外へ走り出る。
ナマエの弱々しい声や瞳に見え隠れしていた陰りの事はすっかり消え去って、大丈夫だと根拠のない確信が胸を落ち着かせていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜「ナマエ、調子はどう?」
「うん。いつも通り!大丈夫そう。エリーも?」
「私も調子いいの!いつでもうなじ狙えるわよー!」
前衛の初列索敵班。
団長やリヴァイ達に巨人の位置を知らせて進路を変えるのが役目であり、同時に巨人と戦闘する確率も高い故に殉職率も高い。
しっかりしなきゃ・・。
予感なんか抱えてたら戦えない・・。
無事に帰って、リヴァイとまた穏やかな日々を過ごすんだ。
なぞられた唇を指先で確かめると、大丈夫だと思えて不安だった気分も落ち着いた。
隣を駆けるエリーの相変わらずな明るさも手伝って、気持ちも徐々に向上する。
うん。きっと大丈夫。無事に帰れる。
「右前方!十メートル級二体接近!」
「ナマエ!信煙弾!」
「はいっ!」
球を込め、煙弾を打ち上げた。
発見も早かったし距離もある。戦闘は避けられそうだ。
良かった・・・今日はついてる。
リヴァイの、おまじないのおかげかな?
ふふっと笑みが溢れる。
「エリー!このまま順調に進めるといいね!」
隣を向くと、なぜか巨人の顔があった。
口からはみ出してるのは・・・エ、リー・・の?
「っ!!くそっ!!住居に隠れてやがった!!立体機動に移れ!こいつを倒す!!横の十メートル級二体が来る前にだ!!」
隊長が救援信号を打ち上げ、青い空に紫色の煙が映えた。
エリーが・・・エリーが・・・・!
体が震えて止まらない。
調子いいって・・言ってたのに・・!何で・・何でエリーが・・・!
しっかりしなきゃ・・しっかりして・・・こいつらを倒して、無事に帰る。
リヴァイと、約束した。
「ナマエ!俺がうなじを削ぐ!お前は足をやれ!」
「はい!!」
アンカーを射出して、ワイヤーを巻き取る。
踵の少し上の筋を削いで、無事に巨人が倒れこんだ。
よし!あとは隊長がうなじを削げばー・・・。
アンカーを巻き取る隊長が巨人の手の中に後ろ手で包まれるのが、ゆっくり見えた。
そんな・・・せっかく倒したのに・・何で
私一人になってしまった。
倒すべき巨人は目の前の一体と、右側から近づいているニ体。
時間がゆっくり流れる中で深呼吸をして、うるさく跳ねる胸を少しだけでも落ち着かせる。
大丈夫。リヴァイと訓練したんだから。
速度さえ保てば、斬撃が弱くても何とかなる。
それに隊長が打った信煙弾で、もうすぐ援護が来るはずだから、それまで頑張ればいい。
ブレードを引き抜いて、グリップをきつく握り直す。
閉じていた瞳を開くと、隣にリヴァイの気配を感じる。
「思い出せ。お前ならやれる。」そう言われている気がした。
ー うん・・必ず、生き残る・・!!
アンカーを射出し、勢い良くガスを吹かして倒れこんでいる巨人に詰め寄った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜「リヴァイ!!あれ・・!」
「ちっ・・・!」
紫色の信煙弾。あの位置じゃ、どう考えてもナマエの位置だ。
手綱を握る拳に力が込もる。
落ち着け・・!!近くの班が救援に向かっているはず・・!
俺が行く幕じゃねえ・・・!
今にも手綱を引いて、進路を変えてしまいそうだった。
あいつを信じろ。きちんと訓練して来たんだ・・あいつが死ぬなど・・。
弱々しい気配、涙に濡れた赤い瞳、「リヴァイ。」と俺を呼ぶ穏やかな声、照れた顔を包んで走り去る後ろ姿 ー・・・。
今まで見てきたナマエの姿が次々に浮かんで、そして消えて・・・ー 気付いた。
信じろったって、何を信じればいい?
今までだって仲間を信じてみても、結果は最悪だったじゃねえか・・・。
俺、は・・もう後悔したくねえ。
正しくないとしても、悔いのない方を選びたい・・!
「エルヴィン!!俺は離脱する!!いいな!」
「・・だめだ。お前は待機だと言っただろう。」
「後悔するなと教えたのは、てめえだろうが!!
俺は後悔しない為に今、あいつの所へ行く。」
エルヴィンの瞳に迷いが見えたのを合図に、手綱を右へと引いた。
一分、一秒が惜しい。
そう遠くはないナマエの班に向かって、全速力で馬を飛ばす。
頼むから無事で居てくれ、俺が着くまで持ち堪えてくれればいいし、俺が着いた時にはもう巨人共を倒した後で驚いた顔をされて、それで周りの奴らに笑われたって構わない。
とにかく、生きているナマエに会いたい。
それだけを願って走り続ける。
巨人が倒れた後の蒸気が見え、徐々にその巨体も確認出来た。
そして、飛び回る三人の兵士と一人の巨人。
足と手綱で体重を乗せ、馬を止める。
三人の兵士の中に、ナマエはいなかった。
いない。死んだ、のか
不思議とさっきまでの焦りは消え、混乱や絶望すらも感じない。
頭はただ真っ白で、不気味なくらいに落ち着き払っている。
「ナマエは!ナマエはどうした!」
「 !兵長!!
さっき救援に着いた時にはこの一体だけで、ナマエさんが・・たった今・・・!」
「・・・・分かった。」
てめえが食いやがったのか。
あんなに穏やかで純粋で頑張り屋で、愛おしいと思えたあいつを。
俺の唯一の大事な光だった、あいつを。
膨らんだ肉の塊に向かって飛び、ワイヤーで張り付いた。
ここに、ナマエがいる・・・!
「・・返せ・・!俺の女だ・・・!!」
腹わたを取り出す様に大きく横に切り裂き、鮮血を浴びた。
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