見てるこっちがハラハラ [ 25/43 ]

ああ、ヤバい。
あれはまずいよ。

結構割と自分で自覚してるくらいには自我が強くて空気を読まない私でさえも空気を読んでる。
さっきから身じろぎひとつ出来ずに、ただただ気配を殺して座っている。
今、少しでも体を動かそうものなら隣の刈り上げ男の”八つ当たり”という名の蹴りが体の何処かにめり込むのは目に見えてるからだ。私だって痛いことは嫌いなんだ。

禍々しいオーラを撒き散らす男の視線の先にあるのは、間違いなくあの二人のはず。


「ナマエ、何飲んでんだ?」

「お水だよ。わたし、飲めないから。
シェーンは何飲んでるの?なんか可愛いね、これ。」

そう言ってナマエが血色の良い桜色の指先で指しているのはライム。
調査兵団の酒豪共が度数の高くて可愛げの欠片もない琥珀色の液体を煽る中、透明な液体に浸かっているライム入りの酒が珍しく興味を示している様子。

私から言わせて貰えばそんな子供じみた酒など、ひけらかしてナマエの興味を引く餌にしか見えない。

濃厚な不機嫌オーラを辺りに撒き散らし俯いている隣の男も、恐らく確実にこれに同調している。

あまりの静かでドス黒い剣幕に顔が引きつる。

シェーンと呼ばれた空気の読めない馬鹿な奇行種男が、勘にさわる顔でカクテルを煽り、何口か酒を飲んだ。何で自分に向けられているとんでもない殺意に気づかないんだよ!馬鹿!

グラスの半分程の高さまで入っている氷が、液体から露呈する。

シェーンが、何を血迷ったかそのグラスをナマエに差し出したので目を見開いた。

「飲んでみる?これはそんなに強くないし、甘いから飲めると思う。」

リヴァイがゆらりと身体を起こした事に反射的にのけ反ったものの、今まで俯いていた顔を上げ、体勢を立てただけらしい。
椅子の背もたれに上半身を預け、腕組みをしている。
てっきりシェーンに蹴りでも見舞ってくるのだろうと合掌したから安堵の溜息の一つでもつこうと吸い込んだ息は吐き出される事はなく、頬を膨らませた。

安心するにはちっとも相応しくない顔をしているからだ。

眉間の皺はむしろいつもより緩められ、口元は薄っすらと笑っている。薄ら笑いだ。
あのリヴァイが笑っている。こんなに恐ろしいことがあるだろうか。まるで世界の終わりだ。人類最強のこの男が今暴れ出せば、壁内の全ての人間は容易く殺されるだろう。そのくらい恐ろしい顔なのだ。

しかしその眼光だけは衰えずに、3メートルほど先にいる二人を射抜いていた。

私はこの時点でもう宴など全く楽しくもなく、むしろ早く解散して自室に逃げ帰りたくなった。
自室のベッドに飛び込み、シーツを被って自分の気配を完全に消してしまいたい。まだ巨人について追求したい事も尽きないし、どうせ殺されるなら人間より巨人がいい。だからあの時モブリットに言ったのに、いつも金魚の糞のようについて来るモブリットは大分離れた場所で私を見守っている。
唯一動かせる眼球で「こっちに来い・・!」とプレッシャーをかけても手を合わせ、首を横に振るだけである。


「いいの?じゃあ少し飲んでみようかなあ。」

止めろ、止めてくれ、口をつけるな・・!

ナマエの手が差し出されたグラスに伸び、グラスを掴む。

シェーンが鼻の下を伸ばしたダラシない顔をして、自分と間接キスするナマエを見守る。

ナマエのピンク色で小さな可愛らしい唇が少し開き、グラスの縁を挟んだ。

中の氷が回り、酒がコクリコクリとナマエの口の中へ滑り込む。

傾きに耐えられなくなったグラスの中の氷が軽快な音を立てて酒を飲むナマエの鼻にぶつかった。

そっとグラスをシェーンへ戻し、えへへと濡れてしまった鼻先を抑えてはにかんで笑う赤い顔に、さっきまでの恐怖と苛立ちがすっかり消えて見惚れる。

どうしてこんなに可愛いんだろう。
どうしてこんなに心をくすぶられるのだろう。

ナマエの事、もっと調べてみたいなあ・・・。

ナマエに見惚れ、また余計な探究心に掻き立てられていて、いつものように周りが見えなくなっていた。

気がつくと、イチャつく二人の背後には鬼の化身。


「おい、てめぇ・・・。」

怒気を含んだ声色にびくりと呑気な二人の方が揺れ、ゆっくりとその瞳にリヴァイを写す。

「他人のグラスを煽んじゃねえよ馬鹿が。」

「あっ。」

残り少ない酒を入れたナマエの手の中のグラスは乱暴に奪い取られて、そのままリヴァイに煽られる。

ゴクリと全て飲み干され、強烈な睨みつきでシェーンの目前へと音を立てて叩き置かれた。


「・・・・俺は帰る。終わったら片付けろ。」

それだけ言って、リヴァイは行ってしまった。
もう宴を続ける雰囲気ではない。というか、この二人が一緒に飲み始めた頃からとっくにそんな雰囲気では無くなっていたのだ。

誰が声を上げる訳でもなく、一人また一人と散らかったテーブルを片付け始める。

私もそうする事にして、椅子から立ち上がった。

グラスの結露で濡れた天板を拭きながら、ちらりと二人を盗み見る。

シェーンは青い顔をしながらもそろそろと片付けを始めていたが、ナマエはまだ座っていた。立てないらしい。

赤い顔の手のひらで覆われた口元と、見つめる先にはあのグラス。

シェーンが飲み、ナマエが飲み、そしてリヴァイが飲んだグラス。

・・・リヴァイ、きっと今頃口をゆすぎまくってるだろうな。シェーンとも間接的に・・って事だし。


・・・・でもさ、その甲斐あったんじゃない?


相変わらず赤い顔でグラスを見つめている鈍感だった女の子と、不器用な男の恋がやっと一歩歩み始めた気がした。


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